第22話 崖
これから迎える冬の為に、秋の実りを迎えた果物を見つけては採取したり、野生の芋を掘ったり、と忙しくウィトと一緒に森の中を移動しながら冬の拠点を探していた時、気づいた時にはズルっと滑った足は地面を踏んでいなかった。
いきなりの浮遊感に一瞬茫然としてしまったが、咄嗟に自分の周囲に小さな範囲の結界を張る。そのまま崖になっていた斜面を結界で衝撃を吸収し、弾みながら落ちて行く。
何度も斜面に生える木にぶつかり、その度に肝を冷やしながら結界に魔力を注ぎ、宙に浮いた時に素早く少しだけ外側にもう一枚の結界を張った。
衝撃は結界で吸収できたが、地面や木にぶつかる度に身体の向きが替わり、視線もぐるぐると回る。
ぎやぁあああああっ!目が、目が回るっ!け、結界、ああ、またっ!結界ーーーっ!!し、死ぬ、死んじゃうーーーっ!!
実際に落ちていた時間は恐らくほんのわずかなのだろうが、体感的には永遠とも思えた崖の終点は、大きな岩がいくつも転がっている岩山になっている場所だった。
「ぎゃ、ぎゃああああっ!刺さる、刺さったら今度こそ死んじゃうからっ!?」
もうすぐ斜面の終点という時、木にぶつかった反動で空中を滑空しながら目の前に迫る尖った岩に悲鳴を上げた。
思わずギュッと目を瞑り、自分の身を包む結界に思いっきり魔力を注ぐ。けれど、思っていたような強い衝撃はすぐには襲っては来ず。
え?なんでこんなに時間がかかるの?もうとっくに岩山か地面に叩きつけらえている筈なのに。
そう思い、そろそろと目を開けると、さき程まで青空が見えていたのに薄暗い空間を重力に従って落ちていた。
わけがわからず驚いてあっけにとられていると背中に結界ごしでも衝撃が走り、どこかに着地したのを知った。
外側の結界は今の着地で消滅したが、内側の結界のお陰で奇跡的に怪我を負わずに済み、強張っていた身体を伸ばすと身体を覆う結界を少しだけ広げた。
生きてる。生きているよね、私。……さすがに今回はダメだと思ったのに。お父さんとお母さんが守ってくれたの?
結界は町を出てからずっと使い続けていたお陰か、大分自由に変形まで出来るようになっている。それに魔力も増えたのか、持続時間も格段に増えていた。それで今回も何回も連続して結界を張れたのでかろうじて助かったのだ。
「……ここ、どこ?ええと、上が明るいから、あそこから落ちて来た、ってことよね?」
立ち上がり、ゆっくりと周囲を見回すと薄暗くて良く見えなかったが、地面は土だったが周囲は岩に覆われているようだった。見上げると落ちてきたらしい穴と、そこから青空が覗いている。
「あそこから落ちて来たんだ……。本当によく生きてたよね、私。……とりあえず、火をつけよう。上が空いているから、酸欠の心配はないだろうし」
タブレットから細い枝と藁、それに長めの薪を取り出して簡単に組むと、生活魔法で火をつけた。しっかりと藁から小枝、そして薪に火が付いたことを確認し、明るくなった周囲を見回す。
「おお、ここは岩と大きな石が組み合わさって出来た隙間なんだ。ここに落ちたのは確かに運が良かったけど、どこから出たらいいんだろう……」
思っていたよりもこの場所は広く、いびつだが八畳くらいの広さがあった。先ほど見回した時には気づかなかったが岩と岩の隙間があちこちに空いていて、そこからかすかに光が漏れている。
壁になっているゴツゴツした岩に手を掛けて押してみたが、当然のことながら動くことは無かった。
落ちて来る時に見た、尖った岩が突き出し、ゴロゴロと大石が転がっていた岩場に落ちていたら、二重の結界でも衝撃を受け止めきれずに怪我をした可能性の方が高いことを思えば、崖から気づかずに落ちはしたが運が良かったと言える。
「……ウィト、心配しているかな?ここはある意味安全そうだけど、どうやって出よう」
魔物が入って来るような隙間もないから、小さな虫とネズミ、それにヘビに警戒すれば安全には過ごせそうだ。これで天井の穴が塞がっていて、出入り出来る入り口があったらここを冬の拠点にしたいくらいだ。
「出入り口……。天井の穴は周囲の石で塞げば雨や雪を防げるだろうし、出入り口を作ればいいのよね?」
焚火から薪を一本手に持ち、ぐるりと回りながらどこが一番小さめの岩なのかを探した。一周し、二周目に突入しようとした時、遠吠えが聞こえた。
「ウィト!ウィトーーーーーっ!!私はここだよーーーっ!!」
耳慣れたその声に、大声を上げてウィトを呼ぶ。
ウィトは魔獣だからか私の結界の魔力を感知できるらしく、どれだけ離れていても私の元へと戻って来れるのだ。今も自分の周りに張った結界は消さずにいるから、その魔力を追ってここまで来てくれるといいのだが。
あの時はウィトが狩りに行っている間、周囲の採取をしていようと大きな範囲の結界を二重に張っていた。最近では変換リストで交換できる物が増え、それ用の材料となる野草の種類も増えていたから、あの時も夢中になって結界の中をうろうろと採取しながら移動していたのだ。
