15.〈騎士〉ロッシュ
落ち込むアンゼをあれやこれやと宥めて、なんとか立ち直らせることに成功する。
ちょっと前まで喧嘩腰だった師匠たちすら、「ウォルカが悪いんじゃから落ち込むな」「なにかあったらすぐ頼りますから」「アンゼはいい子」と総出でアンゼの味方になってしまう始末で、俺は大変肩身が狭かった。正直すまんかった……。
いやしかし、アンゼもあんな風にがっつり落ち込むことがあるんだな。持ち前のクソデカハートで、そういったマイナス感情とは一切無縁なものと思っていた。
やっぱり彼女も、師匠たちと同じで根は普通の女の子なのだろう。アンゼという少女を少しだけ理解できたかもしれない、と前向きに考えることにする。
「ところで、アンゼ」
「はい、なんでしょう」
状況が落ち着いたので、俺は先ほどからずっと気になっていたことをアンゼに問いかけた。
「君が入ってくる前、あいつの声が聞こえた気がしたんだが。来てるのか?」
ああ、とアンゼはひとつ頷き、
「はい、わたくしの護衛で同行いただいておりまして。後ろについていたはずなのですが……」
アンゼがドアの方向を見遣るが、そちらには誰の姿も気配もない。
まったくあのアンポンタン、護衛対象をほったらかしにしてなにをやっているのか――そうため息をつきかけたところで、肩で風切るような大変威勢のいい足音が近づいてきた。
そして、服を着たやかましさが颯爽と現れた。
「やあやあ久しいね我が友よ! この僕が遥々見舞いにきてやったぞっ! いやすまないね美しいマドモアゼルたちが離してくれなくて、まったく麗しい男とはそこにいるだけで罪なものだねはっはっはっはっは!!」
――さて、お次はこのバカの相手をする番のようだった。
俺の数少ない友人にしてナルシスト騎士、『ロッシュ』について。
アンゼ同様、原作でほとんど触れられなかった聖都の人間であり、こんなコメディみたいな登場でなんだが一応立派な騎士である。〈
その容姿を一言で例えるなら、『貴公子』というそれこそ漫画のような言葉を持ち出す必要があるだろう。二十歳にして180を超える高身長、ひと目ではっきりとわかる長い脚、男とは思えぬ麗しい金髪、切れ長の碧眼、色白な肌、絵画めいた佇まい、濡れるような声色と、およそ男が欲するルックスをすべて持ち合わせているといっても過言ではない。
ただ性格は見ての通り、キザでやかましい三枚目キャラだ。
登場する作品をちょっとでも間違えたら、ありがちなかませ犬として主人公に成敗されていてもおかしくなさそうな。自己陶酔ともいえる自信に満ちあふれていて、常に薔薇が咲き誇るような微笑みを光らせていて、自分が美しいことを心の底から理解しており、かつそれを前面に押し出して数多くの女性と交友関係を築いている。
こう書くと、ただのいけ好かないナルシスト野郎みたいに聞こえるかもしれない。
しかし実際のところ、こいつの人間性は存外にまともだ。自信にあふれていながら他人を決して見下さず、むしろ人のよいところを見出せる優れた観察眼を持っている。数多くの女性と遊びつつも貞操観念がしっかりしており、相手を悲しませたり恨まれたりするような真似はまずしない。更には情が篤く義理堅い一面もあって、その熱量の前には時として暑苦しさを感じてしまうこともある。
なにより、騎士として間違いのない実力を隠し持っている。
マジで強い。俺とは知り合って以来何度も手合わせを続けてきた仲だが、成績は49勝49敗12分の
……ああ、そういえば50勝目を懸けた手合わせの約束はもう果たせないのか。そう考えると少し寂しい気持ちになってきたな。
「息災だったかいウォルカ! うらぶれてはいないようでなによりだ!」
「うるせえぞロッシュ。少し静かにしろ」
「はっはっはすまないね! 僕の輝きは僕自身ですら抑えることができないのさ!」
なんだこいつ。
「やかましいのがやってきたのぅ……」
「あはは……ほんと、いつも元気な方ですよね」
