わたしは彼がすき

ネオン

好き

わたしは彼が好きだ。でも、彼はわたしになんか興味ない。

彼には好きな人がいる。彼が好きな人について友達と話しているのを聞いてしまったから知っている。

それでも、この想いを言葉にして彼に伝えられたら、なんて不可能なことをつい考えてしまう。彼は私に対してなんの感情も持っていないのに。彼に告白しても無駄なのに。……もう会うことなんてないのに。


彼に初めて会ったのはのは四月。光の当たる窓ぎわで彼と出会った。

変わらない光景、動かない感情、わたしはただそこにあるだけ、それが私の日常である。

それが普通だと思っていたから、退屈だと感じることもなかった。

その日、わたしはいつもと同じ、今までと変わらない一年がまた始まると考えていた。

しかし、わたしの予想に反して、いつも通りの日常は訪れなかった。

なんと、わたしは、近づいてきた彼に心を奪われてしまったのだ。

彼を認識した瞬間、時が止まったかのように感じた。

人々の声が一切気にならなくなり、彼以外の全てが私の認識から消えた。

我に返り、他の人の声が聞こえるようになっても、彼の声ははっきりと認識できた。

彼の行動が気になり、一日中彼をずっと目で追ってしまった。

彼が帰ってしまい、彼の姿が認識できなくなった後も、彼のことがずっと頭から離れなかった。どんな人間なのだろう、何が好きなんだろう、明日も会えるかな、早く会いたいな、などと次々に思い浮かんできて、きりがなかった。彼のことを考えていたら、いつの間にか夜が明けた。

もしや、これが世にいう“一目ぼれ”というやつなのだろうか。

これほどまでに心が動いたのは初めてだった。

世界が急に動き出したような気がした。

彼に会うのが楽しみで、夜が明けるのが楽しみだった。

朝になって、人々の話し声が聞こえてくると、彼が来たのではないかとそわそわした。

もしや、これが世にいう“恋”というやつなのだろうか。

彼のことをたくさん知りたいと思った。

できるだけ長い時間彼のそばにいたいと思った。

彼に触れてほしいと思った。

こういう気持ちが存在することは知っていたが、わたしには一切関係のない感情だと思っていた。まさか自分がこんな感情を経験するだなんて思ってもみなかった。世の中何が起こるかわからないな……。

恋をしてからの毎日は、今までの日常とは全くの別物のように思えた。

彼に会えると嬉しくなり、彼がいなくなってしまうとさみしくなる。彼がいない時でも、ずっと彼のことを考えてしまう。

ただ彼の近くにいられるだけでうれしかった。

たとえ言葉を交わせないとしても、彼の一番近くにいるだけでよかった。

たとえ彼がわたし以外のことを見つめていたとしても、いつまでもそばにいたかった。

たとえわたしの存在が彼の記憶に一切残らないとしても、いつまでも彼のことをそばで支えてあげたかった。

どんな形でもいいから、できるだけ長い時間彼のそばにいたかった。

このわたしの願いが絶対にかなわないことはわかっていた。

それでも、実現しないと分かっていても、七夕には、ずっと一緒にいたいだなんて空に向かって願ってしまった。その日に彼が、今日は七夕だな、と話していたのを聞いてしまったから、つい願ってしまった。その日は晴れていて、星がよく見えたから、つい願ってしまった。

でも、やっぱりわたしの願いはかなわなかった。

八月の終わり、わたしと彼は離れ離れになってしまったのだ。

仕方のないことだけど、わたしに対して何の未練もない様子で離れていく彼を見て悲しかった。もちろん涙は出なかったけど、ものすごく悲しかった。

離れ離れになったあと、彼の近くにいることはほとんど無くなった。

ごくまれに、彼が近くに来てくれることはあったが、本当にわずかな時間だった。

九月以降、わたしの姿が彼の視界に入ることはあまりなかったのではないかと思う。

最初はとってもさみしかった。

だって少し前まではほとんど毎日近くにいたんだから、急に離れたらそりゃあさみしいに決まっている。

夜が明けることは別にうれしいことでは無くなった。

だって朝が来ても彼が近くに来るわけじゃないし。

でも、時間が経つと、さみしさはうすれていった。

そして、彼の姿が確認できるだけで、彼と同じ空間にいられるだけで、それだけでも満足だと思うようになった。いや、努めて満足だと思うようにしたというのが正しいのかもしれない。

三月になり、彼との別れの時期になってしまった。

彼は私に見向きすることなく去っていった。

こうなることはわかっていた。わかっていたけど辛かった。

わたしという存在は、彼の記憶には一切残らないことを痛感したから。

そりゃそうだ。


だって、わたしは学校に置いてあるただの机なのだから。


わたしは毎年多くの人間たちと出会う。

様々なタイプの人間がいたが、机に興味を持つ人間にはまだ出会ったことはない。ましてや、机というものに対して恋心を抱くだなんて、そんなことが起こる確率はほぼゼロであろう。

人間にとって、机とは当たり前のように存在しているもので、特に学校の机なんて、興味を持つに値しないような存在だろう。おしゃれな机だったら興味を持つ人間もいるだろうが、飾り気のない学校の机には何の面白みもないから人間の目を引くことはあまりないだろう。

もしかすると、学校の机のことが嫌いな人間はたくさんいるのかもしれない。いや、少なからずいるだろう。だって、学校にあるものをテレビとかで見ると学校のこと思い出すから見たくない、なんて言っている子過去にいたし。

わたしが人間に好かれるためには、まずは人間が学校を好きになる必要があるのではないのでしょうか。多分無理だろうけど。

人間に好かれる方法を考えても無駄なので、とりあえずやめようと思う。

今から人間に好かれたところで、彼に好かれることはないから。

彼に好かれなきゃ意味がない。彼以外の人間に好かれても別にうれしくない。

そもそも、わたしのような机ごときが人間に恋すること自体が、この上なく愚かで、滑稽なことなのだろう。もし私の恋心を人間が知ったら、嘲笑われるのではないだろうか。


恋なんてしなければ、彼に出会わなければ、こんなにいろいろと考えてしまうことなんて無かっただろうな。

……なんで恋なんてしちゃったんだろう。

そもそも彼のいいところはどこだったのだろう。

考えてみても思いつかない。いや、ほんとになんで彼のことを好きになったのだろう。全く理由が思い浮かばない。

別に彼はわたしを丁寧に扱ってくれたというわけじゃない。今までにわたしを使った人間と同じような使い方だった。

それなのに、なぜか彼のことが好きだ。

この彼を想う気持ちが嘘ではないことだけは確かなんだ。

何とも不思議なことだ。

特に理由はないのに彼のことが好きで好きでしょうがない。

これが、恋、なんだね。……何とも面倒なものだ。

この気持ちは面倒なものだし、これが無意味なものであることはわかっているけど、彼に恋したことは全く後悔していない。

たとえ二度と会えなくても彼のことを想うことはやめないだろう。

誰にも迷惑をかけないのだから彼を想い続けることだけは許してほしい。

彼を想うことをやめろと言われてもやめる気はない。というか、やめろと言われてやめられるものではない。彼への気持ちを消す方法なんてわからないから。


いつかこの恋がいい思い出になるまでは、わたしはいつまでも彼を想い続けよう。

たとえこの気持ちが無意味で愚かで滑稽なものだとしても。








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