55. 義足グレードアップ計画Ⅰ

「ウォルカさま! 教会とギルドの手続きが先日済みまして、このアンゼ、正式にウォルカさまの後援者パトロンになりました!」

「そ、そうか」


 四日目である。


 早速だがアンゼの笑顔がまぶしい。まぶしすぎる。どこか神々しさすら漂う清廉無垢たる姿は、まさしく天から降り注ぐ祝福の光そのもの。もしも死霊系の魔物が今のアンゼを見たら、その瞬間チリひとつ残さず浄化されて消し飛んでしまうのだろう。


 朝。本日のお手伝い担当として俺の病室に推参したアンゼは、いつにも増して超が付くほどの絶好調だった。どうやら教会にお任せしていた後援者パトロン申請が無事通って、ついに〈銀灰の旅路シルバリーグレイ〉の一員として認められたらしい。めちゃくちゃ嬉しそうだなあ……。


 師匠が早速ジト目を利かせながら、


「わしらパーティの後援者パトロンだって、いったい何回言えばいいのかのぉー。……まさか、勝手にそういう手続きをしておらんじゃろうな」

「そ、そのようなことは決してありません! あくまで、わたくしの心持ちの話です」


 アンゼは俺の手を優しく両手で包み込み、


「わたくし、本当に、本当に……夢のようです。今後はどのようなことでも、このアンゼにすべてをおまかせくださいね!」

「ほ、ほどほどにな……」


 あいかわらずクソデカ善意がおっもぉ……。ふと疑問に思う、アンゼって俺たち以外の人に対応するときもずっとこんな具合なのだろうか。これほどまで献身的で穢れ知らずなシスターを育て上げるとは、〈聖導教会クリスクレス〉の教育術を称賛すべきなのか、一周回って大問題だとロッシュに進言すべきなのか。いつか悪い人に引っかかるんじゃないかとすごく心配だ……。


 さておき。


「それで早速ですが、本日は〈グリフィス工房〉さまと会談がございます」


 アンゼが言ったとおり、本日のメインイベントは〈グリフィス工房〉との顔合わせである。亡き先代が遺した設計図で俺のために義足を作りたいと、わざわざ大聖堂に乗り込んでまで直訴してきた熱意ある集団らしい。しかもその設計図は、現在一般に出回っているどの義足とも異なる未知のモデルだとか……。


 まったく、『未知の設計図』なんて男心にぶっ刺さる概念を持ち出すのは反則だろ。そんなの会ってみるしかないじゃないか。


「お時間になりましたら参りましょう。車椅子はわたくしにおまかせを!」

「……ほどほどにな」


 ただ俺の車椅子を押すだけなのに、アンゼは後光が差しそうなほど全身から充実感があふれ出ている。本当に善意がデカすぎるだろ……! 俺の体じゃ受け止めきれねえぞ!


 果たして、俺の胃は今日一日持つのだろうか――そんな一抹の不安を抱きつつ、約束の時間になったところで俺たちは出発するのだった。


 場所は昨日フリクセルたちに会ったのと同じ大聖堂の応接室で、面子は俺と師匠とアンゼの三人。アンゼは教会の人間として、師匠は俺の保護者兼魔法の専門家としての出席となる。

 ユリティアとアトリは、参加してもただ座っているだけになりそうなため本日欠席。今頃はちょうど、聖都の近場で二人一緒に魔物を狩り始めた頃だろう。


 アンゼ曰く、〈グリフィス工房〉は医療器具の製作を請け負った実績もある魔導具の老舗だという。果たしてどんな職人さんだろうか。俺の前世で持て囃されていた異世界モノなら、こういう状況で出会うことになるのは十中八九ドワーフというイメージがある。でもこの世界、残念ながらドワーフもエルフもいないみたいだからな……。


 そうなるとやはり思い浮かぶのは、無愛想で強面で筋骨隆々、されど情に厚くて腕も確かな頑固一徹おじさんとか。あるいは教会に乗り込んでまで直訴してくる行動力を見るに、我が道突き進む熱血系という可能性も――。


 などとあれこれ想像していた俺の先入観は、先に結果を言ってしまうと、の姿をひと目見た瞬間ものの見事に吹っ飛ばされることとなった。


「――お初にお目にかかりますわ。不躾なわたくしどものためにこの場を設けていただけたこと、まことに感謝の言葉もありません」


 完全に予想外である。

 約束の時間ぴったりに現れたのは、無愛想でも強面でも筋骨隆々でもなく、我が道突き進む熱血系でもなければ頑固一徹おじさんでもない――もっとはっきり言えば、男ですらなかった。


