第7話:ロマンティア帝国

帝国暦1121年・神暦1021年・王国暦121年1月28日・ロディー視点

ロディー15歳


 アルフィンは、殺された父親を先祖代々の墓に葬りたいと言った。

 だが実行するには亡骸を運搬しなければいけない。

 そして俺たちの周囲にはぶちころした山賊たちがいる。

 亡骸と山賊たちの装備のどちらを運ぶか決めなければいけない。


 山賊たちが着ている衣服は、粗末な素材でできているうえにとても汚いが、この世界ではとても貴重な布が使われている。

 武具だって鍛冶スキルで打ち直せばそれなりの価値になる。

 だが、父を亡くしたアルフィンの気持ちとは比べ物にならない。


「そうか、だが、厳しい事を言うが、すべてをアルフィンが持つのは無理だ。

 アルフィンの家まで抱いて持てない亡骸は俺の馬で運んでやる」


 亡骸とはいえ、五体満足ならば、アルフィンに縛り付けてでも運べる。

 だが、頭と手首から斬り落とされた両手、首と両手のない身体。

 アルフィン1人では絶対に運べない。


「……父上様の、うっうううう、父上様の頭だけは抱いて運びます」


 俺はこれ以上アルフィンに何かを口にさせるほど無神経ではない。

 黙ってアルフィンの父親の亡骸を愛馬アールヴァクの背に乗せる。

 両手は自分の騎士服の懐に入れる。

 まだ流れでる血で愛馬も騎士服も汚れるが、娘を護ろうとした父親への手向けだ。


「ここがわたくしたちの里でした……もう、わたくししかいませんが……」


 周囲を石積の防壁で囲まれた里は意外と立派な造りだった。

 いや、砦と言ってもいい造りで、低いとはいえ内外二重の防壁造りだ。

 最初に内部の居住区を護るように造って、その後で畑を護る防壁を造ったな。

 獣や魔獣に畑を荒らされて、しかたなく外の防壁を後で造ったのか?


「ここがわたくしの家です」


 黙ってアルフィンの後をついてきたが、内壁内で1番立派な家に案内された。

 所々にロマンティア帝国皇帝家の家紋が彫られているが、無視だ無視。

 やっと公爵家や王家という重いモノから解放されたのに、今更皇帝家なんて重すぎるモノと関係を持ちたくはない。


「そうですか、御尊父の亡骸は運び入れさせていただきます。

 私はその辺の空き家を使わせていただきましょう」


 俺はそう言って首と両手のなくなった遺体を家に運び入れた。

 この里で1番大きくて立派な家とは言っても、落人の里だ。

 農村の村長家より少し大きくて一部が石造りなだけだ。

 一部が石造りなのも内防壁と家壁が兼用されているからだ。


「うっ……ここが父上様の使っていた部屋です」


 嗚咽をこらえながらアルフィンが居間につながる個室のドアを開けた。

 素人が一生懸命作った横引きのドアがガタガタと音をたてながら開く。

 父親が使っていた部屋の粗末なベッドに亡骸を寝かせた。

 アルフィンなら毛布代わりに使っていた毛皮が血にまみれても気にしないだろう。


「ありがとうございます、ありがとうございます、ありがとうございます」

 

 斬り離された両手を懐から取り出して、つながっているようにそっと置いたら、アルフィンも抱きしめていた頭部を同じように置いて礼を言ってきた。

 ここで抱きしめてあげられるのは、物語の中のヒーローか女慣れした奴だけだ。

 この世界ではまだ15歳、前世ではモテない君だった男にはハードルが高すぎる。


「俺は表で荷物の整理と食事の準備をしてくる。

 とても食べられる心境ではないだろうが、御尊父を弔うためには食べた方がいい。

 食べる気になったら出て来てくれ」


 この里には内壁を壁とした家が23軒ある。

 最初は23家族が、いや、西ロマンティア帝国の落人23グループが住んでいたのだろうが、西ロマンティア帝国が滅んでから130年くらいだったか?