「うるさい」
師匠たちもすっかり呆れた様子だ。
ロッシュが、小気味よく床を鳴らしながら俺の傍までやってくる。歩き方ひとつ取っても実に堂々としていて、こいつの満ちあふれる自信がよく表れている。俺よりも高い身長から悠々とこちらを見下ろして、
「どうだい、義足は」
「慣れん。慣れたとしても、今までと同じように剣を振るのは……無理だろうな」
「っ――」
ユリティアの、少し痛みをこらえるような息遣いが聞こえた。
しかし、これが数時間リハビリをやってみての正直な実感だ。今までと遜色なく動けるようになるビジョンが、まるで浮かばない。訓練どうこうではなく、この義足では性能的に不可能なのだと思う。老シスターも日常生活用だって言ってたしな。
「……そうか」
ロッシュのやかましいキザったらしさが、やにわに鳴りをひそめた。さっきまでとは想像もできない静かな声音で、
「君とは、これからもともに研鑽し合っていけると思っていた。……ままならないものだね」
ん? なんか珍しくシリアスな雰囲気になってるな。そんなのはおまえのキャラじゃないだろうに。
俺がそう思ったときには、ロッシュはもういつも通りのツラに戻っていた。デカい手のひらで俺の肩をバシバシ叩き、
「だが君なら、気づけば前よりも強くなっていそうな気がするよ! これで終わるような男じゃあないだろうからね!」
いや無理だろ。片足なくして更に強くなるってなんだよ。おまえは俺をなんだと思ってんだ。
「さて……君はまだリハビリをするんだろう? 僕はやらねばならないことがあるから失礼するよ」
「仕事か?」
そういえば俺が〈
こんなやつでも一応、やるときはしっかり仕事をするようだ――そう俺がちょっと感心していると、
「それはもちろん、この街のマドモアゼルたちとティータイムを楽しむことさ! はっはっはっは!!」
アンゼ、こいつクビにした方がいいぞ絶対。護衛対象ほったらかしにして女と食事ってなに考えてんだこのアホは。
「アンゼはウォルカのリハビリを手伝うんだろう? なら僕の護衛も必要あるまい」
「ええ、構いませんよ」
構わないのかよ。うーん、アンゼの底なしの善意よ。こういうときははっきりダメだって言っていいんだぞ。なに勝手なことぬかしてんだてめーってひっ叩いてもいいくらいだ。
「では、アデュー友よ! アンゼをよろしく頼むよはははははっ!!」
「……」
人道の規範たる気高き騎士様が、あんなんでいいんだろうか。
師匠たちもだいぶ白けた目をしている。唯一アンゼだけが、柔らかな表情を絶やさずまったく気にしていない様子だった。
「いいのか、あれは」
「はい。道中、しっかりと務めを果たしてくださいましたから。今日は休ませてあげたいと思います」
なら、いいのだけれど。
しかしまあ、考えようによっては場の空気をほどよく入れ替えてくれたともいえる。俺は義足に体重をかけて立ち上がり、
「じゃあ、もう少しやるか」
「ウォルカさま、ここからはわたくしが引き継ぎます。……あなたは、休んで構いませんよ」
「……ええ、そうします………………」
アンゼに微笑みかけられ、老シスターがものすごく疲れた様子でふらふらと部屋を出ていった。大聖堂のエリートシスターと同じ空間にいて、心労でも溜まったのだろうか。俺にとっては命の恩人みたいな相手なので、どうかゆっくり休んでほしいと思う。
さて、その後リハビリを再開したところまではよかったのだが、老シスターというストッパーがいなくなってしまったからか、みんなうるさいことうるさいこと。
「さあウォルカさま、どうぞこちらへ! わたくしの手を取ってくださいませ!」
「ウォルカだめーっ!! こっち! こっち来るの! こんなおっぱいでっかいやつに騙されちゃだーめーじゃーっ!!」
師匠とアンゼが俺の行く手に陣取って、どっちに来てくれるかで対抗心を燃やし始めるわ、
「ん」
「……あのな、アトリ」
「?」
