2.危険な活人剣ブームとその終焉
「最近は活人剣が流行ってるみたいですねェーッ!」
覆面パトカーの覆面性を極限まで強化しようと思い立った結果、
「よく見ますもんねぇ、活人剣フィットネスの看板を」
初老のタクシー運転手は朗らかな笑顔を浮かべ、殺死杉の言葉に応じる。
実際、車窓から見える景色にも『活人剣フィットネスでダイエット』『活人剣フィットネスでムカつく上司をボコボコにしませんか?』『活人剣は犯罪ではないので大丈夫!』などの刺激的な文言で客を誘う看板が見える。
車内ラジオのCMも活人剣フィットネスの宣伝を行い――CM明けの番組内でも話題は活人剣フィットネスでもちきりである。
「やっぱり現代人はどうしても運動不足になりがちですしなぁ……その点活人剣フィットネスは社内で上司や取引先などをボコボコにするので、仕事と運動の両立……ワークライフバランスって奴ですか?ははは……私もやってみようかしらん」
最近私も腹のほうがアレなもんでね――タクシー運転手がそう言葉を結んで、苦笑した。初老の腹回りにはぽっこりと脂肪がのっている。
「一日中走り回っているっていうのに、ままならないものですねェーッ!」
「いやいや、全くですよ」
和やかな会話の横で料金メーターは在りし日のジンバブエドルを超える速度で
現在の運賃は278兆9654億2812万3200円。初乗りは650円である。
もはや、ぼったくりというのもおこがましい。そのタクシー運転手は一週間を目標に世界中の富を手中に収めるつもりであった。
「ところで料金メーターがエライことになってますねェ……」
「ああ、私世界一の金持ちになりたいんですよ」
「ははぁ……世界一の金持ちになってどうするんですかァ?」
「特にしたいことはありませんが、世界で一番の金持ちが、総資産ランキングでタクシー運転手のおじさんに抜かされたら……多分、面白い顔をすると思うんですよ」
「なるほど……」
「こんな歳になっても夢っていうのは生まれるんですね……」
ゆるやかな速度でタクシーが走る、春風と同じ速さで。
夢を乗せて走る。音よりも速く料金メーターを走らせながら。
暖かな太陽の光が夢を照らしていた。
だが、次の瞬間――二人を乗せたタクシーを悲劇が襲う。
「オラオラッ!!!活人剣だァ~~~ッ!!!!殺人されてぇかァ~~!?」
銃声。そして破裂音が四つ鳴り、タクシーは強制的に停車させられた。
タクシーを取り囲むのは四人の男だ。
拳銃、釘バット、角材、毒の入った試験管。思い思いの武器で武装している。
「ひぃ~~~~!!!!」
タクシー運転手が悲鳴を上げると同時に、殺死杉が車外へと躍り出る。
「なんなんですか、アナタ達は?」
「見りゃわかんだろ……?活人剣を極めし強盗だよ!!金を出しな、鍵も出しな!車の鍵も家の鍵もなァ!?」
男の一人が角材で殺死杉の頬を撫ぜる。
ざらついた感触――そしてずっしりとした重量。
フルスイングすれば、本来の季節と対象から外れたスイカ割りが大成功することは間違いない。
「そ、そもそも!活人剣って言ってるのに剣じゃない!それに……その……全体的に何なんですか!?」
運転手が恐慌状態に陥りながら叫ぶ。
タクシーには武装を積んでいない、車両そのものが高速移動可能な質量兵器であるからだ。ゆえに、パンクさせられれば弱い。
今、運転手に出来ることは監獄モードの起動か、自爆だけだ。
「グヘヘ……活人剣とは人を活かす剣……つまり、人を斬らない剣ってことだ。なら、剣以外で殺すのが活人剣の極意ってことよ!!」
「活人剣フィットネス二日目で俺たちはその領域に至ったワケ!!一ヶ月分の月謝で免許皆伝……稀代の天才ってワケだなぁ!?」
「へへ……安心しろよ、撃ちどころが良ければ活人で済むから」
「話すことがない」
恐るべき理論武装であった。
読者の皆様の中にも一瞬納得された方がいるのではなかろうか。
「……なるほどォーッ!!!じゃあ私も活人剣の免許皆伝ってワケですねェーッ!!!」
だが、どれほど理論を積み重ねても――目の前の圧倒的な暴力に対しては意味がないことを、男たちは知らなかった。
