EX話 「好きなだけで大丈夫!!」
8月7日
シェアハウス一階の大和室には死体がいくつも転がっていた。
結局、しこたま飲まされた省吾くんが、いつかのデジャヴのごとくトイレを行ったり来たりしていた。
雅文さんからはすーっすーっと寝息だけが聞こえる。
さすがに大家さんと紬ちゃんは自分の部屋に戻っていったようだった。
佳乃さんは部屋の真ん中で大の字で寝ている。
……折角綺麗にしたんだから自分の部屋で寝ればいいのに……。
陽葵は俺と同じタオルケットで、俺に腕枕をされる形で寝ていた。
いつの間にこの体勢になっていたんだ……。
これって、皆が起きてきたら色々言われるやつではないだろうか。
「陽葵、陽葵、起きて」
ゆさゆさと陽葵を揺するが起きる気配がない
「んー、春斗くん」
起きるどころか、ますますこっちにくっついてくる陽葵。
ここは俺の部屋じゃないんだぞ!
すぐそこにみんないるのに!
「陽葵、ちょっと離れてって!」
「やだー、もうちょっとだけー」
夢見心地の陽葵が猫みたいに俺の胸にぐりぐりすりすりと頭を押し付けてくる。
その様子がすごく可愛い。
――はぁ、もういっか。
どうせ付き合ってるのはみんな知ってるんだし、そんなに気にしなくても。
陽葵のことを離すことは諦めて、逆に陽葵の小さい身体を抱きしめ髪をゆっくり撫でてやると、陽葵が気持ちよさそうにすりすりと頭をさらに押し付けてきた。
「わっわつ!!!」
頭上から、幼い子供の声が聞こえてきた。
……い、嫌な予感がする。
「鈴木さんと佐藤さんラブラブだぁ……」
「ち、違うんだ! 紬ちゃんこれは!!」
全然もういっかぁじゃなかった!!!
こんな小さい子供にとんでもないところを見られてしまった!
紬ちゃんが、見てはいけないものを見たように顔を手で覆う……が、しっかりと指と指の間は目のところで開いていた。
「ひ、陽葵! 離れろって!」
「違くないよ~、ラブラブだよぉ」
ふわふわと夢見心地の陽葵を無理矢理引きはがそうとするが、離れようとすれば離れようとするほどくっついてくる。
「ラブラブだよぉ~」
陽葵がまだ夢の中にいるのか同じ言葉を何度もつぶやく。
「陽葵! 紬ちゃんが見てるから起きろって!!」
「わ、わわ私のことは気にしないで続けてください!」
「そういうわけにはいかないからっ!」
紬ちゃんが顔を真っ赤にしてこっちをまじまじと見ていた。
「陽葵ーーー!」
ぐにっーーと陽葵のほっぺたをつねる。
「いたたたた! なになに!?」
「あのー、
ようやく陽葵が起きたと思ったら、今度は大家さんに目撃されてしまった。
※※※
「お、おかあさん! 佐藤さんがね! 鈴木さんのことぎゅーっとしてね! 気持ち良さそうだった! ぎゅーって気持ちいいの!?」
興奮冷めやらぬ紬ちゃんが朝食の席で大家さんのことを質問攻めにしていた。
「陽葵ちゃん……仲良いのはいいんですけど、まだ小さい子供もいるので」
「……すいません」
陽葵がしょんぼりと大家さんに謝る。
「ま、まぁこんなところで寝てしまったのがそもそも悪かったので……」
う、うまいフォローが思い浮かばない!
しょんぼり状態の陽葵とは対照的に紬ちゃんの目をきらきらしていた。
「おねえちゃん! ぎゅーって気持ちいいの?」
「あははは……」
紬ちゃんの中での心の距離が縮まったのか、陽葵の呼び方がいつの間にか“おねえちゃん”になっていた。
たじたじと陽葵が困り顔を見せる。
「……こいつらいつもこうですよ。辺り構わずいちゃついてます」
省吾くんが大家さんに何のフォローにもならないことを言ってくる。
「しょ、省吾くん! 少しはフォローしてくださいよ!!」
「事実を言っただけだし」
ツンっと省吾くんがそっぽを向く。
こういうときの省吾くんは本当に役に立たない。
「ねぇねぇ! おねえちゃん!」
陽葵はというとまだ紬ちゃんの質問攻めにあってた。
「んっとね、好きな人とぎゅーとしてると凄く幸せな気持ちになるんだよ。胸のあたりがぽかぽかするの」
「えぇええ、そうなんだ!!」
陽葵もついにまともに答えはじまった。
ダメだこりゃ、もう収拾つかないぞ。
「はぁ、もうしょうがないんですから」
大家さんもこの事態をおさめるのを諦めたようにぼそっと呟いた。
※※※
朝食後、みんなでお茶をすすっていた。
紬ちゃんが佳乃さんに肩車されてどこかに連れていかれると、
「それにしても陽葵ちゃんは本当に鈴木さんのこと好きなんですね」
と、大家さんがしみじみとそんなことを言ってきた。
「えへへへ、そりゃずっとずっと好きだったんですもん」
陽葵がとろけた笑顔で大家さんにそう返す。
その言葉はすごく嬉しいんだけど、このガールズトークの場に大変居づらい……。
可能なことなら、一刻も早くこの会話から逃れたかった。
「省吾くん! 雅文さん! 釣りでも行きませんか!?」
この場から逃れたいあまり、二人にそう声をかける。
「それにしても、この甲斐性なしのどこがいいの? 陽葵ちゃんは?」
俺の誘いは軽く無視され、省吾くんもそのガールズトークにあっさり混ざる。
「甲斐性とかそういうの全然いいんです。傍にいてくれれば何とかなると思うので」
省吾くんと雅文さんがちゃかすように「おぉ~」という声をあげる。
「これから春斗くんが、仕事を何をやろうとこれから何をしようと、私は春斗くんのこと好きなだけでこれからのこと大丈夫だって言えるので。それだけは自信もって言えるんです!」
「愛だねぇ」
「愛ですねぇ」
省吾くんと大家さんがそろってそんなことを言っていた。
「じゃあ、春斗はどうなんだよ?」
「……俺ですか?」
ちらっと陽葵のことを見る。
陽葵が俺に向かって、ニコっとほほ笑んでいた。
陽葵のことを見ると、何だか心がぽかぽかする。
不安なことや心配なこともいっぱいあるけど、陽葵と一緒なら全部何とかなりそうな気がする。
「俺だって陽葵と一緒ですよ! 好きなだけでも大丈夫!! 何とかやっていけますって!」
「お前は本当に単純だなぁ」
省吾くんがどこか嬉しそうに、俺たちの言葉を聞いて笑っていた。
第四章 「好きなだけでも大丈夫?」 完
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