それを見たアトリが、「とりあえず自分もやっとくか」みたいな感じで両腕を広げ出すわ、
「ウォルカっ……なんで、なんでそこでユリティアを選ぶんじゃーっ! まさか、ちっちゃくてもでっかい方がいいのか!?」
「はわわわわわわっ!?」
ユリティアに助けを求めたら、それはそれで師匠が喚き散らすわ、
「で、でも、わたしを選んでもらえるなんて……わかりました、ここからはぜーんぶわたしに任せてくださいねっ。えっと、じゃあ……て、手をつなぎましょうかっ!」
「いや待てそういう意味じゃ、……ユリティア? ユリティアー?」
しかもユリティアもなんか変なスイッチが入ってしまって、いや君たち真面目にリハビリをさせてくれと――。
けれど、俺は止めるに止められなかった。
だって……みんながこんな風に仲良く騒いでいる姿を見るのは、随分と久し振りな気がしたから。
こうして仲間たちと穏やかなひと時を過ごしていると、ここが腐れ外道ダークファンタジーの世界であることを忘れてしまいそうになる。
今までの記憶と照らし合わせても、やはり街の中に限れば人々の生活は概ね平穏なのだろう。なにせ俺も原作を思い出すまでは、ここをよくある王道ファンタジー世界だと思い込んでいたくらいだからな。そう思い込める程度には、原作主人公と比べてしまえばぬるま湯みたいな人生を歩んできたということだ。
メタ的な視点でいえば、原作のストーリーが外道だったのは、原作主人公がそこにいたからだという考え方もできる。
悲劇はいつも主人公がいる場所で起こる。そう考えると、主人公と出会うのがちょっと怖くなってくるな。
命を助けられたわけだし、いつか礼を言いたいところではあるのだが……この体じゃあ、主人公の死亡フラグに巻き込まれたらまっさきに死ぬよな俺。
師匠たちにも危険が及ぶし、今はまだ出会わないことを祈るしかなさそうだ。
ああ、本当に。
――――――――本当に、足だけでも無事だったならよかったのに。
/
街に夜の帳が降り、うまい肉と酒で労をいたわった冒険者たちが一人また一人と宿に帰ってゆく。今日も無事に終わってよかった、明日も頑張ろう、と英気に満ちた冒険者たちの笑い声が、アンゼにはひどく遠い異国の出来事のように聞こえる。
いま現在聖都を再び騒がせているダンジョン〈ゴウゼル〉――にもっとも近い小さな街、〈ルーテル〉。
並の冒険者では到底手が出ない街一番の宿の、滅多に使われないであろう一番上等な客室が、この街でアンゼに与えられた束の間の聖処だった。
部屋で一番大きな窓を開け放ち、跪いて、降り注ぐ青白い月明かりへ一心に祈りを捧げている。
「主よ、なぜ……なぜ、あの方なのでしょうか――」
今日という日へのねぎらい、充実感、明日への希望、英気――そんなものはかけらも存在していない。
アンゼの心を埋め尽くしているのは、ウォルカに対する途方もない無力感だけだった。
ウォルカたちの前では、自分が喚いても迷惑になるだけだと気丈に振る舞っていた。
だからこそ一人となった今、抑えつけていた感情が一斉に押し寄せて、こうして祈りでも捧げなければ到底自分を保てなくなってしまっている。
また、なにもできなかった。
ウォルカがもっとも助けを必要としていたときに、またアンゼはその場にいることすらできなかった。
幼少期ならいざ知らず、今のアンゼの立場を考えれば叶わない願いなのはわかっている。けれどウォルカが命を賭して戦い死の淵を彷徨っているときに、自分はいったいなにをしていたのか。なにも知らずにおいしい食事を楽しみ、〈白亜〉と談笑し、暖かなベッドで安らかに眠っていたのだと思うとぞっとした。
「あの方は……ウォルカさまは、もう充分に辛い試練を乗り越えたはずではありませんか。なのにどうして……どうしてっ……」
ウォルカが片目片足を失ったと前もって知っていなければ、あの眼帯と義足を見た瞬間に卒倒していてもおかしくはなかった。砕けず残ったわずかばかりの理性で普段通り振る舞うよう努めたが、「大聖堂で一緒に暮らそう」「自分のすべてでウォルカを癒やしたい」と正直すぎることも口走ってしまった。