「〈グリフィス工房〉当代棟梁、クラエスタと申しますわ。お会いできて光栄です」


 赤と白が互いを引き立たせ合うドレスに身を包んだ、どこからどう見ても上流階級としか思えない『お嬢様』だったのだ。


 ――ああ、職人さんじゃなくて工房の営業を担当してる人か。


 と思わず勘繰ってしまう程度には、職人という言葉からは想像できない華やかな出で立ちだった。いやでも、『当代棟梁』ってはっきり名乗ったしな……服装と性別もさることながら、なにより若い。俺とほとんど変わらないんじゃないか?


「あ、ああ……ウォルカだ。はじめまして」


 半分呆気に取られていると、彼女――クラエスタは品よく微笑んで、


「ふふ、強面で筋骨たくましい職人をご想像でしたかしら?」

「……ちょっとな」


 嘘です。完全にドワーフおじさんを想像してました。


「本日はとても大切な会談の場ですから、精一杯に着飾らせていただきました。ですが工房に戻れば髪を結い上げて、オーバーオール姿で槌を振り回しておりますわ」


 先述のとおり、ぱっと見は貴族か大商人のお嬢様としか思えない身なりのいい少女である。背中まで届く赤みがかった金髪をバレッタで留め、主張しすぎない程度の小さく柔らかな縦ロールにして弾ませている。濃い赤紫色の瞳はくっきりと大きく、それだけで瀟洒なドレスにも引けを取らない輝きを帯びるかのよう。肌も色白で麗しく、これではオーバーオール姿で槌を振り回すどころか、その槌を床から持ち上げられるかどうかも怪しいではないか。


 そして、そんなお嬢様の斜め後ろには一人の男が付き従っていて、


「こちらはセボックと申します。我が工房を代表する経験豊富な職人で、先代から相談役を引き受けてくださっていますの。本日はどうか、彼の同席もお許しくださいませ」

「どうも、よろしくお願いしまさあ」


 こちらは少し背中の曲がった初老の男であった。禿頭に厳つい髭面という組み合わせはいかにも職人らしい風格があり、もしも前もってクラエスタの紹介を聞いていなければ、彼こそが先代から工房を継いだ人間なのだと勘違いしてしまっていただろう。


 お互い簡単な挨拶を済ませ、世間話もそこそこに早速会談を始める。


「では、単刀直入に本題から」


 俺たちの対面の席から、クラエスタが持参してきたケースをテーブルに置く。前世であればちょうどアタッシュケースと呼べるであろう、古ぼけた輝きを放つ薄い金属製の四角形。開閉部に鍵穴がついていて、よほど大切な物を収めているらしいのが窺える。


 クラエスタの相貌から笑みが消え、強い意思を宿した真剣な佇まいに変わった。


「こちらの設計図に記されている義足を、ウォルカ様のためにお作りしたいのです」


 鍵を回し、おごそかにケースを開ける。中で宝物のようにクッション付きで収められていたのは、何十枚にもなろうかというたくさんの設計図の束だ。それを上から何枚か取って俺たちの前に並べていき、


「これは――」


 と、俺も思わず顔つきが真剣になった。


 最初に飛び込んできたのは、ある一枚に描かれた義足の全体像。なるほど、俺が今まで使ってきた棒切れ同然のモデルとはまったく違う――『中世ライクなファンタジー世界』としてはやや時代錯誤にも思えるほどの、近未来的に洗練されたフォルムを持つ義足だった。


 まずなにより、ちゃんと人間の足の形状をしている。膝まで覆って固定する大きな接合部ソケットがあり、脛やふくらはぎに相当する部位があり、しっかりと足の裏で大地を踏み締めるつくりになっている。イメージとしては、騎士の鎧の足部分だけ取ってきた感じに近いだろうか。


 ただ、さすが『未知の義足』を謳うだけあってそれで終わりではない。


 前世の日本人の感覚から言わせてもらえば――そう、どこか『メカっぽい』のだ。膝やふくらはぎを覆う装甲に、なにやらシャープな形状のパーツがくっついているというか。隣の設計図に描かれているのは、そのふくらはぎあたりのパーツが開閉して……え、これ変形するの?


