第17話 初めての温もり

 光る目に気づいた瞬間、咄嗟に結界に魔力を注いで強化した。そのまま動かず、ゆらゆらと近づいて来る光る目からじっと視線を逸らさずに見つめる。


 ここで慌てて逃げださなかったのは、今の状況で慌てて逃げて逆に相手に警戒されて飛び掛かられるのを防ぐ為と、その光る目が金色で、赤く無かったからだった。



 この世界には、普通の動物と魔物、そして魔獣がいる。普通の動物と魔物、魔獣との違いは、魔力をもっているかどうかになる。

 動物は地球と同じで魔力を持っていないが、魔物や魔獣は魔力を持ち、所謂身体強化のように魔力を使ったり魔法を使うことが出来るのだ。


 魔物の特徴は、赤い目を持ち、理性を持ち合わせず攻撃的で人を見ると襲って来る。それ故に討伐対象となっている。

 ゴブリンなどは魔力を持つが弱く、進化種とされる種にならなければ魔法を使って攻撃してくることはないが、角ウサギは脚を魔力で強化している為、あれだけの突撃力を持っている。


 そして魔獣は動物の進化種とされ、中には長い寿命と理性を持ち、人と交流を持つ温厚な種もいる、とされている。

 テムの町ではそれくらいしか情報はなく、種族によっては契約を交わして騎獣として馬の代わりに荷を引く魔獣もいるが、見たことあるのはコドラードというトカゲが大きくなったような魔獣だけだった。


 あの時に驚いて、お父さんに泣きついて魔獣について教えて貰ったんだっけ。でもこの辺りでは騎獣となる種族は棲んでいないからザッカスの街でもほとんど見かけないと言っていたし、魔獣についてもほとんど知らないみたいだったんだよね。それに魔獣でも魔物と同じように人を襲う種もいるって言ってたし。


 だから今、近づいて来ているのが恐らく魔獣で、襲って来るのかどうかの判断がつかなかった、ということなのだ。



 暗闇に光る金色の目をじっと見つめていると、近寄るにつれて私が座っていて目線の高さが変わらないことから、それ程大型の魔獣ではないのだろうと予測する。


 それからどれくらい経ったか。恐らく実際の時間は三分もかかっていないだろうが、緊張からか体感時間的にはかなり長い時間に感じたが、いよいよ目視できる程近づいたその魔獣は、かなり荒い息を吐き、足取りもヨロヨロと頼りない物だった。


 もしかして、怪我をしているの?……私の血の匂いに、弱った獲物がいると寄って来たのだったとしたら。


 漂って来た濃い血の匂いに、どうやら怪我をしているのは確からしい、と確信した時、やっとその輪郭が見えて来た。

 目線の高さから小さめと予測していたが、恐らく秋田犬ほどの大きさだった。


 お、狼、なの?白い……いや、灰色?それとも銀色?でも多分、まだ大人になっていない、子供なんじゃ……。


 暗闇にぼうっと浮かんだ姿は、白っぽい毛皮を持つ狼だった。

 その姿をじっと見つめていると、ふと目線が合った、と思った瞬間、ふっと金色に光る目が力を無くし、どうっと横倒しに倒れ、そのまま動かなくなってしまった。


「え、ええっ!ど、どうしよう……」


 あまりに驚いて、思わず声が出てしまった。その声にも反応はなく、ただただ荒い息を吐くだけでしばらく観察していても、どんどん呼吸が荒くなっていくだけで、身動きをする気配はなかった。


 ……ここでこれだけ血の匂いがしていたら、夜だしすぐに魔物が寄って来る、よね。どうする?ここから移動する?それとも……。


 じっと見つめていると、どんどん目からも光が失われて行くような気がして、それを見ているだけでいるのがどうにもはがゆくて、気づくとタブレットを出し、変換リストから傷薬を選択して押していた。


 もう、目の前で死を見つめるなんて、それが魔獣でもイヤだもの!あの金の瞳には、私に対して害意なんて無かったし。それにこれだけ弱っているのだし。手当をしたってすぐに襲われることなんて、ないわよね。


 心の中で言い訳をしつつ、結界を一番内側の物以外を消し、恐る恐る横たわる狼の魔獣に近寄る。

 ピクリ、と耳と鼻が動いたが、それ以上動かないのを確認してそっと魔獣と自分を包む結界を三重に張った。


「ねえ、今から治療をするから。私のことを襲わないで大人しくしていてね?」


 そっと声を掛け、魔獣から一メートル程離れた見える場所にしゃがむ。目線がわずかに動きこちらを見たが、ピクピクと耳を動かしただけで動かないことを確認して、えいやっ!とばかりに自分の周囲に貼っている結界を消した。