「「「「ギョボェ~~~ッ!!!!」」」」
四人の男たちの脳天に突き刺さるナイフ――その切っ先には世界に有害で猫ちゃんに優しい毒が塗られている。
おそらく男たちは自分を苦しめているものが何であるかに気づかぬまま死んでいくのだろう。
それほどまでに殺死杉のナイフ
放たれた後の弾丸を迎撃することすら容易い。
「ケヒャヒャァ~~~ッ!!!!おっと殺人してしまいましたねェ~~~~~!?」
「お、お客さん……アナタ、殺戮刑事だったのか!」
殺戮刑事――食欲と睡眠欲と性欲の全てを合わせたものよりも強い殺人欲求があり、己の獲物を奪おうとする殺人鬼を心の底から憎悪し、その殺人鬼を法廷を通さずに処刑することで残された遺族と自分の恨みを晴らしつつ自身の殺人欲求も満たす一石二鳥のお得刑事である。
その業前は警察手帳よりも雄弁に身分を語る。
「さ、殺戮刑事を相手に私は……」
タクシー運転手の顔は青ざめ、唇はわなわなと震えている。
四人の活人剣の使い手に囲まれた時以上の恐怖であった。
辞書を引くが良い、死の項目の最後に殺戮刑事と書かれている。
一般犯罪者ならば殺戮刑事を相手にするとわかった瞬間にギリギリまで頑張って遺書を書く――それほどの恐怖であるのだ。
「安心なさい、私は確かに三度の飯よりも殺人が大好きですが、なるべく軽犯罪者は殺さないように頑張るようにと努めたいと考えたいなぁと思うというのを来月の目標にするつもりですから」
「良かった……」
タクシー運転手は胸を撫で下ろす。
料金を支払わない相手に対する監獄モードを起動していれば、四人の死体の仲間入りを果たしていたことは間違いない。
「しかし、これじゃあパトロールが続けられませんねェーッ!」
全てのタイヤがパンクしたタクシーを見やって、殺死杉が言った。
車道の中央に停車させられたタクシーを避けて、車がビュンビュンと行き交う。
そして重武装バギーが死体を跳ね飛ばしていく。運転手の名誉のために言っておくが、相手が生きているならばちゃんとブレーキを踏む。
「私、代車としてそこらへんから車を奪ってきましょうか?」
「コラーッ!」
「ひぇ~~~~すいませ~~~ん」
弛緩した空気が流れ、殺死杉がタクシー運転手を射殺せんとしたその時である。
「申し訳ない」
行き交う重武装バギーを切断しながら、殺死杉達のもとに歩いてくる男が一人。
切断された車は爆発炎上し、さらに他の車を巻き込んで周囲を炎の海に沈めていく。
しかし、炎は男の進路に赤い死の絨毯を敷かない。モーセの如きであった。男は悠々と歩いていく。
「あ、アナタは……活人剣フィットネスの社長、
「CMでもよく見ますねェーッ!!」
殺々斬虎餌狼――就職に失敗した結果、起業を選び、見事活人剣とフィットネスを組み合わせた新しいフィットネス――活人剣フィットネスで日本に活人剣旋風を巻き起こした立志伝中の人物である。
日本人なら誰もが知るであろうこの男が何故、この場に。
「詫びに来た」
「詫び……?」
「活人剣の名を騙った悪行三昧……二日で抜け出したとは言え、一度門をくぐった以上はあれも我が弟子……弟子が大変なご迷惑をおかけしました」
殺々斬はその場で土下座し、その姿勢のままスマートフォンの画面を二人に見せた。
切腹する活人剣フィットネストレーナーの写真が見えた。
謝罪文と共にインスタグラムにアップされている。いいねは459万。
まさか、謝罪のために文字通り詰め腹を切らされたというのか。
「ご容赦願いたい」
ただの土下座であれば、相手も図に乗り、慰謝料の話などをしよう。
だが、土下座に加えて一人が切腹しているとなれば――これ以上の要求は行いづらい。
ビジネス業界の風雲児殺々斬虎餌狼――圧倒的な攻めの謝罪である。
「……そして、あのような偽物とは違う、真なる活人剣をお目にかけたい」
「真なる活人け……ギャアーッ!!」
殺々斬が土下座の姿勢から、獣のごとくに跳躍し、タクシー運転手の首元に噛みついた。
すると――何が起こっているのか。
タクシー運転手の肉体が若返っていき――先程まで初老だった運転手は今は二十歳そこそこの外見である。