「たしかにこれは、教会が一般的に扱っている義足とは……」


 さすがのアンゼも少し驚いた様子だ。俺は、この世界における義手義足の水準なんてよく知らない。しかし目の前の設計図を見た瞬間、もう十年以上疎遠になっている生まれ故郷――王都〈アイゼンヴィスタ〉のことを思い出していた。この世界で生きてきた人間としても、『原作』の知識を持つ転生者としても。


 かつて王都で学者をやっていた時期がある師匠も、すぐにピンと来たようだった。


「これ……〈魔導律機構マギステリカ〉の魔法理論を組み込んでおるな」


 そう、〈魔導律機構マギステリカ〉。この国に日進月歩で技術革新を巻き起こし、一部では地球の現代科学にも匹敵しかねないテクノロジーを有する世界最高峰の魔法研究機関。この義足には、間違いなくそこで生み出された最新鋭の魔法技術が絡んでいる。


 たしか原作でも、ストーリーの舞台が王都に移ったタイミングで、今までの世界観を一新するような魔導具が次から次へと登場していたはずだ。そしてそれらはひとつの例外もなく、〈創生の法典〉率いる〈魔導律機構マギステリカ〉によって生み出されたものであり――という筋書きで、主人公とエルフィエッテの邂逅につながっていったんだったか。


「ご慧眼ですわ」


 クラエスタは満足げに微笑し、


「この義足は先代――わたくしの祖父が、晩年に〈魔導律機構マギステリカ〉で魔法を学んで設計したものなのです」

「職人が〈魔導律機構マギステリカ〉で……?」


 俺はいささか驚く。この世界における魔法は、前世のアニメやゲームで描かれていたものと比べてやや学問の側面が強い。才能や血筋よりも純粋な頭の良し悪しで腕前が左右されるし、魔法発動の際に必要な『術式』だって、先人の膨大な研究によって連綿と現代へ受け継がれてきたものである。


 そんな学問を世界最高峰の研究機関で学び、自らの仕事に取り入れるなんて――いろんな知識を吸収できる若いうちならまだしも、体力も気力も衰える晩年になってからだというのが凄まじい。俺のジジイでさえ、老いてからは田舎でひっそり引きこもっていたというのに……いや、おまえのような隠居ジジイがいてたまるかってくらいバカ強かったけど。


「先代は仕事真面目な職人でした。〈聖導教会クリスクレス〉から義足の製作を請け負ったこともありましたから、自分で自分の仕事を追究した結果なのでしょうね」


 仕事を追求って……本当にそれだけの理由で一念発起したのだとすれば、それもまた職人のプライドというものなのだろうか。

 隣のセボックがなにか言いたそうにしている。しかしクラエスタはまったく目もくれず、


「ただ……先代が一昨年に亡くなるまで、この設計図が日の目を見ることはありませんでしたわ。特殊な素材と製法を用いるためひとつ作るだけでも大仕事で……当然ながら、そのぶんコストもかかりますの」


 少し不安そうに、こちらの反応を窺うような声音だった。まあたしかに、俺が使っていた棒切れ義足と比べれば何倍もお高いでしょうね……。しかし俺だって、この日のために聖女様直々の褒賞授与イベントを乗り越えてきたのだ。多少目玉が飛び出るくらいの金額でも問題ないはず。


 ……世界最悪クラスの魔物を討伐した褒賞金でも買えないなんて、そんなことないよな?


「とりあえず金の話はあとにして、こっちを詳しく教えてくれないか。どんな素材を使ってるんだ?」

「大変いい質問ですわっ!!」


 俺がそう尋ねた瞬間、クラエスタがいきなり前のめりになって血圧を上げた。今までの品行方正な佇まいはどこへやら、急にふんふんっと鼻息を荒くして、


「まず外装は星銀とミスリルの合金ですわね! 義足が激しい戦闘の負荷に耐える上で必要な強度を兼ね備えてますのこの合金自体は決して革新的なものではありません非常に希少ですが一部の高級武具でも従来用いられているものです星銀の美しさと強度と剛性そしてミスリルの軽量さと高い魔力伝導性をいいとこ取りした最高品質の素材なのですわ見てくださいましこの洗練されたフォルムを性能のみならず極上の芸術性まで備えたまさしく天下一品あぁ~さすがおじいさまですわ~~もちろんただ堅牢な素材を足の形に加工しただけでは義足足りえません接合部ソケットの内部は〈魔導律機構マギステリカ〉製の特殊な樹脂を使用したクッション構造となっていて魔力を通すことで肌に吸着する仕組みのようですこれは一般の義足でもスライムの素材で実現されていますがそんなものとは比べ物にならない密着性を持ち激しい運動下でも義足が外れてしまうことはなくそれでいて快適性も両立していてもう本当にええっと失礼なんでもありませんわ」