だってアンゼは、ウォルカが重ねてきた血のにじむ努力をこの目で見て知っているのだから。
無論、アンゼが幼いウォルカと出会ったのはほんの束の間であり、それだけで彼の過去すべてを理解した気になるのは傲慢であろう。
けれどあのとき、虐待だったとしてもおかしくないほど過酷な修練に打ち込み、結果として村の大人たちすら諦めるほど絶望的な危機に陥ったのは事実なのだ。
アンゼが村を去ったあとも、必死に生き延びた彼はまた常軌を逸した鍛錬に身を投じたのだろう。
おそらく何度も、何度も何度も血を吐くような思いをして――そして、互いに信頼し合える素晴らしい仲間と出会えた。
なら、それでいいじゃないか。
彼は、報われるべきではないか。
この期に及んでどうして残酷な運命を突きつけるのか、アンゼは世の理不尽を訴えずにはおれなかった。
アンゼの神聖魔法をもってしても、失われた左足を再生させ、潰れた右目を甦らせるのは不可能。
せっかく若くしてAランクまで到達し、今までの苦難が結実するはずだったのに――どうして、どうして。
「ウォルカさまっ…………」
アンゼの頬から、透明な一雫が指に落ちたそのとき――部屋のドアがはっきりと二度ノックされた。
「アンゼ、いるかい?」
「っ……、……はい。入ってください」
アンゼは素早く目元を拭い、思考を切り替えてすぐに立ち上がった。呼吸を落ち着かせてノックの主を中に促す。静かにドアを開け、優雅な一礼とともに入ってきたのは、今回アンゼの護衛という名目で付き従っているロッシュだった。
口元に落ち着いた微笑を忍ばせ、アンゼの傍らまで
「おかえりなさい。……終わったのですか?」
「うむ。報告は、明日にするかい?」
「いいえ……聞かせてください」
アンゼは開け放っていた窓を閉め、隙間なくカーテンを引く。ロッシュが部屋全体に〈
「では、報告するよ」
ロッシュは短く喉の調子を整え、
「……この街のギルドに関しては、まあ白だろう。彼らはあくまで踏破の報告を受けただけ。それを元に調査を行い承認したのは、聖都のギルドで間違いないようだね。
加えて、最初に踏破の報告をしたのは王都のパーティだ。虚偽報告の可能性は否定できないが、少なくともギルドの職員はまったく怪しまなかったらしい。堅実に実績を重ねている、優良なパーティだったそうだよ」
アンゼは少し安堵した。今回の一件を引き起こした元凶がもしこの街にいたならば、今の自分が果たしてどれだけ冷静でいられるか自信がなかったからだ。
「ただあのギルド長……ああ、名前を忘れてしまったな。口を開けば責任逃れと保身の言葉ばかりでロクな聴取にもならなかったよ。君は来なくて正解だった。まったく、上があれでは部下も苦労するだろうね」
話が逸れたね、とロッシュは軌道修正。
「現時点でもっとも怪しいのは、聖都のギルドが派遣した調査隊かな? こんなことが起こらないようにするための調査隊なのだから、わからなかった気づかなかったでは通らないだろう。その責任に見合った報酬も受け取っているはずだしね」
前提として、踏破の報告がされたはずのダンジョンが踏破されていなかったケースは、ごく稀ではあるものの過去にも何度か発生している。必ず踏破してやると仲間内で豪語した結果、進退窮まって冷静な判断を失い、後先考えず虚偽の報告をしてしまった者。経験の浅さと強大な魔物を打ち倒した高揚から、自分こそが成し遂げたのだと本当に勘違いしてしまった者。
なんにせよ、過ちが起こるたび
ゆえに現在のギルドでは、ダンジョンの踏破報告が挙がると必ず熟練の冒険者を調査隊として派遣し、第三者の確実な承認を徹底している。調査隊には極めて大きな責任が課せられるが、同時にその大役に見合うだけの報酬も約束されている。
その名誉ある務めに背信する行為が、神の膝下である聖都で起こったのであれば――。
