第35話 「好きなだけでも大丈夫?」

「よーーし! 私の奢りだ! 食え食えーーー!!」

「用意したの全部私と陽葵ちゃんですけどね」


 日も暮れて、夕食になっていた。


 シェアハウスの庭ではバーベキューパーティー(二回目)が開催されていた。

 今日は、佳乃さんの汚部屋討伐記念と、雅文さんの試合決定おめでとうパーティだ。


「雅文さん、とりあえずおめでとうございます!」

「……ありがとうございます」


 大家さんが、コポコポと雅文さんのコップにビールを注ぐ。

 大家さんのお酌の様子があまりにも絵になるので思わず見入ってしまった。


「雅文さん! 雅文さん! おめでとうございます!」

「……ありがとう春斗」


 雅文さんが、大家さんにつがれたビールをぐいっと飲み干す。

 それを見て、俺も大家さんの真似をして、雅文さんのコップにビールを注いだ。

 無理して飲み干したのか、雅文さんの顔は既に真っ赤になっていた。


「俺、雅文さんの試合すごく楽しみです!」

「……あはは、じゃああんまりカッコ悪いところは見せられないな」


 試合の日程が決まってから、雅文さんの体には闘志がみなぎっていた。

 男として、その様子がすごくかっこよく見えた。


「いいなぁ、雅文さんかっこいいなぁ」

「うん、何だかすごくエネルギッシュになってかっこいいよね雅文さん」


 むっ。

 陽葵にそうは声をかけたが、陽葵の口から雅文さんがかっこいいという言葉が出てしまった。なんだか少しもやっとする。


「えへへ! 大丈夫だよ! 私は春斗くん一筋だから!」


 陽葵に普通に心を読まれる!

 なんだか最近、何も言わなくても会話成立すること多くない!?


「なんだか二人の様子見てると、こっちまでドキドキしちゃいますね」


 大家さんがニコニコしながらこちらに話をかけてきた。


つむぎも鈴木さんのこと大分気に入ったみたいで。この前、紬と楽しくお話してくれたみたいでありがとうございます」


 この前の花火のときのことだろうか。

 あのときは、ちょっとおませな紬ちゃんの質問攻めにあっただけのような気がするが、そう言ってもらえるとやっぱり嬉しかった。


「春斗くん……、私がいるんだからロリコンはダメだからね……」

「なんでそうなる!」


 あらぬ疑いをかけられ、声を荒げてしまう。

 その様子を大家さんがニコニコと見守っていた。


「あれ? そう言えば紬ちゃんは?」

「あぁ、あっちに」


 大家さんが指をさすと、佳乃さんに肩車をされた紬ちゃんがいた。

 ……いや、ぱっと見はすごく微笑ましい光景なんだけど、よく見ると紬ちゃんが怖がっているように見える?


「あの子、高いところ苦手だから」

「いいんですかほっといて!?」

「何事も経験なので」


 今のやり取りだけでも分かる。

 大家さんはあえて自分の娘さんには厳しくしている。

 大家さんが初めて見せるオカンの顔に少しだけびっくりする。


「あの子、すぐ自分の殻に閉じこもろうとするから、佳乃さんくらいぐいぐい来てくれる人が丁度いいんですよ」

「そ、そうですか」


 ぐいぐい来るのが佳乃さんだとあまりにも極端なような気がするが、あんまりそこはツッコまないようにしよう……。


 あれ? そう言えば省吾くんの姿が見えない。

 あたりを少し見渡すと、少し外れたところで省吾くんが一人でちびりちびりとお酒を飲んでいた。


「なに黄昏てるんですか!?」

「げぇ! 見つかっちまった!」

「そりゃ、この人数で誰かいなかったらすぐ見つかりますって!」

「あねごの近くにいると、しこたま酒飲ませられるからな。とりあえず離れてた」

「そういえば、この前ゲロってましたもんね……」

「いいから早く忘れろよ、それ」


 ふぅーと省吾くんが一息つく。


「なぁー春斗、お前は好きなだけでもやっていけると思うか? 将来のこととか大丈夫だと思うか?」

「……」


 なんとなくだが、省吾くんが将来のことで悩んでいるのは分かっていた。

 それを初めて俺に素直に吐露してくれたような気がする。


「……雅文さんが前に言ってました、“好きなだけじゃやっていけない”って」


 確か、佳乃さんに無理矢理山登り連れていかれたときだったかな。

 そのときの言葉は、俺の中で随分重くのしかかっていた。


「……けど」


 今だからこそ、そんな風に思うことができた。


「今の雅文さん見てると、好きなだけでやっていきたいと思いました!」


 省吾くんに俺の嘘偽りない本心を伝える。

 俺がそう言うと、省吾くんがプッと笑った。


「なんだよ! その小学生みたいな答え!」

「えぇええ! だって本当にそう思ったんですもん!」

「お前は本当に単純だなぁ」


 はぁと大きく省吾くんが深くため息をついた。

 何か色んなものを吐き出したような大きなため息だった。


「はぁ、お前らを見習って俺ももう少しあがいてみるかな」

「そうですよ! 好きなことだやって生きていきましょう!」

「うるせぇよ馬鹿」


 省吾くんにお尻を蹴っ飛ばされた。



ジャパーーーー。



「……」


 省吾くんの頭にビールがぶっかけられていた。

 犯人はもちろんあの人……佳乃さんだった。


 上着までびしょびしょになる省吾くん。


「あははは! ショーゴどこ行ったんだと思ったぞ!」

「こういうことされるのが嫌であんたから離れてたんですよ!!」


「わ、私は飲み物もったないからやめたほうがいいって……」


 佳乃さんの足元にはちんまりと紬ちゃんがいた。


 省吾くんと佳乃さんがまたぎゃーぎゃーと言い争いが始まってしまった。

 ……もはやこの光景は、このシェアハウスの風物詩な気がしてきた。


「……春斗」


 雅文さんが後ろからぼそっと俺に声をかけた。


「ありがとうな春斗」


 雅文さんが俺のコップにオレンジジュースをそそいでくれた。

 何がありがとうなのかはよく分からなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る