 うーんこのガチオタク特有の早口。そして「なんでもありません」が遅すぎるだろ。よくそこからなんでもないことにできると思ったな。

 セボックがあちゃあと顔を覆って、


「失礼しやした……お嬢はその、いかんせんオタク気質というか」

「んん! んっん!」


 クラエスタはほんのり赤面しつつ、二回もわざとらしい咳払い。


「と、ともかく、外装も内装も最高品質の素材を使っているということですわ!」

「……なるほど」


 とりあえず、一回目は温かな心でスルーしてあげるか。アンゼも何事もなかったように、


「星銀とミスリルの合金……聖晶星銀スターレアと呼ばれるものですね。教会でも聖騎士の装備に使われています」


 そう補足してくれる。へえ、国最高クラスの騎士様の命を守ってるのと同じ素材ってことか……聖晶星銀スターレアという名前からしていかにも神々しいし、『最高品質の素材』というのも本当なのだろう。


 つまりこの義足は、〈魔導律機構マギステリカ〉の魔法技術と、天が人間に与えた一級素材の融合ということになる。……あれ? ひょっとしてこれ、かなり希望が見えてきたのでは?


 完全無欠の社会復帰、できちゃうのでは?


「ただ、製法自体は古くから知られているものです。義足に使われた例はないと思いますが、『未知』というほどでは……」

「ええ。見たこと扱ったことがあるかは別として、聖晶星銀スターレアの名前を職人で知らない者はいませんわ」


 しかも、素材自体は決して『未知』というわけではないらしい。じゃあこれ以上なにがあるっていうんだ? 俺はすっかり興味津々になって尋ねる、


「なら、どのあたりが『未知』なんだ?」

「そうですわよね気になりますわよね!!」


 クラエスタがまた血圧を上げた。設計図からさらに十枚ほどを高速でテーブルに並べ、またふんふんっと、


「これは義足の内部に刻み込む術式について書かれたものですええそうですわこの義足は内部に様々な術式を刻み込むことで義肢としての性能を飛躍的に向上させているのです〈グリフィス工房〉は魔導具の修理製造を得意としますから当然わたくしも魔法には心得がございますですがっですが正直に申し上げましてわたくしごときではこの術式の全貌を到底理解しきれませんそれほどまで複雑かつ高度に洗練された非常に精巧な術式群なのですこれこそがまさに『未知』たる所以なのですわはっきり言って人間業を超越しているといっても過言ではありませんさすがのおじいさまでもこの神懸かり的な術式を一人で組み上げるのは不可能だったでしょうおそらくはさぞかし名のある賢者に協力を得たのだと思いますすなわちこの義足は我が国を代表する職人と賢者が手を組んだ魔法技術の結晶と呼べるものなのですわぁ~~あああ本当に素晴らしんん! んっんんッ!!」


 だから正気に戻るのが遅すぎるんだよ。

 最初は職人とは思えない清楚なお嬢様って印象だったけど、前言撤回。この少女、間違いなく職人の名にふさわしい重度のオタク娘だ。なんかちょっとハアハアしてヨダレ垂らしそうになってるし。


「ああっ、ど、ドン引きしないでくださいまし! わたくしはただ、魔導具という技術に並々ならぬ愛――いや興奮――じゃなくって興味があるだけで!」

「お嬢、部屋に入るとこからやり直した方がいいんじゃないですかねこれ」

「おだまりセボック!!」


 なるほど……さては〈グリフィス工房〉、伝統と格式を重んじる頑固職人集団じゃなくて、オタク魂で突き進むタイプの変態技術屋集団だな? 俺の先入観をことごとく上回っていくアブノーマルな工房だったようだ。まさかエルフィエッテの同類とは……。


