第41話 それぞれの過去4

 アダを織る為の道具、簡単な織機をラウルが作り出したのを横目にみつつ、お昼まではムグの実の選別をした。

 ムグの実は黄色の実で、果肉を水に入れると泡が出た。中の種も使えると聞いたことがある、とラウルに聞いて、種は別にして干してある。


 今回は秋に採ったので、ほとんどの実が半分以上乾燥した状態だった。茶色に変色した実は、水に入れればすぐには泡立たないが、布に擦り付けるとまるで石鹸のように泡立ったのだ。

 なので実を全て乾燥させてから、削って溶かして乾かして石鹸のように出来るか、それとも液体のまま泡立つようになるかこの冬で実験する予定だ。


 ラウルの作っている織機は、木の板で大きな長方形の枠を組み立て、長い辺にアダの繊維を一本一本張って行く。念入りに平行を確認すると、そこにナイフで傷をつけ、改めて微かな溝を掘って行く。

 その様子を見ていると、どこかの郷土資料館で見た織機をより簡易的にした物のように感じた。


 リサちゃんはその織機で使うアダの茎の繊維を一本一本キレイに整えていたが、明らかにソワソワと私の方や台所の方を見ていて落ち着かない。

 その微笑ましい様子を見て、今日は少し早めでもいいか、お祝いなんだし、と手を止めて料理の仕上げをすることにした。




「ラウル、少し早いかもだけど、八歳、おめでとう!」

「お兄ちゃん、おめでとう!」

「ウォンッ!」


 台所のテーブルの上には、所狭しと料理を並べられている。ハンバーグ、角煮、そしてニョッキ入り野菜スープだ。

 醤油がないのでハーブと塩味の角煮だが、ずっとコトコト煮込んでいたのでとろとろに柔らかく、味もそれなりに美味しくできた。


「……朝からリサがずっと変だったのは、この為だったのか。ありがとう、ノア、リサ、それにウィト。こんなに美味しそうな料理……生まれて初めてだよ」


 目を丸くし、次ににこやかに笑うリサちゃんを見たあと、ちょっと恥ずかしそうにはにかんだ笑顔でお礼を言ったラウルの可愛い姿を見て、頑張って料理をした甲斐があったと満足した。


「あとは、はい、これ。私とリサちゃんのポンチョを作った残りの毛皮で、腰巻と短めのマントを作ったの」


 作ったと言っても腰巻は毛皮に尻尾用の切れ込みを入れ、その上に紐とボタンをつけて止められるようにしたのと、前に紐をつけて結べるようにしただけだ。マントも腰までの一枚布の前に紐をつけて羽織れるようにしただけで、ほとんど手間がかかってはいない。


「あ、ありがとう。……とても暖かいよ」


 マントを羽織り、腰に腰巻を巻いたラウルは、そっとマントを触りながらどこか遠くを見るような瞳でそう告げた。その声はどこか寂しそうで、それをリサちゃんに分からないようにわざとはしゃいだ声を上げた。


「ふふふ。ウィトが温かい毛皮を獲って来てくれたし、それを鞣したのはラウルじゃない。さあ、食べましょう!リサちゃんが待ちきれないみたいだわ」

「あ、そうだね。じゃあ、食べよう!」


 じっと料理をキラキラとした眼差しで見つめているリサちゃんに気づいたラウルが、手早くマントと腰巻を外すと、最初に角煮の皿に手を付けた。


「っ!や、柔らかい!それに……味がしみ込んでいてとっても美味しい。こんな美味しいお肉、本当に生まれて初めて食べたよ」

「……っ!んんーーーーーーーっ!!美味しい、すっごく、すっごく美味しいよ、お姉ちゃん!!わあ、こっちのお肉もじゅわーってお肉の汁が出て来た!うーーん、美味しい!」


 ラウルが手をつけたのを見て、すぐにリサちゃんも角煮を食べて悶絶し、そしてハンバーグを一口食べて両手で頬を挟んで歓声を上げた。


 そのかわいい様子に萌えーー!と思いつつ、夢中で料理を食べているラウルの様子をちらりと見て、ほっと胸を撫で下ろした。


 ラウルはお母さんが亡くなってから一人でリサちゃんのことを守って生きて来たからか、私が知識もなく世間知らずだったからか、して貰うよりも自分で率先して何事にも進んでやっていた。

