第18話 一人じゃない

 その夜は、気合を入れてまんじりともせずに朝を迎えた。


 やはり結界が血の匂いもある程度閉じ込めているのか、匂いに敏感な角ウサギやヘビや小さな魔物が来たが、一枚の結界で防ぐことが出来た。その結界もしっかりと張り直してある。


 よく考えてみれば、いくら子供だとは言っても狼型の魔獣にこれだけの手傷を負わすことの出来る魔物が居た筈で、血を流しながらここまで来たことを考えてもよく朝まで無事に過ごせたと思う。


「……良かった。なんとか朝を迎えられた。でも、これからどうしようかな……」


 出来るだけ早くここから離れるべきなのだが、今日動かしていいのかも、小さめとはいっても子供の私が抱っこして動かせる大きさでもない。考えれば考えるだけ問題ばかりで、そこから逃避するかのようにそっと傍らの魔獣の子の頭を撫でる。


 私の手にピクピクと耳と鼻、それに閉ざされた瞼も動いているのを見て、しっかりと生きていることを実感する。

 この子を見捨てる気がない以上、今出来ることを一つ一つやって行くしかない。ならまずは……。


 とりあえず具合を見て、移動出来るようなら移動できるように朝ご飯を食べておこうかな。この子は……。お肉なんて持ってないし、果物とか食べてくれるかな?


 テムの町でも肉はほぼ狩猟頼みなので、肉の供給はあまり多くはなかった。討伐ギルドから食べられる魔物や動物の肉が供給されることもあるが、森から距離がある為気軽に食べられる程ではなく、畜産も乳や卵が目的で肉として出回る数は飼育されてはいなかったのだ。


 それ故に干し肉もそれなりに貴重であり、家の店では扱って無かったし、町を出る前に朝市に寄った時にも売っていなかったのだ。だから肉はもうしばらく口にしていなかった。


 ……角ウサギを倒せたら、この子のご飯になったのかな?でも私では倒せないし……。最悪結界で閉じ込めて、この子に自分で倒して貰うしかない、かな?


 この世界の魔獣の狼が肉食なのか雑食なのかは知らないが、とりあえず起きたら目の前にベリーを置いてみよう、と思いつつ、自分の分は変換でパンを一つ出した。それとコップに出した水でご飯にしていると、魔獣の子が目をうっすらと開けていることに気づく。


「あっ、起きたのね。お腹すいた?ああ、水も飲みたいよね?」


 慌てて食べていたパンを置き、大き目の木皿を取り出して水を生活魔法で出して目の前に置いてみた。

 するとぼんやりとしていた目がパチパチと瞬くと、ゆっくりと頭を起こし、舌を出して水を飲み出した。昨夜熱が出たからかどんどん無くなる水にうれしくなり、横からそっと注ぎ足した。


 満足するまで水を飲んでプフーとため息を漏らした魔獣の子の前に、今度はベリーの乗った皿を出してみる。


「ごめんね。お肉は持ってないの。ベリー、食べられる?」


 フンフンと匂いを嗅ぎ、ペロリと舐めた後はパクパクと口にして食べだした。


「良かった!魔獣だから雑食だったのかな?ベリーならまだ実ってたから、あそこまで行けばなんとかなる、かな」


 問題は、夢中で走ったから場所がいまいち分からない、というだけで。でもそれ程離れてはいない筈だ。

 すっかり空になった皿に、少しでも食べられたことに安堵する。


「じゃあ、私もご飯を食べ終わったら傷口を診せてね」


 置いておいた残りのパンを食べ、まずは自分の傷の確認だ。

 昨日は魔獣の子の手当の時は夢中で傷の痛みは忘れていたが、動かし過ぎたのか昨夜は傷口が熱をもってジクジクと痛みがあった。


 じっと見つめる魔獣の子の目の前で巻いていた腰布をほどき、そっとバナの葉をどける。傷薬をしっかりと塗った切り傷は、すこし腫れていたが化膿してはいなかった。


「フウ……。これなら一度洗って傷薬を塗ったら後は大丈夫そうかな。よし!」


 洗う前に傷薬を変換する為にタブレットを出すと、「グルゥッ!」と驚いたような声が上がった。


「あれ?もしかしてあなた、タブレットが見えているの?もしかしてこのタブレット、誰にでも見えたり……?いや、この子が魔獣だから魔力が見えるのかもしれないし。とりあえず確認できないから今はおいておこう。あのね、これは私の能力なの。これで今から薬を出すからね」


 もしこのタブレットが誰の目にも見えるのだとしたら、安易にこの能力を使えなくなる。それでも人前に出る予定は今のところはないのだ、と割り切り、今はこの子と生き残ることだけを考えることにした。


 じいっと見つめる視線を感じつつ、変換リストから傷薬を選んで数量を四つにして押す。するとタブレットからバナの葉に包まれた傷薬が次々と落ちるのに驚いたのか、また「グルオッ!!」という声が聞こえた。

