第21話:占領
帝国暦1121年・神暦1021年・王国暦121年6月20日・ロディー視点
ロディー15歳
「騎士殿の想像していた通り、エルフどもは分裂しているようだな」
俺の側を離れる事なく警護に徹してくれているジェイミーが言う。
俺個人を大切に思っているからではなく、俺の造る酒を大切に思っての行動だと分かっているが、少しうれしい。
何かで他人に認められるというのは、それがスキルの力であっても、うれしい。
「そうだな、確かに里を護る遊撃部隊の数が少な過ぎる。
エルフの特性を考えれば、里に籠って護りを固めるよりは、1人1人が森に紛れて奇襲する方が戦果を上げられるのに、その数が明らかに少ない」
「同士討ちで数が減ったのか、里を逃げる者がいたのか、どっちだと思う」
「以前にもジェイミーには言ったが、ガブリエルが逃げようとするのは確実だ。
問題は素直に逃げられたかどうかだ」
「裏切者と言って襲う連中がいたというのだな」
「あくまでも予測でしかないが、和平交渉の場に来ていた連中を考えれば、自分たちの思い通りの行動をしない者は、同じエルフでも殺すと思うぞ」
「ふん、私にも同じ光景が思い浮かぶよ、騎士殿。
エルフどもらしいと言えばそれまでだが」
ジェイミーとそんな話しをしながらも、戦況を見極めようとした。
エルフ里の木造城壁の上から矢継ぎ早に矢が放たれている。
エルフらしい正確な攻撃だし、魔力で貫通力が強化されている。
普通の相手なら盾も甲冑も貫通していただろう。
だが、エルフが相手をしているのは鍛冶に秀でたドワーフ族だ。
「流石ドワーフ族が鍛えた盾と甲冑だな。
エルフ族の矢に傷1つ付いていない」
「フフフ、ふん!
騎士殿が、エルフどもの矢を防げる盾と甲冑を鍛えられる者しか連れて行かないと言ったからな。
厳選した一流しか連れてこなかったぞ」
「ドワーフ族が自分の鍛えた武具防具以外を装備してくれるのなら、そのような事は言わないのだが、それは無理なのだろう?」
「当たり前だ!
ドワーフ族の鍛冶師ともあろう者が、どれほどの名品逸品であろうと、他人が鍛えた武具や防具を装備できるものか!」
「鍛冶師の矜持は理解できるから、そう言ったのだ。
だがな、ジェイミー。
戦士としては、明らかに優秀な装備があるのに使わないというのはおかしいぞ。
彼らの命を預かる者とすれば、殴り倒して無理矢理にでも装備させるか、連れて行かないかのどちらかだぞ?」
「騎士殿が我らドワーフ族の命を大切にしてくれるのはうれしい。
だがこれはドワーフ族の誇り、矜持だからどうしようもない」
「戦いに勝っても、死んでしまったら、戦勝祝いの酒が飲めないのだぞ。
それでもいいと言うのか?」
「……今度はそう言ってみる。
全てのドワーフが、他人の鍛えた防御力の高い盾と甲冑を装備するかもしれない」
鍛冶師の誇りも矜持も美味い酒には勝てないのか?
本当にそれでいいのか、ドワーフ!
「まあ、できるだけ戦いにならないように立ち回るから、もう戦勝祈願の酒宴も戦勝の酒宴も行わないかもしれないが、今度戦いになったらそう言ってみてくれ。
ではそろそろ農民らしいやり方で里を攻略しよう」
俺はそう言うと魔力で巨大な鍬を発現させた。
その鍬でエルフの里を護る巨大な城壁を耕すのだ。
大森林に生えている魔樹の中でも特に堅い、魔柘や魔欅が使われている城壁だ。
少々の攻撃ではビクともしない。
普通の火責めや火魔術で燃える事もない。
だが俺の農民スキルなら、簡単に耕しと肥料にする事ができる。
憶病で慎重な俺は、攻撃を開始する前に色々と確認している。
大森林で1番堅い魔柘や魔欅を伐採できる事も、肥料にできる事も。
魔欅を肥料にするには大量の魔力がいるが、俺が蓄えた魔力から見れば微々たるモノで、気にする事は何もない。
「相変わらず騎士殿のスキルは非常識極まりないな!」
ジェイミーの言葉もしかたがないだろう。
俺にはアニメやラノベの主人公のような鈍感力はないから、自分がどれだけ非常識な存在なのかよくわかっている。
全ては前世の知識、特に東洋医学とアニメやラノベの知識を、この世界に上手く取り入れられたのと、創造神の依怙贔屓のお陰だ。
「全てはこんなスキルをくれた神様のお陰だ。
逆に言えば、神様に嫌われたら全て失う事になる。
だから、俺が神様用に作っている酒だけは盗み飲みするなよ!
そんな事をしたら、ドワーフ族はエルフよりも惨めな滅び方をするぞ」
「わ、わ、わかっているよ、それくらい。
酒好きのドワーフ族だって、神様の酒まで飲んだりはしない……
……しないと思う」
まったくもって信用できないのだが、ジェイミー!