そして崖の斜面には丈の長い、笹のような植物が群生して覆っていたので崖があると気づかずに足を踏み外した、という訳だ。
「……崖の上の結界は私が落ちた衝撃で消えたし、ビックリして戻って来てくれたのかな。どうしよう。心配しているよね……」
とりえず結界の魔力を辿ってウィトがここまで辿り着いてくれることを信じて、もう一周回る。動く岩がないかとあちこち押してみたが、所詮八歳の子供の力だ。全くピクリとも動く気配は無かった。
「ウォーーンッ!ウウォーーーッ!」
「あっ、ウィト!私はここだよ!ごめんね、崖から落ちちゃって、自分じゃここから出られ無さそうなんだよ」
そうこうしている内にすぐ近くからウィトの遠吠えが聞こえ、それに応えて大声で叫び返した。
「キューーー?……ウォンッ!」
「ウィト?どこへ行くの?」
何かを察したのか、岩の前に居たウィトの気配が遠ざかる。
まあウィトなら何か考えてくれたんだよね。とりあえず私はここを抜け出せるように頑張ろう。
魔獣の中には知性を持つ種がいる、とは聞いてはいたが、ウィトはかなり頭がいい。私の言っていることもしっかりと理解しているし、会話は出来なくても自分の思っていることも仕草と鳴き声で伝えてくれるから意思の疎通もなんとなくはとれている。
それにウィトはすっごく優しいしね!いっつも私のことを気遣ってくれて、夜も寝る時は寄り添って毛皮で包んでくれるし。……ん?もしかして私、ウィトに面倒を見なきゃならない子供だと思われている?ええっ、恐らくウィトの方が年下だよね?
犬を飼っていた友人に、犬は一年でほぼ成年程の大きさになるとは聞いていたが、魔獣はどのくらいで成獣するかは知らないが、成長率を見ても産まれて数年だと予測していた。
確かに身体の成長が人より早いだろうし、その分精神的にも成長が早いのだろうけど。でも、私だって前世で二十七歳まで生きていたし、今世でも八歳だから、私の方が年上だよね?
記憶を取り戻し、前世の佐藤乃蒼と今のノアと自我が混ざったが、それは前世の佐藤乃蒼としてのままの自我という訳でもない、ということで、精神的には中間をとってこの世界の成人の十六歳くらいのつもりでいたのだ。
「ウォフッ!ウウォーーーンッ!」
「え、ウィト?うわっ、上から来ちゃったの!」
ウィトの声に顔を上げると、遠吠えと共に上からウィトが飛び降りて来たところだった。
へたしたら十メートル以上の高さもある岩の上から、スチャッと何事も無かったかのように着地したウィトに驚き、手に持った薪を落としそうになってしまった。
「ウォンッ!ウォンッ、ウォンッ!キューーーン……」
「ちょっと待って、ウィト!薪が危ないから、って、ちょっと、お座りっ!!」
いた!良かった、無事だった。寂しかったーー!と言うように、尻尾をブンブンと振りまわしながら突撃してきたウィトにの勢いに、後ろに倒れそうになってつい「お座り!」と叫んでしまった。
その声に私のお腹にぐりぐりと頭をこすりつけていたのを止め、不思議そうに小首を傾げた姿はとってもかわいいが、自分がかなり大きくなっていることを忘れないで欲しい。
きょとん、としている隙に薪を焚火に戻し、振り返って腰を落として両手を広げてウィトを呼んだ。
「ウィト!来てくれてありがとう!」
「ウォンッ!!」
うれしそうに飛びついて来たウィトを抱き留め、しゃがみながらわしわしと顔を撫でまわす。ペロペロと舐めて来るウィトがくすぐったくて笑い声を上げた。
それからひとしきりじゃれ合った後、ウィトにここから出られないこと。ここに出入り口があったら冬の間の拠点にいいかもしれないと伝えると。
「ウォフッ!ウウォーーーンッ!」
まかせて!と言わんばかりにキラキラと瞳を輝かせて壁になっている岩の前へ行き、一声吠えると前脚を振りかぶって振り下ろした。
すると、ゴゴゴ、という地響きをたて、ウィトの目の前の岩が半分になってズレて行く。
「え、えええっ!ウィト、もしかして魔法を使ったの?す、凄いっ!ウィト、魔法を使えたんだねっ!!」
今までウィトの狩りについて行くことはなく、目の前に出て来た魔物を倒す時は牙を使っていたから、ウィトが魔法を使ったところを初めて見たのだ。魔獣だから、魔法を使えるだろう、とは思ってはいたのだが。
得意そうな顔をして振り返ったウィトの姿に、飛びついて撫でまわしたのはいうまでもない。
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お読みいただきありがとうございます!
年甲斐もなく頑張って二日連続3回更新してしまいましたが、明日はさすがに疲れたので、恐らく2度更新だと思います。
どうぞ宜しくお願いします<(_ _)>
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