 その間にアルフィンと父親の2人にまで減ってしまったのだろう。


 魔力は神与スキルがないと外部に放出できないから、魔術スキルは予習できない。

 だが魔力を必要としない一般スキルはレベル9までは予習できた。

 だから火起こしや料理などといったスキルは全部レベル9まで予習してある。

 手早く拾っておいた小枝などに火をつけて焚火料理をするくらい簡単だ。


 内壁には1カ所しか出入り口がない。

 敵に攻め込まれた時に、大切なモノを守る事を最優先に考えたのだろう。

 だが、石積みの内壁は素人が一生懸命作ったのが分かってしまう造りだ。


 出入り口にある城門も、丸太を横に並べて積み上げた物を横に引っ張る造りで、開け閉めがとても大変だっただろう。

 さっきの山賊のような連中に寝込みを襲われるのは嫌だから、内壁の中、俺の感覚で言えば本丸の城門を閉める前に調べておきたい事がある。


 内壁の外で外壁の中、俺の感覚で言えば二ノ丸だが、ほとんど農地だった。

 城門前の一部だけが農地で、そこ以外はほとんど使われていないが、これは父娘2人になって、農業をする人手がなくなったのだろう。


「ヒィイイイイイン」


 愛馬が外に出るのなら乗って欲しいと言ってくる。

 愛馬の願い通り騎乗して二ノ丸部分を時計回りに回ってみる。

 本丸城門を出て畑部分を踏み荒らさないように進み、右に曲がって北に進む。


 畑が終わったらもう1度右に曲がると、雑草しか生えていない畑の成れの果てだったが、ここなら輓馬たちの好い放牧地になるだろう。

 問題があるとすれば、内壁近くにある多くの墓だ。

 ここで亡くなった西ロマンティア帝国落人の墓だろう。

 放牧地にするにしても、墓には配慮した方がいいな。


 次に右に曲がって本丸東側がどうなっているか確認してみた。

 アルフィンたちの家のあった方向だが、こちらの墓は外壁の近くにある。

 数がとても少ないのに、墓地がとても広い。

 これは、皇帝家か、あるいは里の指導者の墓だな。


 二ノ丸部分を見渡しながら本丸部分を確認したが、俺の根拠地には不向きだ。

 内外の防壁の積み方が下手すぎるし低すぎる。

 あんな防壁よりは、農民スキルを全開にした畦の方が防御力が高い。

 低い部分を深く広く掘り、高い部分を高く狭く積み上げれば空堀と防塁になる。


「ヒン、ヒン、ヒン、ヒン、ヒン」


 愛馬がもっと散歩したいと甘えてくるが、そうはいかない。

 焚火で炙っている猛獣肉をひっくり返さないと、片面だけ焼けてしまう。

 

「ちょっとだけ待っていてくれ、アールヴァク。

 アールヴァクはなにかが襲ってこないか見張っていてくれ」


「ヒィイイイイイン」


 俺に頼られた事がうれしのだろう。

 愛馬が御機嫌にいなないて本丸の周りを駆け回っている。

 外壁にある2カ所の出入り口、東城門と西城門を見張ってくれている。

 俺はその間に手早く串刺し肉をひっくり返した。


「アールヴァク」


 俺が呼ぶと愛馬はうれしそうの駆け戻ってきてくれる。

 ひらりと飛び乗って、短いが散歩を楽しむ。


「アールヴァク、東外城門を確認するぞ」


 俺がそう声をかけて手綱を操ると、愛馬は矢のような勢いで駆けてくれる。

 深い森の中では全力で駆けられなかったので、10反くらいの二ノ丸を駆ける。

 前世ではブドウ農家の親戚が数多くいて、戦前に分家した家は、俺の家も含めて畑1枚1反しか分けてもらえなかったから、1反の広さが身に沁みついているのだ。


 だからそこ本丸部分の広さも二ノ丸部分の広さも体感で理解できる。

 学校で学んだ広さで言えば、100反で1ヘクタールほどになるが、俺が持っている前世の農作物の知識は日本基準だから、1反10aで考えるようにしよう。


「よし、よし、よし、よし、西門を見張っておいてくれ」


 俺がそう命じると、愛馬は喜んで西外城門の方に駆けて行ってくれた。

 俺は安心して東外城門を確認できる。

 西外城門と同じように、扉となる部分がない。

 朽ちた丸太があちらこちらにあるから、再建できなかったのだろう。


 愛馬や輓馬たちが気配に敏感だからと言っても、無防備は怖い。

 東西の外城門は再建しておきたい。

 俺は外壁外に生えている大木を魔力斧でスパスパと切り倒した。

 切り倒した大木に魔力小刀で継手を彫り木組みの城門を積み上げた。


 ピィイイイイイ


 俺が口笛を吹くと直ぐに愛馬が駆けて来てくれた。

 1度本丸に戻って焼きかけの串肉をひっくり返そうとした。

 だがそこにはアルフィンの緊張した顔があった


「何かあったのですか?!

 馬のいななきだけでなく、口笛まで聞こえてきましたが?」


「ああ、すまない、外壁に城門がなかったから、急いで再建しようと思ったのだ。

 特に今何かあったわけではない、心配させて悪かったな」


「いえ、こちらこそ全てお任せしてしまって申し訳ありませんでした。

 本当なら助けていただいた御礼におもてなししなければいけない立場なのに……」


「いや、大変な不幸があったのだ、そんな事は気にしなくていい。

 それに、こう言ってはなんだが、俺はこの地の領主だ。

 領民を護る義務がある。

 アルフィン嬢が俺を領主と認めて保護を求めるのなら、命をかけて護る」


 俺はアルフィンに領民として保護を求めるのか、先住民として土地の所有権を主張し、俺やトラースト男爵家に戦いを挑むのか確認してみた。

 父親を殺されたかわいそうな少女に厳しい選択を強いる事になるが、アルフィンの事情を考えれば、早く決めさせた方が安心できると思う。


「……分かりました、騎士様の領民として保護を求めます」


「そうか、だったらまずは食べてくれ。

 ここで倒れられたら俺が困る。

 食べるついでに火の番をしていてくれたら、俺はその間に城門を再建できる」


★★★★★★


1ha=1町=10反=100a

1町=10反=100a=3000坪

1反=10a=300坪

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