「カァーッ!」
若返ったばかりのタクシー運転手の腹に対し、殺々斬が刀を横薙ぎに振るった。
何をするつもりか殺々斬虎餌狼。
活人剣と言いながら、やろうとしていることはテケテケ作成である。
「ギャァーッ!!!!」
響き渡るタクシー運転手の悲鳴――しかし、おかしい。
「ぐえええええええええええええええええええええええええええええ」
悲鳴が消えないのだ、下半身を失いながらタクシー運転手は叫び続けている。
「相手を不老不死にする……なれば、いくら斬っても死なぬ……これが俺の導き出した活人剣の答えよ!!」
「そうか、さっき噛みついたのは……相手を吸血鬼にするため」
「そういうことだ……くく、吸血鬼を活人剣業界に導入する……枯れた技術の水平思考とはこのことよ」
「しかし……何故、吸血鬼が太陽の下で活動できているというんですかねェ?」
時刻は昼――吸血鬼といえば太陽に弱いことでお馴染みである。
それが何故、陽光に消滅せずに元気に悲鳴を上げたり、斬殺したり出来ているというのだ。
「企業努力だッ!」
「なるほど……吸血鬼であることにあぐらをかかずに日々努力を積み重ねているんですねェーッ!!」
「そういうことだ……」
「じゃあ、その積み重ねた努力を幼児が遊んだジェンガみたいにして差し上げましょうかねァーッ!!おまわりさんの前でこんなに暴れ散らかしやがってるんですからねェーッ!?」
殺死杉がナイフを構え、殺々斬もまた愛刀『惨殺剣』を構えた。
殺死杉が刺殺するにはやや遠く、殺々斬が斬殺するには十分な距離である。
刀を握る殺々斬の手がじっとりと汗ばむ。
先に動くが有利か、後に動くが有利か。
間合いはそのままに、二人は無言で見つめ合った。
(焦らすな……殺戮刑事……)
株式会社『死』での面接に敗れた日から――殺々斬は辻斬りをやめ、ひたぶるに活人剣の追求を行ってきた。
だが、殺人剣を捨てたわけではない――むしろ腕を振るわぬ期間こそが、殺人剣への愛を強くさせた、そう思っている。
己の愛を、証明したい。
殺戮刑事への殺人で。
「チェヤッ!!」
殺々斬は敢えて、愛刀『惨殺剣』を大上段に構えた。
不老不死故に防御を捨て――殺死杉の攻撃と同時に殺死杉の首を刎ね飛ばそうという心積もりである。
「活人とは……殺人と見つけたりッ!!!死ねいッ!!」
殺々斬が刀を振り下ろすよりも速く、殺死杉のナイフが殺々斬の心臓に突き刺さる。問題はない――殺々斬は思った。このまま、首を刎ねれば良い――だが、そうはならなかった。
「ギュブオオオオオオ!!!!!」
殺死杉のナイフには世界に有害で猫ちゃんは優しい毒が塗布されている。
毒を受けて殺々斬の体は泡立つ肉塊と化した。
「な、何故だ……何故不老不死の俺が毒如きにいいいいいいいい!!!!」
「企業努力……否、個人の努力です」
殺死杉は殺人に対して殺人的な努力を行っている。
この毒も、薬物系殺戮刑事バッドリ惨状に教えを請い、毎日こつこつとヤクザの事務所で実験しながら完成させたものだ。
「アナタはおそらく恐るべき殺人剣の使い手であったのでしょう……しかし、殺人剣を捨てたアナタでは、現役で頑張っている私には勝てませェーン!!!!!!」
「ぐっ……そうか……」
――殺人剣の時代は終わってなどいなかったのだ。
ぐずぐずの肉塊になった殺々斬の目から涙が溢れた。
(俺が殺人剣を捨てただけ……財布の中の現金が少ないなら、目標量が集まるまで百人でも千人でも辻斬りすればよかった……それを俺は諦めて……)
「アナタがもしも現役
遅すぎた出会いを嘆く殺死杉。
ぐずぐずの肉塊になったとは言っても、不老不死であるのでまだ死ぬのには時間がかかる殺々斬。
テケテケの状態で悲鳴を上げるタクシー運転手。
爆発炎上する車。
誰一人として救われぬ悲しい事件であった。
だが、殺戮刑事であればこのような日もある。
この日の悲しみを胸に、殺戮刑事は今日も事件に立ち向かっていくのだ。
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