 だからあの怪我をしていて弱っていた時は私の言葉に家族になる、と受け入れてはくれたが、それでも怪我が治るとずっと気を張ったままだったのだ。


 そんなラウルのお祝いをすることで、内面に一歩踏み込むことになるのでは、とちょっと緊張もしていたが、美味しい料理はそれも跳ねのけてくれたようで一安心だ。


 それからは皆で楽しく騒ぎながら大量の料理を食べつくした頃には、リサちゃんは興奮して疲れたのか眠ってしまっていた。

 そのリサちゃんの隣に寄り添って見守ってくれているウィトの頭を撫で、お願いすると後片付けにとりかかる。

 そうして全て洗い終え、まだ夕方だけど今日はもう寝てしまおうか、と思っていた時。



「ノア、今日はありがとう。こんなに楽しいお祝いは、お父さんが生きていた頃以来だったよ」

「……うん。これから春までは同じ歳だからよろしくね」


 春になれば私も九歳だ。……八歳のお祝いは、洗礼の年ということもあって、お父さんとお母さんは一日店を休みにしてたくさんの料理を並べて祝ってくれたのだ。


「そっか。春までは同じ歳なんだった。……ねえ、ノア。ノアは何も聞かなかったけど、リンゼ王国のこととか気にしているみたいだし。僕達のこと、聞いてくれる?」

「無理に話をしなくてもいいんだよ?言いたくなった時で」

「うん。だから聞いて欲しいんだ」


 そう、遠くを見つめながら話し出したのは、ラウルの両親のことだった。



 ラウルの両親は、狼族でも種族が違ったそうだ。お父さんが黒狼族でお母さんが灰色狼族だ。

 獣人は同じ種族と結婚するのが普通で、狼族でも色が違う種族と結婚することに、かなり反対された。それでもお父さんが集落で三本の指に入る程に強くなり、お母さんと結婚するのを認めさせたのだそうだ。


 基本的に肉食系の獣人は森の中でそれぞれの種族で集落を作って暮らしているので、お母さんが黒狼族の集落に来て暮らし始めて、やはり色々とあった。それでもお父さんが強者だったから、表面的には問題なく暮らし、ラウルとリサちゃんが産まれた。


 ただ、リサちゃんが産まれて一歳になる少し前に、集落のある森の奥にある山間部に、かなり強い魔物が棲み着いてしまった。

 その討伐隊に、お父さんは選出されたのだ。


 本来まだ子供が小さいから拒絶することも可能だった筈が、別種族と結婚を強行したお父さんは長の強制に断れず、しぶしぶ討伐に出かけて生き、そして帰らぬ人となってしまった。


「あの時、生きて戻って来た他の集落の人は怪我がひどくて助からなかった、って言ってたけど、傷薬をしっかり集落で準備して行けば、助かったかもしれないのに」


 そう、暗い瞳で呟いたラウルに、私は声を掛ける言葉が出なかった。

 獣人は強いことが全てで、傷薬を軟弱だと認めない。強いことと怪我を治すことは私的には何の矛盾もないし、怪我をしても治療に薬草しか認めないのはおかしいことだとも思う。それでも私は獣人のことやリンゼ王国のことは何も知らないので、どう口に出していいか分からなかったのだ。


 ただ、小さなラウルとまだ生まれたばかりのリサちゃんを遺して死ぬことは、さぞ無念だったのだろうと思う。


 そうして半ば強制的にお父さんを討伐隊として連れていったのに、亡くなったから同族じゃないのだからこの集落から出ていけ、と言われてお母さんも何度も掛け合ったそうだが結局ほとんど何も持たずに集落から追い出されてしまった。そしてまだ一歳のリサちゃんと四歳のラウルを連れて、お母さんは自分の出身の集落へと戻った。


 でも灰色狼族の集落では、黒狼族のお父さんと結婚したお母さんには当たりがとても強く、一番大変な役割が回って来る。

 だからいつもリサちゃんの面倒はラウルが見ていたが、それでも無理が祟ってお母さんも二年後の冬、病気に掛かってあっけなく亡くなってしまった。


 さすがに子供二人をすぐに追い出そうとはしなかったものの、集落中から無視をされたラウルは、春になって温かくなるとリサちゃんを連れて集落を出て、孤児や集落からはぐれた者が集まる集落を目指した。

 その集落のことも灰色狼族の集落の人がわざと聞こえるように言っていたそうだから、追い出したかったのだろう、とラウルは言っていた。


 幸い灰色狼族の集落からはそれ程遠くなく、なんとか半月ほどの移動で集落に無事に到着し、そして集落の外れの家を一軒貰えることになった。


「まあ、ボロボロな家だったけど、補強すれば冬も過ごすことが出来たし。それに食料集めに参加すればきちんと子供二人分の配給もあったから、あんなことが無ければずっと暮らしていたかもしれない」


 ようやく二人にとっての安住の地になる筈だったのに、二年も経たずに恐らく奴隷商人に目をつけられた集落は狙われ、そうして結局幼い二人が見捨てられることになってしまったのだ。



 私も八歳で両親を亡くした、と悲劇のように思っていたけど、ラウルは八歳だというのに何度も大きな荒波に見舞われて両親を亡くしていたのだ。


「……ノア、なんで泣いているの?僕もリサもノアとウィトにこうして救われて、今は安心して暮らしているからもう大丈夫だよ」

「う、ううん。ごめんね。家族がいて、大人になれるのって普通じゃなくて、幸せなことだったんだって思ったら、なんだか涙が出てきちゃって。ご、ごめんなさい」


 この涙は、ラウルとリサちゃんの境遇を思って出た涙じゃない。前世の私も、家族の愛情には恵まれなかったけれどお金的には何の問題もなく大人になれたのに、そのことさえ家族に感謝したこともなかったのだ、ということに今更ながら気づいたからだ。


 隣で背中をなで、慰めてくれるラウルに、気づくと私は前世のことを含めてあちこち話しが飛びながらも話し出していたのだった。








ーーーーーーーーー

ラウルとリサちゃんの境遇でした。リンゼ王国には獣人の常識などが種族毎にあり、ランディア帝国とはまた違った複雑な闇があったりします。

次話で3章は終わりです。(4章は話のテンポが上がる予定です)どうぞ宜しくお願いします<(_ _)>

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