 もっともエルフィエッテと比べれば、魔法の話でヨダレを垂らす程度かわいいもんである。俺は寛大な心で二回目のスルースキルを発動し、


「たしかに、なにが書いてあるのかさっぱりだな」

「え、ええ。わたくしが辛うじて理解できたのは、義足の強度向上と断端の均等圧迫……これはほんの一部に過ぎません。そしてそれほど膨大な術式が、装備者の魔法行使を阻害しない完全な理論で組み上げられている……らしいのです」

「なるほど。……師匠はどう思う?」


 魔法の話となれば我が師匠の出番であろう。俺はそう思って隣に声をかけるのだが、


「……師匠?」

「……………………」


 見れば師匠は俺たちの話を聞いておらず、まばたきすら忘れ、眼光紙背に徹すがごとき形相で設計図の術式に食い入っていた。


 おっと……これは久し振りに、師匠の大魔法使いとしての血が騒いでいるようだ。いま師匠の頭の中では、この紙に書かれたおびただしい文字と記号の羅列が、実際の術式としてすさまじいスピードで組み上げられていっているに違いない。


 なにかぶつぶつ言っている。


「この術式のクセ、まさか――うそでしょ、そんなことって――ただの偶然? でも――」


 うん? ちょっと様子が変だな。俺は師匠の肩をとんとんと叩き、


「師匠、どうした?」

「ふえっ?」


 師匠は幼女みたいな反応で正気に返った。「あ、えっと」と咄嗟に視線を泳がせながら、


「ざ、ざっと見た感じじゃが、断端と義足にかかる負荷の均等分散、姿勢制御、接合部ソケット内部の排熱冷却なんかもやっておるな」

「!?」


 クラエスタが目を剥き出しにして立ち上がる。今度はいったいどうした……。


「リ、リゼルアルテ様、この術式が理解できますの!?」

「う? うむ、まあ」

「な、ななな、なんということっ……!」


 どうやらよほどの衝撃だったらしく、ああっ……と貴婦人みたいな貧血を起こしてテーブルに寄りかかる。しかしそんな中でも、彼女の瞳はむしろ活き活きとしたオタク魂で光り輝いており、


「わ、わたくしどもでは、みんなで集まって三日三晩議論してもほんの一部しか理解できませんでしたのに!」

「……まあ、それも無理はなかろう。術式自体は極めて高度な一級品じゃ」


 そういう割に、なぜか師匠はすこぶる虫の居所が悪そうだった。変だな、この手の話題は大魔法使いの威厳をアピールする絶好のチャンスなのに……。


 もしかして術式の中身があまりに見事だったから、魔法使いとしてジェラシーな気分なのだろうか。いやいや、師匠が嫉妬するくらい洗練された術式を考えるっていったい何者だ? 設計図自体はクラエスタのおじいさんが作ったらしいけど、職人がちょっと魔法をかじった程度でできるレベルを超えてるだろ。


 しかしそんな謎めいた職人の孫娘は、またハアハアとヨダレを垂らしそうになって絶賛興奮中である。うーんこのオタク。


「あ、あの! もしよろしければ、この術式について――」

「お嬢、あんたいったいここへなにしに来たんで? 大切なお客さんほったらかして趣味の話なんて、先代が見たら雷どころじゃ済みやせんぜ」


 さすがにセボックから釘を刺された。どうやら今回彼が同席したのは、暴走しがちな若き棟梁をたしなめる目付け役の意味もあったらしい。これが三度目ともなればクラエスタもぎくりとして、


「そ、そうですわね。……みなさま、大変申し訳ございませんでした」


 そこからはクラエスタも反省し、地に足つけた建設的な話し合いが進んだ。仮にこの義足を製作する場合のおおまかなスケジュール、概算費用、工房としてどういった体制で取り組むかの説明など。これ以上クラエスタのオタク魂が暴走しないよう、俺たちも余計な口は挟まずに耳を傾ける。


「もちろん、今この場で決めていただく必要はございませんわ」


 そしてクラエスタは、最後にそう自らの話を締め括った。


「ぜひご検討なさってください。もしご不明の点があれば、いつでもまたお伺いさせていただきますわ」

「ああ、ありがとう」


 さて話に一区切りついたところで、現時点の俺の所感を言わせてもらうと。


 ――これ、もうこの義足で決まりじゃないか?


