画面の向こうには

ポンポン帝国

画面の向こうには 上

「なぁ、どの部活に入るか決めたか?」


「俺か、俺はな――――」


 教室内ではいつものように友達同士でワイワイと話をしている。それは昨日のテレビの内容であったり、あの芸能人がどうだったとか、あの歌手の歌はうまいだの下手だの、ようは他愛もない話ってやつよね。


 まぁ私もその他愛のない話に参加しながら時間を潰している一人なんだけど。中学校に上がれば、少しは大人っぽくなれると思ってたんだけどな。まぁまだ二年だし、そんなに急に大人になれる訳ないよね。


「ねぇねぇ、ユミは誰が好き?」


「えぇー、私はね……ってちょっと男子! もっと離れてよね!!」


「いいじゃんか! 減るもんじゃないしさ!! あ、もしかしてユミが好きなのって俺だったり!?」


「バッカじゃない!? ホントもう男子ってサイテー!! アイもそう思わない??」


「えっ?」


「だーかーら! 男子ってサイテーだってアイもそう思うでしょ?」


「う、うん。そうだね」


 急に話しかけられてビックリしちゃった。正直こういう話って、気軽に話すべきじゃないと思う。少なくとも、私はそういう気持ちは大事にしたい。


 そう思いながら端っこの席に座っている男の子の方をチラッと見る。彼は今日も、一人で外を眺めている。その姿はまるで風景の一部のようで、クラス内でも既に当たり前のものになっていた。


 誰かと話をしている様子もなく、だからといって虐められている訳でもない。そんな、他人から見たら空気のような彼だけど、私だけは彼が空気のような存在ではない事を知っている。


 けど、これは私だけの秘密だ。誰にも話せない。



 私は彼の日常を壊したくないからだ。










「あぁ、今日も疲れたなぁ」


 学校も終わって、一通り、家の事を終えると自分のベッドにダイブした。


「あっ、そろそろ始まる時間かな??」


 スマホの時計を確認するともう二十一時になろうとしていた。彼の配信はいつもこの時間なのだ。


「こんばんはー! どうもアキトでーす。いつも見に来てくれるみんな、ありがとー」


 動画配信サイトを開くとちょうどアキト様がライブ配信を始めるところだった。


「キゃー! アキト様ー!!」


 アキト様とは、動画配信サイトの超有名配信者で、私は彼の大ファンなのである。


「それじゃあ早速だけど、一曲始めようかな」


 アキト様の歌は滅茶苦茶上手い。その歌声だけでご飯が三杯はいけちゃう。


 慌ててアキト様用のヘッドフォンを装着して歌に備える。この瞬間から他の物音は雑音でしかないのだ。










「それじゃあ、今日はここまで。みんな、最後まで見てくれて、ありがとう。ゆっくり休んでね。バイバーイ」


 あぁ……尊い。てぇてぇ。おかげ様で今日一日の疲れた身体を浄化する事が出来ました。アキト様、ありがとう。


「それにしても、アキト様がまさかクラスメイトだなんて……」


 誰もいない私の部屋で、思わず独り言をこぼしてしまう。それも超有名で超絶神であるアキト様が、メッチャ平凡クラスである私のクラスメイトであるからだ。しかもあの隅っこでいつも一人でいるあの男子。本名がアキだからアキト様ってのはもうちょっと捻ってもよかったと思うよ、うん。


 それにしてもこんな奇跡と呼べる偶然ってあるのかな? 今思い出しても運命だと思う。あれがキッカケで憧れから恋に変わったんだ。先程の配信の余韻に浸りながら、私はあの日の事を思い出す。


 そう、あれは、学校の体育の授業中、アキト様はあまり運動が得意じゃなかったのか、バスケをしてる最中に突き指しちゃったの。私は保健委員だったから先生に頼まれてアキト様を保健室に連れて行ったんだけど、運が悪くて保健室には先生がいなくって……。


 まぁそうなると、仕方なく私が応急処置をするしかないよね。そのままさよならーって訳にもいかないし。ただ、私って不器用だからちょっとくっついてしまってヨレヨレになった湿布を貼り、包帯も漫画みたいにぐるぐる巻きにしちゃった。これでも真剣にやったのよ!? けど、どこからどう見ても凸凹になっちゃってて。いつも学校では寡黙なアキト様が思わず笑ってしまうほど、それはもう素晴らしい出来になっちゃった。おまけに、包帯を止めるテープがどこを探しても見つからなくて、仕方なくポケットに忍ばせてあった私のお気に入りご当地キャラクターのシールを貼り付けてあげたのよ。


 その後、寡黙なアキト様にちょこっとお礼? をされてその日の学校は何事もなく終わったわ。



 そして(私の中で)事件は起きた。



 その日の夜、いつものようにアキト様の配信が始まった。その頃にはすっかり昼間の事も忘れてて、アキト様の配信を食い入るように見ていたわ。


 そして、いつも通りの挨拶からスタートしたんだけど、リスナー達がいつもと違ったアキト様の様子に気付いたの。勿論、私も気付いたわ。アキト様は隠してたつもりだったんでしょうけど、もうバレバレだった。


 話を聞いていると、どうもアキト様は学校の授業中にケガをしちゃったみたい。リスナーのみんなが心配しているコメントをしている中、私も途中までは心配しているコメントを打っていたんだけど、おずおずとその手当てした指を出したその瞬間、コメントを打つ事も忘れてる位、固まってしまった。


 だって、どこからどう見ても、私が手当てをしたやつだったんだから! 確かに、包帯を巻くのは下手でぐるぐる巻きになっている事なんて珍しくないかもしれない。


 包帯ってぐるぐるになるのが普通よ? ねぇ、そうでしょ!? 話が逸れたわ。えっと、ただそれだけだったら似たような事が起きる事もあるんだなぁって思って終わりだったの。だけど、そこに映っていたのは、私が気に入っているご当地キャラクターのシールだった。思わず、本当に同じシールかどうかぐるぐる巻きになっていた指を凝視してしまったわ。


 そして何度見ても、そのシールは私が貼ったシールだったの。心臓が飛び出るかと思ったわ。そして包帯に手を当てながらその時の様子を語っていた、アキト様の優しい表情に私は見惚れてしまった……。



 この時、アキト様がただの憧れから好きな人に変わったんだと思う。



 あぁ、今思い出してもかっこよかったなぁ……。けど、ここからが問題だったの。普段、アキト様の配信の内容ってプライベートは一切話してくれないのよね。それってつまり、何か事情があるって事なんだと思う。ただでさえ、普段は殆ど目立たない存在なんだし、そんな事はアキト様も望んでない筈。


 私はこれからもアキト様とは知らない振りをし、いつもと変わらない日々を過ごそう、そう心に決めました。

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