 その声に顔を見てみると、耳がピンと立ち、目がまん丸になってポカンと開いた口からは舌が出ていた。そのどこか間抜け可愛い顔に、思わずププッと噴き出して笑ってしまった。


 笑ったのもあの日以来かも……。フフフ。でも、すっごく可愛いな、この子。


 あまりにも驚いた顔をしていたから、手を伸ばして頭をそっと撫でると、その生を感じさせる暖かな温もりに何故だか泣きそうになってしまった。


「私の治療が終わったら次はあなただからね?フフフ。ちょっと待っててね」


 両手をしっかり洗い、右腕の傷もしっかりとすすぐ。昨日塗った傷薬もしっかりと落とすと、昨日よりもキレイな傷口に傷薬を塗りこんでいく。終わったらバナの葉で傷口を塞ぎ、新しい布はもうないのでさっきまで巻いていた腰布をもう一度巻いた。


「よし、これで終わり。明日には盛り上がって来て塞がりそうで良かった。じゃあ次はあなたね」


 じっとこちらを見ている魔獣の子の傷口に巻いた布に手を伸ばすと、少しだけ身体を浮かして解きやすくしてくれた。


「動いて大丈夫?痛くない?」

「グルゥ。グルグルグル……」


 うん、大丈夫だよ。と答えてくれた気がして微笑みながらバナの葉を外して傷口を見てみると。


「おお、凄い!昨日あれだけひどかったのに!!」


 もうすっかり傷口はくっついて盛り上がって来ていた。


「うわぁ。回復が早いのは、やっぱり野生だからなのかな?それとも魔獣だから、魔力が関係あったり?……とりあえずこれなら今日と明日、傷薬を塗っておけば大丈夫そうだね!」

「ウォフッ!」


 まあ、治りが早いことには何も問題ないし、それどころか助かるしいいか、と振り切って傷口の確認を続けた。

 その間もパタリパタリ、と尻尾が動いていて、起きた時よりもぐっと元気な様子にうれしくなってしまった。水を飲んでベリーを食べたことで、少しずつ回復して来たのかもしれない。


「じゃあ傷口を洗うから、痛くても我慢してね?」


 毛が傷口に入らないようにかき分け、傷薬にそっと手の平から生活魔法で水を出して洗って行く。

 水が当たった時にビクンッと震えたが、顔を見ると鼻をピクピクしながら我慢していた。


 たまに「キュウゥ」「クーン」と鳴く声もかわいすぎる!とニマニマと笑いそうになるのを堪えつつしっかりと傷口を洗い、化膿していないことを確認してから傷薬を塗っていった。


 少しだけ余った薬をしっかりとバナの葉で包んでタブレットにしまい、かわりに新しいバナの葉を取り出す。傷薬が消えたことにも驚いて目を丸くしていた姿も可愛くて仕方がない。

 バナの葉でしっかりと傷口を覆い、また腰布で縛り終わった頃にはさっきよりもパタパタと尻尾がしっかりと揺れていた。


 魔獣は回復力が凄いだけでなく、薬の効きまでいいのかな?でも、これなら明日には移動出来るようになるかも。最低でも今日一日は、なんとしてでも頑張らなきゃ……。


 本当は血の跡が続いているここからすぐにでも移動しないと、いつ魔物が来るか分からないのだけれど。


 でも、もう一日はゆっくりと休ませてあげたい。そう思いつつ思い切って両手で頬を挟み、わしわしと撫でてみると、うれしそうにペロペロと顔を舐められてしまった。


「きゃあっ!くすぐったいよ、まって、まってってば!」


 結局傷口にさわらないようにじゃれあって、ぎゅっと首に抱き着き、もふもふに顔を埋めるくらいに仲良くなっていた。



「ねえ、あなた。お父さんとお母さんはいるの?こんな怪我して、心配しているかもしれないね。……もし、あなたが一人なら私と一緒に……。う、ううん。ダメ、だよね。私と一緒にいるより、あなたは群れに戻らないと。まだ子供だものね?」

「キュウゥー。クゥーーン。クウォンッ!」


 つい久しぶりの温もりに、離れがたくなってしまった。こうしてくっついていると、一人でいた時にいかに寂しく、人恋しく思っていたのかに気が付いてしまったのだ。


 ダメ、ダメよ。まだたいして経っていないのに、今からこんな弱音を吐いていちゃ、大人になるまで無事に過ごせやしないわよね。狼は群れで生活する筈だもの。群れに返さないと。それがこの子の幸せの筈だもの。


 ペロペロと慰めるかのように頬を舐めてくれる魔獣の子をギュッと抱きしめ、しばしの間、その温かさに包まれていたのだった。







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もう1話、夜に頑張って投稿します。

(頑張るのはストックの量産ですが( ´艸`)なんとかGW中は2話更新、いけそうです)

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