 いやだって、聖騎士の装備に使われるくらい一級の素材と、師匠を唸らせるくらい一級の魔法理論が融合してるんだぞ。素人目で見ても、『抜刀術の負荷に耐えられること』という点ではかなり期待値が高い。もちろん星銀もミスリルもかなりの希少素材だが、さすが聖都だけあって金さえ積めば入手自体は問題ないらしい。


 それに見た目も好印象だ。近未来的に洗練されたフォルムは文句のつけようがないほどカッコよく、ちょっとした変形機能もあいまって実に男心を刺激する。これならば装着したとき、いかにも怪我人らしい印象をぐっと軽減できそうだ。ひょっとしたら「へえ最近の冒険者にはそういう防具もあるのか」という具合で、片足がないことすら気づかれなくなるかもしれない。


 俺の社会復帰ひいてはハッピーエンドのため、これを逃すのはあまりに惜しい……! 一応アンゼの意見も訊いてみると、


「わたくしも、よいご提案だと思います! 性能は間違いなく最高級を期待できますし……なにより〈聖導教会クリスクレス〉では、聖晶星銀スターレアの装備を持つことが許されるのは聖騎士だけです。ウォルカさまに大変ふさわしいかとっ」


 そんなことはねえだろ。アンゼ、俺はただの庶民だからな? ジジイにボコられて泥まみれになりながら育ってきたような、『神聖』のしの字すら無縁な小市民なんだからな? 俺のどこをどう見たらそんな高評価になってしまうのか、アンゼの純粋さがちょっと心苦しい……。


 まあともかく、アンゼから見ても評価は悪くないようだ。そして残る師匠はといえば、未だ眉間に皺寄せて設計図の術式を睨みつけており、


「わしもいいと思うぞ。……が、ひとつだけ条件があるのじゃ」

「? なんだ?」


 顔を上げる。これだけは絶対に譲れない、とでもいうように強い決意を感じる瞳で、


「この義足を作るのなら、術式はわしに手伝わせてほしい」


 クラエスタへ問う。


「おぬしら、この術式がほとんど理解できんと言っておったな。それは術式自体の高度さも多少はあるが、なにより組み方がよくないのじゃ。第三者が解読することをまったく考えておらん」

「そ、そうなのですか……?」

「こんなの理解できん方が普通じゃ。……おぬしの祖父にこの術式を教えたのは、よっぽど性格が悪いひねくれ者じゃな。自分のことしか考えておらん生意気ぶりがにじみ出るようじゃ」


 ああなるほど、師匠の虫の居所が悪かったのはそういう意味か。


 そもそも魔法と術式の関係がどういうものかといえば、前世である程度近いイメージを挙げるなら、俺は機械と回路みたいなものではないかと思っている。魔法が機械で術式が回路。機械を動かすために必要な回路は決まっていて、その作り方も先人の研究によって『正解』が存在する。ただ、究極的には機械が正しく動きさえすればOKともいえるわけで、そうなると『どんな回路を構築するか』という問題には作り手の知識と発想と個性が表れる。


 無駄が少なく効率的な回路を組む人もいれば、動きはするが無駄の多い回路を組んでしまう人もいる――かつて師匠から、〈身体強化ストレングス〉の術式が子どもの落書きみたいだと怒られた俺のように。そして中には、第三者が見たときなにがなんだかまったく理解できないような、自分だけの理論で回路を作り上げてしまう奇人変人も存在する。


「だからわしが作り直す。もっとわかりやすくて、もっと高性能な術式に」


 そして師匠は、術式とは無駄なく美しく、誰でも理解できるように構築されるべきという機能美を重んじる魔法使いなのだった。

 クラエスタは目をしばたたかせて、


「それは……もちろん、わたくしどもとしても大変痛み入るご提案ですわ。理解できない術式を理解できないまま扱うなど、職人としてあってはならないことですから」

「わたくしも、よい案だと思います」


 そして、アンゼも続けざまにこの提案を支持した。


「術式ももちろんですが、星銀とミスリルの精錬、そして聖晶星銀スターレアの合成には高い魔力が必要となります。そしてその魔力が優れていればいるほど、できあがる聖晶星銀スターレアも純度を増す……リゼルアルテさまの魔力ならまさに最適かと」

