第62話
立ち直ってくれればいい。
少しでもリアンに好意を寄せているからこそ、自分の気持ちに素直になれないからこそ、リアンには立ち直ってほしい。
貴族にとって家絡みの恋愛は、ほぼ実を結ばないって、以前ケルト叔父に聞いた。
そのときはなんのことだかわからなかった。
平民同士だって家柄で結婚することができないケースはよくあった。
それの更にスケールが大きく事情が複雑なケース。
それが貴族同士の結婚だ。
そのことにこんな事態になってから気付くなんて、我ながら鈍すぎる。
リドリス公爵は貴族階級の頂点にいる。
王家を除いてだが。
簡単に取り潰せる家柄ではないのだ。
また血筋を重視する貴族は、直系の子供に家を継がせたがる。
リドリス公爵はそのために二度目の結婚をしてまでして得たのが、あのリアン。
簡単に手放せる跡継ぎではない。
それをあんな頃にケルトが口に出したのは、リアンの気持ちがその頃からアベルの元にあったからだ。
それこそ家を捨てることを覚悟するほどに。
でも、それは国の根幹を揺るがしかねないこと。
「リアン。それは許されないことなんだ。だから、忘れてほしい。俺のことは」
他の貴族の令息ならよかった。
しかし世継ぎの王子だけはダメだ。
世継ぎの妃には家のしがらみがなく、尚且つ相応しい身分が必要。
リアンがリドリス公爵家の跡継ぎではなく、次女か三女なら或いは認められたかもしれないが。
身分的には釣り合っていたし。
それでもリアンがリドリス公爵家の唯一の跡継ぎであることは変わらない。
変わらないんだ。
「ごめんな。リアン。傷付けて。ごめん」
応えられなくてごめん。
その言葉だけは口には出せなかった。
〜リドリス公爵家の城〜
リドリス公爵家では第二夫人とリドリス公爵が、愛娘リアンを前に並んで座っていた。
「リアン。陛下のおっしゃっていたことは正しい。きみはリドリス公爵家の跡継ぎなんだ。王家に嫁ぐことなど絶対に許可できない」
「ではわたくしは好きでもない方と結婚しなければならないのですか?」
「結婚してからでも愛は育めるよ」
「わたくしと旦那様の間にも最初は愛はありませんでしたから」
「お母様」
「旦那様は跡継ぎを産める女性を探していた。そして男系家族の中の唯一の女の子であるという理由から、わたくしに白羽の矢が立ちました」
「そんなの政略結婚じゃない。お父様。酷いわ。お母様はどうして断らなかったの?」
「宰相であるリドリス公爵からの求婚を断ることはできないわ。それに家がちょっと苦しい時期で、旦那様の援助を必要としていたから、尚更」
「お母様」
「でもね? 旦那様はすぐに結婚しようとはしなかった。公爵としては跡継ぎは、直ぐにでも欲しかったでしょうに、お互いが後悔しないように、付き合う期間を長く置いてくださった」
「この人なら今直ぐは無理でも、いつか愛せるかもしれない。彼女が結婚を受けたときの言葉だ。わたしも同じことを感じた。愛とは炎のように燃え上がる愛だけとは限らない。春や秋のように静かにけれど実り多き愛もある。彼女とならそんな愛を得られるかもしれない。そう思って結婚したのだ」
「初恋は熱病みたいなものだと古来から言われているわ。今は辛くてもいつかは素敵な想い出になるときが来るわ。だから、お願いだから諦めてちょうだい」
「世継ぎの君だけは認められない。諦めなさい」
「好きなの。本気で好きなの。なのに告げることもできないの?」
「なにも告白するなと言うつもりはないぞ?」
「え?」
「陛下にも許可はもらった。まあ渋々という感じだったが。但し」
「但し?」
「答えは拒絶。それしかない。そういう必ず傷付く告白だ。アルベルト様も応えられないことは、自覚されているだろう。告白されても謝ることしかできないはずだ。それでも告白したいかい?」
「そう、ね。受けて頂けないことは、わたくしにもわかっているもの。少しだけ考えさせて」
「そうね。どちらにしても傷付くのは貴方だもの。よく考えて決めなさい」
「ただね? 王女様方がリアンのことを全く気にしていないという誤解はしてはいけないよ?」
「さすがにそれはわかっているわ」
わかっていて今日はレイティアには失礼なことを言ってしまった。
落ち着いたら謝らなくては。
こうしてアベルを中心とした恋模様は、次の段階へと突入するのだった。
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