第26話 助けて

 真っ黒な毛並みの狼の子は、私が抱えても初めて会った時のウィトよりも一回り小さく、柴犬程の大きさだった。


 私が抱え上げた時はうっすらと目を開けたが、すぐにぐったりと目を閉じ、荒い息を漏らしている。

 べっとりと手に着いた血に、かなり出血してしまっていると察し、大慌てで少し開けた場所に降ろすと、まず生活魔法で水を出して背中を洗う。


「……グゥ……」


 さすがに沁みたのか、弱々しいがうめき声が上る。


「ごめんね。痛くても我慢してね。傷口を洗ってからでないと、治療が出来ないの。もうちょっと頑張ってね」


 赤く染まる水に眉を顰めつつ左手で水を出し、右手で毛並みをかき分けて傷口を確認すると、ウィトの時の傷口とは違う、真っすぐに何か刃物で切りつけられたような傷だった。

 

「ひどい……。貴方、もしかして人に襲われたの?すぐに傷薬を塗るからね。傷口に触るけど、辛抱してね」


 思わず眉を顰めてしまったが、今は治療する方が先決だ。

 傷口をしっかりと洗うと、きれいな布で水を拭きとる。その間も流れる血で、どんどん布が染まって行くが、血止めの方法も分からないし縫うことも出来ないので、すぐにタブレットの収納リストから傷薬を三つ取り出した。

 傷薬の血止めと消毒、治癒促進の効果に期待することしかできない。


 崖の下の家の周囲の森はかなり深い場所にあるからか薬草が豊富で、傷薬の材料もたくさん自生していた。なのである程度薬草が溜まると、小まめに傷薬に変換して収納していたので在庫は十分にある。


 幸い傷は肉まで達しているが、骨と内臓は傷ついてはいないようだと傷口を確認して胸を撫で下ろし、血を押さえていた布を外し、傷口を合わせるように丁寧に傷薬を厚めに塗っていく。


 指が傷口に触る度、ピクピクと身体と耳が揺れるのが痛ましいが、すぐに傷薬が効いてくれることを祈るしかない。

 たっぷりと傷薬を塗り終わると、バナの葉を取り出して傷口を塞ぎ、その上にキレイな布をかぶせてから洗ってある腰布を取り出して少しきつめに巻いて行く。

 出血の具合をみながら、被せた布を交換するつもりだ。


 バナの木はここら辺の森にはどこにも生えており、大き目なキレイな葉を見つけると採取し、きれいに洗ってから干してタブレットに収納するようにしていた。お皿替わりにも使えるので、かなり便利なのだ。


「ふう。とりあえずここではこれ以上は治療は出来ないわ。……やっぱり熱が出て来たみたいね。ウィト、この子は魔獣なの?」

「グルルゥ。……キュゥウ?」


 そっと頭を撫でると燃えるように熱くて、苦しそうに荒い呼吸を繰り返す姿に胸が痛む。

 この子の目は赤くなくてキレイなグレーの瞳をしていたので、魔物ではないと分かっていたので魔獣かと思っていたのだが。


 私の問いにフルフルと首を振って否定し、考え込むように小首を傾げたウィトに、私も魔獣でも魔物でもなければ他にどんな種族がいるのか分からずに問いかけられず、お互いに顔を見合わせてしまった。


「この子は魔獣じゃあないのね?でも、ウィトが気に掛けたってことは、私に危害を加える種族の子ではないのだろうし……。まあ、そんなことより今はこの子を家に連れて帰る方が先よね。ウィト、私がこの子を抱替えて乗っても大丈夫?」

「ウォンッ!」


 今度はまかせて!と言わんばかりに元気に返された返事に、つい笑ってしまいそうになりながら、荒い呼吸を繰り返す狼の子を抱える。

 その身体がどんどん熱を帯びていっても私はもう見守ることしか出来ず、無事に乗り越えてくれることを祈るしかない。


「もう安心だからね。だからあなたは、回復にだけ全力を注いでね」


 多分聞こえてはいないだろうが、それでも腕の中に納まる温もりに声を掛けずにはいられなかった。



 それからはウィトにそっと跨り、傷に障りがないようにゆっくりと歩くウィトに揺られ、夕暮れ時に無事に家へと戻ることが出来た。


 家に戻ると私の布団に狼の子を寝かし、頭をそっと撫でる。まだ治まらない熱に、お皿を用意して生活魔法で水を出して入れた。


「少しでもお水を飲んで。ね、大丈夫、大丈夫だから」


 指を水につけ、そっと口元に運ぶと荒い呼吸に開いていた口から出ていた舌がペロリと舐める。そっと水が入ったお皿を口に寄せると、ペロペロと舌が動いて少しずつ飲み込んだ。