「傷口を洗って薬を塗るから、ちょっと痛いかもしれないけど、我慢してね」


 そう声を掛け、いよいよ手の届く場所までにじり寄る。それでもこちらをじっと見つめて動かないことを確認すると、血で真っ赤に染まる背中からお腹にかけて洗うように、手をかざして生活魔法を使って水を出した。


「キュウゥッ……キャウゥ」


 傷口にしみて痛かったのか、ビクンッと震え、か細い声が漏れた。

 そのか弱くかん高い声に、一気にこの魔獣を助けたい!という気持ちが高まる。


「ごめんね、ちょっと我慢してね。傷口をきちんと洗わないと、化膿しちゃったら治りも遅くなるわ。ね、いい子だから」


 キュウキュウ鳴く声にこの魔獣がやはりまだ子供なのだと確信して、そっと血に塗れた毛をかき分けながら水で洗って行く。

 すると、背中からお腹にかけて走っていた、爪で切り裂かれたような傷があらわになった。


 傷口からは肉は見えているが内臓や骨まで達していない様子に、これなら傷薬でなんとかなるかもしれない、とほっとする。

 医学の知識は当然のことながらない私では、傷口を縫うなんてことはどうやっても無理だからだ。


 ……私もこの生活で血に慣れたわね。もう血や肉を見ても冷静でいられる。今はそのことだけは良かったと思えるわ。


 最初は無残に食い散らかされた馬の死骸にさんざん吐いたが、この三か月で何度も魔物や動物の死骸を目にしたし、魔物の食事風景にも出くわしたこともある。そのお陰か、もう血や肉に怯えることは無くなっていた。



「……ひどい傷。いい子ね。今、薬を塗るからね。傷口に触るから痛いかもしれないけど、我慢してね」


 毛をかき分け傷口をむき出しにして、更に水ですすぐと「キューーゥゥキュウッ」とこれまたかわいい声が上がった。

 これだけの傷だ。手当した処で回復するかはまだ分からないというのに、そのかわいい声にしっかりと回復するまで面倒を見よう、という気になっていた。


 新しいキレイな布を取りだし、傷口の血を拭きとりながら傷薬をしっかり洗った手で傷口を合わせるように塗っていく。途中で足りなくなり、三つ追加で変換してようやく塗り終わった。


 その頃には痛みと傷口からの熱からかうつろな目をしている魔獣を励ましつつ、バナの葉でしっかりと傷口を覆い、腰布を三本使って傷口を縛った。


 新しい腰布があと一本しかなくなってしまったが、それでも後悔はない。ただ、傷薬用の薬草が残り少なくなってしまったので、傷が治るまでは足りなくなるかもしれない。無くなったら薬草を探しに行かないといけないだろう。


「いい子ね。よく我慢したわね。もう手当は終わったわ。私が結界を張って見張っているから、しっかりと休んでね」


 そっと頭を撫でると、気持ちよさそうに目を細め、いつしかスゥスゥと寝息が聞こえて来た。その久しぶりに触れた自分以外の温もりに、胸が締め付けられそうになる。


 野生の獣なのにこんなになつっこいなんて。子供でもまだ本当に小さいのかもしれないね。親が心配していないといいけれど……。あなたが怪我が治って戻るべき場所に戻るまで、私が頑張って守るから。だから、どうか生きて。


 この魔獣の子も自分と同じで、もしかしたら目の前で親を亡くしたのかもしれない、と思いつつ、この夜を乗り越える為に、結界がこの血の匂いが漏れるのも防いでくれると信じて結界に魔力を注いだのだった。








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お待たせしました!(待ってました、よね?)もふもふ登場です!

迷いましたが寂しい時にはワンコかな、と狼にしました(定番ですが)

やっと連休初日だというのに仕事に行く時間に起きてしまったので、早めに更新します( ´艸`)

あと他サイトでランキングが上がっていたので浮足立って本日三話更新しちゃおうかな、とか思ってます(午前、午後、夜予定)


これからはほのぼのな要素が増えますので、良かったらのんびりお付き合いいただけるとうれしいです。どうぞ宜しくお願いします<(_ _)>

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