俺は雨霰と降り注ぐエルフ族の矢を全て肥料に変えて里の中に入り込んだ。
城壁を破壊されるとは想像もしていなかったのだろう。
あれほど傲岸不遜だったエルフ族が右往左往している。
事前の情報では、この里にはエンシェントエルフを中心に1000人ほどが住んでいたようだが、とても1000人がいるようには思えない。
「ふん、あちらこちらに潜んでいるようだが、それでも何人かは逃げたようだね。
全員で800人ほどか、数が少な過ぎる。
隠れているのが女子供じゃなきゃいいんだがな」
今更だが、ドワーフ族の女は全員男と同じ乱暴な言葉を使う。
騒音が激しい鍛冶場で働くから仕方ないのだろうが、ちょっと怖い。
200人か、同じエルフに殺されたか?
それとも上手く逃げられたか?
「そうだな、逃げていてくれればいいのだが」
俺が耕した幅50メートルほどの城壁跡からドワーフ族が突入してくる。
散々自分たちの事を馬鹿にしたエルフに復讐するためだ。
これから血の惨劇が始まるのだろう。
できる事ならそんな凄惨な光景は見たくない。
だが俺にはこの戦いの指揮官として見届ける責任がある。
「騎士殿、戦いの事は我らドワーフ族に任せてくれ。
騎士殿が女子供を殺すのが嫌いな事は言ってある。
どうしてもエルフ族を許せない連中の多くは技量の劣る普通種やエルダー種だ。
ここにいる連中は誇り高い者が多いから、無差別殺人はやらんよ」
偶然の産物だが、俺の言葉が虐殺を防いでくれるかもしれない。
いや、こうなるようにジェイミーが計ってくれたのかもしれない。
酒に異常な執着を見せるのがドワーフ族だ。
戦勝祝いの酒が飲める機会をむざむざと見過ごすドワーフ族ではない。
きっと途轍もない参戦要求があった事だろう。
「ジェイミーの配慮には心から感謝する。
留守番を命じられた連中をなだめるのに必要なモノがあれば何でも言ってくれ。
俺に用意できる物なら何でも用意させてもらう」
どうせ酒だと分かっているが、違う可能性もあるからな。
「ああ、ずいぶんと骨が折れたから、遠慮なく要求させてもらう。
それで、世界樹の所にはまだ行かなくてもいいのか?
戦いの事はナイルたちに任せれば何の問題もないぞ」
「わかった、だったら好きにさせてもらうよ」
俺はそう言って、エルフの里の中心にそびえ立つ巨木に向かった。
濃密な魔素の影響で、大森林で育つ樹木は巨大なモノが多い。
だがそんな樹木の中でも他の追随を許さないほど巨大なのが世界樹だ。
伝説では、この世界は世界樹の中にあるとまで言われている。
そんな世界樹が里の中にあるからエルフ族は傲慢になったのかもしれない。
前世の知識がある俺には、そんな伝説を信じるきる事ができない。
同時に、神がいて魔術があるこの世界なら真実かもしれないとも思う。
創造神に聞けば教えてくれるのかもしれないが、聞く気になれない。
創造神に頼り切ってはいけないというプライドがそうさせるのかもしれない。
あるいは、創造神に騙されるかもしれないと警戒しているのかもしれない。
「で、騎士殿は世界樹をどう扱う心算なのだ?
伝説にある他の世界にでも行こうと言うのか?
それとも、枝を切って伝説の武器でも作ろうと言うのか?」
「俺はこの世界が特別好きな訳ではない。
だが、他の世界に行くほど嫌っているわけでもない。
それに、多くの種族が信仰の対象としている世界樹が枯れるかもしれないのに、枝を切ろうとも思わない。
この里を支配下に置くから、新しい住人として挨拶するだけだ」
「そうかい、それはよかった。
騎士殿が世界樹を切るとか耕すとか言ったら、命がけで止めなければいけないと思っていたからね」
「ジェイミーは俺をどんな奴だと思っていたんだ?!」
「頼ってきた者を見捨てないし、女子供を傷つけない優しさも持っている。
だが同時に、敵対する者には容赦しない。
権謀術数を駆使する事もためらわない。
何より森の木を切って畑にする事に熱心だ。
喧嘩を売ってきたエルフが大切にしていた世界樹なら、伐採するかもしれないと、ちょっとだけ不安だったのだ。
だが、あれだけお美味しい酒を造る者に悪い奴はいないからな。
きっと世界樹も大切にしてくれると思っていたぞ」
最後の最後に信じるのが酒造りの上手さかよ!
まあ、いい、相手はドワーフ族だ、酒至上主義なのは最初から分かっていた事だ。
「世界樹にあいさつするからちょっと黙っていてくれ。
多くの種族から信仰されている世界樹よ。
今まで世界樹を管理してきたエルフが俺たちを襲ってきた。
その非道な行為に対する報復として、エルフの里を襲って占領した。
これからは、俺が世界樹を管理する事になる。
何か望みがあるのなら言ってくれ、できるだけ叶えよう」
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