「……そっか。わしにも、できることがあるんじゃな」


 少し、噛み締めるような師匠の言葉だった。もしかして師匠がこんな提案をしてくれているのは、単に術式が気に食わないだけじゃなくて――。


「魔法の専門家にご協力いただけるのでしたら、感謝の言葉もございません。……本当に、お願いしてもよろしいのですか?」

「うむ。わしは、ウォルカの師匠じゃからな!」


 師匠お決まりのセリフが、なんだか今日はとても頼もしく胸に響いた。

 ……俺は、本当にいい師匠を持ったなあ。


「師匠……ありがとな」


 俺がそう言うと、師匠は少しだけ口元をふにゃふにゃさせてから、


「……んっ」


 アトリよろしく言葉少なに、にへ、と小さく笑った。



 かくして、俺の義足グレードアップ計画が〈グリフィス工房〉協力のもと始動する。

 ふふふ……希望が見えてきたじゃないか。この調子でさっさと社会復帰して、みんなに心配かけてばかりな生活からはおさらばしてやるからな!


 もっとも、俺は義足ができるのをただ待っているだけなのだが。

 ……………………トレーニング、がんばろ。





 ――そしてリゼルアルテは、最後にもう一度だけテーブルの設計図を睨みつける。ウォルカの「ありがとう」でぽかぽかになった心を、一旦冷静な気持ちで抑えつけながら。


(この術式のクセ……間違いない。絶対そう)


 設計図に隅から隅まで記された、義足の性能を向上させるための膨大な術式群。その構築手順アルゴリズムに、どうやっても無視することのできない強烈な見覚えがあった。


 他人に理解してもらおうという気が一切ない――むしろ理解などできるはずもないと見下すような、難解で無秩序で非常識極まる異端の術式。

 リゼルがこの世界でもっとも毛嫌いする、いじわるで生意気で勝手で性悪で変人で変態でズルくてムカつく大賢者。



 あいつしかありえない。あいつ以外に、こんな滅茶苦茶な術式を作って満足する人間などいるはずがない。

 しかし、


(でも、なんであいつが聖都から来た職人に術式を……? あいつはそんなことするような人間じゃないのに)


 そう、普通なら考えにくいことだった。実際にエルフィエッテを見て知っているリゼルならわかる、あいつが義足というモノの設計に興味を示すとは思えない。あいつは最大多数の最大幸福を追求する功利主義者であり、恩恵を享受する人間が限定的な技術は二の次。ましてや、そのためにわざわざ聖都からやってきた人間と協力するなんてありえないと言ってもいい。


 だからおそらく、これは単なる気まぐれの産物。


 義足の設計に苦悩するクラエスタの祖父を偶然見かけ、「凡人はこんなことでいちいち悩まないといけないんだから大変だね~☆」とか生意気なことを言いながら、天才たる己の実力を見せつけるために暇つぶしで術式を作り上げた――それならばありえる話だと思う。


 心が、煮えたぎるようだった。


(絶対いや……)


 最初にアンゼから、義足をエルフィエッテに依頼するのはどうかと提案されたときもそうだった。ウォルカとあいつの姿を頭の中で並べると、それだけでこの世の終わりのような不快感がほとばしるのだ。


(あんなやつの気まぐれがこれから一生ウォルカを支えるなんて、絶対絶対絶対いや……!!)


 汚される。

 このままじゃリゼルの世界で一番大切な弟子が、あいつの術式で汚される。


 でも、この義足を作っちゃダメとはいえない。エルフィエッテに直接頼むのとは違って、この義足を作ること自体ウォルカにデメリットはないのだから。ウォルカを救えるかもしれない可能性を、リゼルの個人的な感情だけで潰してしまうなんて許されないだろう。


 だから、自分で上書きすればいい。

 いくらエルフィエッテが〈七花法典セブンズ〉に名を連ねる大賢者といっても、所詮は気まぐれの手慰みで作ったものだ。自分ならこの術式を解読できるし、もっと効率的で優れた魔法に書き直せる。そうすればウォルカを『毒』から守れるどころか、今よりももっともっと傍で、ずっとずっと彼の支えになることができる。


 そうしなければならない。だって、自分はウォルカの師匠なんだから。

 決意は、固かった。


(あんなやつにウォルカは触らせない……!! ウォルカの一番傍にいるのは、私だもんっ……!!)


 別に、エルフィエッテの魔法がウォルカの害になるとかそういう話では一切ないのだが――。


 ともかく独占欲も嫉妬心も旺盛な小さき大魔法使いは、ひとり勝手に激重な愛情を燃えあがらせているのだった。

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