 そのことに安心し、隣で覗き込んでいるウィトをそっと撫でる。目を細めてうれしそうに耳と尻尾をパタパタ揺らすウィトに狼の子の傍で様子を見てくれるように頼むと、外に干した洗濯物をとりこみ、狼の子でも食べられる物を考えながら食事の準備にかかることにした。



 ウィトに寄り添われ、たまに水を飲みながらもずっとうなされるように寝ていた狼の子が目を覚ましたのは、夕食に作った食事を持って行った時だった。


 用意したのはウィトが獲って来てくれた肉を薄く切り、さらに細かく叩いてひき肉状にした物を焼いた物だ。怪我をしたばかりなので、生で肉を食べるのもどうかと思って食べやすいように細かくして焼いてみたのだ。


 ヒクヒクと焼いた肉の匂いに鼻が動き、ゆっくりと目が開く。ぼんやりとしている子を驚かさないように、そっと作って来た皿を置いた。

 無意識なのか、肉の匂いにむにゃむにゃと口が動いた子に、ウィトが鼻を寄せて鼻と鼻を合わせるようにチョンとくっつけた。


 ……っ!!く、くううっ!な、なんて可愛い光景なのっ!ここはもふもふ天国だったのね!ああ、声を出せないのがこんなにもつらいなんてっ!!


 ウィトと触れ合う内に、私はモフラーだったのだと、しっかりと自覚していたのだ。もう、ウィトがいない生活なんて考えられない。


 狼の子がすぐ目の前にいるウィトの姿に気づき、パチパチと瞬きした後、プルプルと震え出す。


「ウォフゥ、グルルゥ、ウォフ」

「クウ?……ガウッ!!」


 するとウィトが何か話しかけると、キョトンとした顔をした狼の子が、ハッ!としたように立ち上がろうとした。


「ギャンッ!……クキューーーゥ」


 すると傷に障ったのか、一声鳴くと崩れ落ちるようにまた横たわる。ハアハアと荒い呼吸に、傷口が開いたのかもとドキドキしながらも、驚かさないようにそっと声を掛けた。


「ねえ、落ち着いて。ここは安全な場所だから、もう大丈夫よ。ね?傷の手当はしたわ。安静にすれば、すぐ良くなるから」

「ウォフッ」


 ゆっくりと出来るだけ優しく語り掛けた私の言葉に頷くようにウィトが鳴いた。


「ギュゥ、キューーー。キュ、キュウゥウッ!!」


 傷の痛みがあるだろうに、何かを訴えるかのように顔を上げ、這いずるように動こうとする姿に、どうしたのかとウィトに視線を送る。


「ウォフゥ?グルウォーー?」

「クーー、キュウーーーー……」

「……グルゥ、ウォフゥ」


 狼の子が、どうしたのかと問いかけるウィトに必死に何かを訴えていて、どうしたもんかとウィトは私の方をチラチラ見ているんだけど……。な、なんなの、このワンワン天国!!(注意:狼です)もうキュウキュウウォフウオフ可愛いんですけどっ!!いや、なんかシリアスな事態なんだろうな、というのは雰囲気で分かるから、今はそんな場合じゃないってニヤつきそうになる顔をなだめるだけで必死なんですけど!!


「ウォフゥ……」


 なんかウィトが私を見て、残念そうに重いため息をついた気がするけど、でも私は今、とっても幸せな図を眺めているんだから、そこは気にしないで流して欲しい。


「グゥ……グ、グガァ……」


 ついほっこりと私が和んでいたら、じっと真剣な瞳で私を見て、何かを訴えかけるように鳴いた狼の子が急にガクガクと震え出した。


「えっ、ちょっと、大丈夫っ!」


 慌てて駆け寄ると、その私の目の前で。


「グ……グルゥウア……あ……たす、けて、妹を、たす……けて」


 震える真っ黒な毛並みの狼の子の輪郭がぶれ、姿が揺れた。え、と思った次の瞬間には、気づけばそこには真っ黒な狼の子の姿はなく、代わりに小さな黒い髪と耳と尻尾を持つ、素っ裸の男の子の姿があった。


 あんまりのことに現実感がなく、茫然としつつもしげしげと見つめると、背中には私が蒔いた腰布がほどけてしまっていて、ああ、巻きなおさないと傷に触るな、とぼんやりと思い。


「え?え、えええええぇえええっ!!も、もふもふがっ、もふもふの狼がっ、男の子になっちゃったんだけどっ!!ど、どういうことーーーーっ!!」


 やっと叫び声を上げたのだった。









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明日はどうなるか分かりませんが、昼の12時に更新予約をしておきます。

夜はワクチン接種の影響が全くなければ更新するかもしれません。

どうぞ宜しくお願いします<(_ _)>

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