「……わかりました。では、ひとまずわたくしが動く必要はないのですね」
「ああ。僕としてはほっと一息だよ。君が裁いたら、果たして罪人の体がこの世に残るのかどうか」
「ロッシュさま? それでは、わたくしが野蛮であるかのように聞こえるではありませんか」
「まさか。君はとても一途で素敵な女性だ」
「……もう」
ふふ、とロッシュは暖かな眼差しで一礼し、
「面倒事はすべて僕に任せて、君はウォルカの傍にいるといい。聖都に戻ったら、また満足に会うこともできなくなってしまうからね」
「……ありがとうございます。聖都の方は、〈白亜〉さまに頼りきりになってしまいますが……」
「問題ないだろう、なんだかんだ仕事は最後まできっちりこなす御方だ。それに、ご友人想いでもある。……君の大切な人が被害を受けたのなら、文句を言いつつも決して手を抜きはしないさ」
アンゼも、きっとそうなのだろうと思う。我を失い正常な判断ができなくなっていたアンゼのために、あの口の悪い聖女はたくさんの世話を焼いてくれた。最初こそお勤めのスケジュールを調整させろと喚き散らしたが、それさえ片付けばむしろ率先して準備を手伝ってくれたし、ロッシュという最適な同行者を選抜し、聖都の使者として派遣するというそれらしい大義名分まで用意してくれた。
アンゼにとっては大切な友人であり、かけがえのない幼馴染であり、なんだかんだいつも面倒を見てくれる頼もしい姉のような存在だった。
「さて、僕の報告は以上だ」
「はい。……ひとつ、訊いてもよろしいですか?」
「なんだい?」
アンゼは、ロッシュの温和な瞳を見据えて問うた。
「あなたは、悔しくはないのですか?」
ロッシュとウォルカは、知り合って以来互いに剣の腕を研鑽してきた好敵手であり、同時に気が置けない友人同士でもある。アンゼより何倍もウォルカと親しい立場として、彼の痛ましい姿をどう受け止めているのか知りたかった。
「――悔しいとも。悔しくないわけがない」
アンゼが思わず体を強張らせてしまうほど、煮えたぎる怒気を孕んだ言葉だった。
「君も見たことがあるからわかるだろうけど、ウォルカの剣は常人のそれではなかった。僕は一人の剣士として、彼の剣を心から尊敬していた。……それがこんな形で途絶えるかもしれないと思うと、腸が煮えくり返るようだよ」
「……」
「けれどまあ、僕たちの間にそういう感情は不要なのさ」
声を元の調子に戻し、肩を竦め、
「これはあくまで僕個人の感情であり、誰かにぶつけるようなものではない。これからも彼とは、なにひとつ変わらない友でありたいと思っているよ」
「……だからウォルカさまの前では、あんな嘘を?」
「女性と食事をしたのは事実さ。ギルドで受付をしている女性とね。うん、彼女は僕の聴取にとても親身に付き合ってくれた」
不思議な人だ、とアンゼは思う。ロッシュはアンゼや〈白亜〉が全幅の信頼を置く騎士でありながら、そんな優秀な自分を決して友人たちには見せようとしない。本当は聖都の使者として数々の聴取に奔走してくれていたのに、ウォルカの前では「女性と食事をする」と剽軽な嘘をついたように。
そしてなにより、ここから先ウォルカとどう向き合っていくのか、すでに答えを見定めている。
自分は、どうなのだろうか。
傷を癒やしてあげることができず、仲間として傍にいることもできず、大聖堂の支援も必要とされなかった。ならばウォルカのために、アンゼはいったいなにができるというのだろうか。
結局自分は、あのときからなにひとつ変われていない――。
「他に訊きたいことは?」
「……いいえ、もう大丈夫です」
月明かりが、蒼い。
今日も、眠れない夜になりそうだ。
「――お疲れ様でした、聖騎士ロッシュハルト。明日もよろしくお願いします」
「御心のままに、〈天剣の聖女〉アンジェスハイト様。……どうか、よい夢を」
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