第8話

 その様子はケルトには兄王に似てみえた。


 兄王も優しげな容貌に似合わず、一度言い出したら退かない一面があった。


 顔立ちだけではなく、彼は真実の意味で兄王に似ているらしい。


 そう思うだけで嬉しくなる。


 時が逆流して兄と逢っているようで。


「王として無理強いしたいわけじゃない。だが、意味もなく見せろと言っているわけでもないんだ。ここはわたしの言うことを素直に聞いてくれないか? 王として無理強いはしたくないからな」


「どうしてそんなに俺の腕輪なんかに興味があるんだ?」


「では訊くがだれから譲り受けた腕輪か、それともどこでどうやって買った腕輪か、そなたに説明できるのか?」


「それは」


 言葉に詰まる様子を見て、ケルトはやはり彼にも覚えのない頃から、所持しているのだと見抜けた。


 だから、手に入れた過程や謂れを訊ねられても答えられない。


 そういうことなのだろう。


 そして疑っていることが真実なら、腕輪が普通の品ではないことは彼も承知しているはず。


 だから、尚更答えられないのだろう。


「もしかすると普通の腕輪ではないのではないか?」


 この問いにも彼は答えない。


 ただ頑なに顔を背けているだけで。


「とにかく見せてもらう」


 同意をもらうのを諦めて彼に近づこうとしたら、彼は警戒するように身を遠ざけた。


「わたしが王であることは、そなたも理解しているはずだ。逆らっても意味がないとは思わないのか?」


「いやがっているのを無理に確認することが王様のやり方なのか?」


 嫌悪を瞳に浮かべて彼が言う。


 兄そっくりの顔で、そんな表情をされるのは、さすがに堪えた。


 娘たちも心配そうに見ているので、黙って左袖をまくりあげた。


「まあ驚いた。お父さまも腕輪をなさっていたのですね」


 レティシアがそう言えば、これまで自分たちにすら秘密にしていた父が、急にそれを明かしたことで、レイティアは怪訝な気持ちになる。


 アベルも自分の腕輪とよく似た腕輪を見て息を飲んだ。


「このとおりわたしも腕輪をしている。この腕輪と対になった腕輪をわたしもずっと探していたのだ。

 レイティアから話を聞いて、そなたのしている腕輪こそが、そうではないのかと疑っている。

 だから、確認したい。協力してくれないか? そなたにとっても悪い話ではないはずだ」


「まさかお父さま……彼がそうだと疑っていらしたのですか?」


 レイティアが驚いた声を出す。


「まだ確信があるわけじゃない。ただ彼の容姿と持っている腕輪。その類似点がどうにも気になる。わたしの思い過ごしなら、彼には迷惑な話かもしれないが」


 見えない話にアベルは眉をひそめる。


「なんの話をしてるんだ?」


「詳しい事情を知りたければ腕輪を見せてくれ。思い過ごしの可能性がある以上、今はなにも言えない」


 ケルト王は真剣なようだった。


 アベルは一度は見せようかと思ったが、もしケルト王の疑惑が当たっていたら、自分の平穏な暮らしを根底から崩されそうだと気づいて、最終的には思い止まった。


 いつまで経っても腕を差し出さない彼にケルトは不安になる。


 誠心誠意を尽くしたつもりだが、彼には通じていないのだろうが、と。


「アルベルト?」


 彼の本名らしい名を呼んでみる。


 だが、彼は違うというようにかぶりを振ってみせた。


「俺はアベルだ。アルベルトじゃない」


 そのまま背を向けようとする彼にケルトは慌てて声を投げた。


「真実から逃げ出すのか? 真実の自分から」


「王様がなにを知っているのかは知らない。でも、俺はアベルのままでいたいんだ。俺の平穏な暮らしを壊さないでくれ」


「偽りの平穏だ」


 冷たく言い返されてアベルが立ち止まる。


 しかし振り向くことはなかった。


「そなたが真実わたしが疑っている素性の者なら、そなたにはそなたにしかできないことがある。それから逃げ出して偽りの平穏に浸っている。

 そなたの両親はそれを喜ぶだろうか? その腕輪がわたしの知っている腕輪なら、そなたにそれを譲ったそなたの両親は、決してそんなことは望んでいない」


 顔も名前も存在すら知らない両親の名を出されて、アベルは理不尽な怒りに支配された。


「子供を捨てた親がなにを望むって? そんなものに応える義務は俺にはないね」


「捨てたわけではない!!」


 感情的に言い返してきたケルト王にアベルがようやく振り向いた。


「生きたくても生きられなかった苦しみを、大事な子供をおいて死ななければならない辛さを、そなたがわからずにだれがわかってやるのだっ!?」


「まるで俺の両親がだれなのか知っているみたいな口振りだな」


「確実な話ではないかもしれない。だが、その腕輪がわたしの知っている腕輪なら、そなたの両親のことは、わたしがだれよりも知っている」


 アベルの両親を国王が知っている。


 アベルの両親はそういう身分の人なのか?


「そなたにそなたの両親のことを話してやりたい。だから、そなたがしているという腕輪を見せてくれないだろうか」


  会釈程度ではあったが、ケルト王はたしかに頭を下げた。


 そのことにアベルだけでなく、彼の娘たちまで驚く。


「頼むから見せてほしい。そなたがしているという腕輪を。人違いなのか本人なのか、わからないままでいるのは、わたしにとっても辛いのだ」


「「お父さま」」


 ふたりの驚く声を聞きながら、アベルは諦めて元の位置に戻った。


 このまま無視して孤児院に帰ったら、ものすごく後味悪そうだったので。


「これでいいのか?」


 アベルはそう言って左袖をまくりあげた。


 二の腕を覆うほどに大きな腕輪があらわになる。


 唐草模様を用いていて幻獣を刻み込まれた華麗な腕輪。


 それに使用されている紋章は、ケルトには見慣れたものだった。


 代々の国王だけが受け継ぐ紋章。


 元々が第二王子であったがために、ケルトには受け継げなかった正当な王家の紋章。


「ああっ。やはりっ」


 感極まってケルトの瞳に涙が浮かぶ。


「あの……?」


 アベルが強ばった声を出したとき、ケルト王の両腕がアベルの身体を包み込んだ。


「アルベルト。よく……よく生きていてくれた!!」


 震える腕に抱かれながら、アベルは困った顔を向けていた。

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