第34話 「陽葵ちゃんによる墓参り講座」

8月6日



 今日も今日とて、佳乃さんの汚部屋の片付けをしていた。

 昨日はほぼ佳乃さんの部屋の片づけで終わってしまったので、本日は、シェアハウス住人総出の総力戦だ!


 朝食のなめこ&豆腐の味噌汁をお腹に入れ、補給はばっちり!


 今日で必ず、汚部屋を駆逐するのだ!!


「はぁ、やっとゴリラの住処も人間の住まいに戻ってきたなぁ」


 省吾くんが佳乃さんに嫌味たっぷりに声をかける。


「ショーゴ何か言った?」

「……言ってないです」


 自分から挑んでいって、あっさり引き下がる省吾くん。

 最初から何も言わなきゃいいのに……。


「つっても、ここまでやってやったんだから嫌味のひとつも言いたくなるっての。なぁお前ら」


 俺たちのほうを省吾くんがちらっと見る。

 思わぬ形でこちらに飛び火してきてしまった。


「まぁ、そう言わずにここの片付け終わったらみんなでご馳走食べましょう!」


 大家さんがパン! と手を叩き、俺たちのやる気を促す。


「私にとってもここは魔境だったので本当に助かりました……」


 大家さんの綺麗な顔がほっと緩む。


「あとでバルサン炊きますからね!!」


 俺の彼女がバルサンの缶を持って、般若のような顔で勇んでいた。


「あれ? ところでつむぎちゃんは?」

「あぁ、あそこに」


 大家さんが指を指す方向をみると、紬ちゃんが佳乃さんの部屋の前で待機していた。


「わ、私は、後方部隊ということで……」


 紬ちゃんはそのまま佳乃さんの部屋に入ることはなかった。




※※※



 

「「「やっと終わったーーー!」」」


 省吾くんと雅文さん、俺とで一階の和室で大の字になる。


「なんだかんだで丸三日くらい片付けしてた気がするわ」

「想像以上の怪物でしたね」


 省吾くんとそんな会話をしていたら、雅文さんがすっと立ち上がる。


「……俺ちょっと走ってくるわ」


 雅文さんの表情には闘志がみなぎっていた。

 ……前髪が長くて顔はよく見えないけど、とにかくそんな気がした。


「……雅文さんの試合っていつ頃なんですか?」

「大体三ヶ月後の予定」


 シュッシュッとその場でシャドーボクシングをする雅文さん。


 ……三か月後かぁ。

 予定通りなら、俺はこのシェアハウスにはもういなくなっている予定だ。

 なんだか、それはそれで寂しいような気がする。


「雅文さん、俺そのときはここのシェアハウスにいないかもしれないですけど、雅文さんの試合見に行っていいですか?」

「……」


 一瞬、雅文さんが驚いたような表情をする。

 その後、少しだけフッと笑い、


「……ますます負けられないな」


 そう言って、ランニングに出かけてしまった。


「なんだかカッコイイですね雅文さん」

「そうだな……」


 小さくなっていく雅文さんの背中を見送り、省吾くんにそう声をかける。


「お前、結局いつまでいる予定なんだ?」

「……陽葵の夏休みの間って決めてるので、8月20日前にはここを出ようかと思ってます」

「そっか、なんだかんだであと二週間くらいか」

「省吾くん、もしかして寂しがってくれてますか!!??」

「なわけねーだろバカ!」


 そんなはっきり言わなくてもいいのに!!

 仲良くしてた……はずだから、もっと惜しんでくれてもいいのに!!


「お前さ、戻ったら就活するの?」


 省吾くんが真剣な顔で俺にそんなことを聞いてきた。


「……一応その予定です。何ができるか分からないですけど、陽葵もいるのでこのままでいるわけにはいかないので」

「お前も雅文も偉いなぁ」

「……あの」


 省吾くんにあることをひとつ聞こうとしたら、二階から陽葵が下りてきた。


「ごめんね少しだけお話聞こえてきちゃったんだけど」


 下りてきた陽葵が俺の隣に腰を下ろす。


「ダメだよ春斗くん、お墓参りのときもちゃんとおうちに戻らないと」

「えっ!? 墓参り!?」

「そうだよ、ちゃんとお盆にはお墓参りしないとダメなんだよ」


 考えてもいなかったことが、陽葵から言われてしまう。


「えっ? 陽葵ってお盆に一回戻るの?」

「うん、春斗くんと一緒に戻る予定」


 陽葵の予定に勝手に俺が組み込まれていた。


「えぇええ、省吾くんはお盆どうするんですか?」

「まー、俺も一応実家に戻る予定。雅文も佳乃さんもだぞ多分」

「ま、マジですか」


 この状況でここのシェアハウスに一人残るのはつらいものがある……。

 けど、陽葵と一緒に実家に帰るということは本物の“やつら”に会わなければいけないわけで……。

 親には黙ってここにきた手前、なんとなく戻りづらい。


「ダメだよ? 春斗くんも一緒に帰るからね」


 当然のように陽葵に心が読まれる。

 

「ちなみにいつ戻るつもりでいたの?」

「んー二日後の8日は一回うちに戻ろうかなぁと」


 思ったよりもすぐだった!

 これは、避けては通れない大イベントができてしまった。


「大体お墓参りって、その時に親族が親睦を深めるという目的もあるんだよ。ご先祖様にも感謝忘れちゃいけないし、お墓も綺麗にしなきゃいけないからね。だから省吾さんもみんなもお墓参りはしなきゃダメですよ?」

「ひ、陽葵ちゃんによる墓参り講座が始まってしまった……」


 省吾くんがそう言うと、その通りにその後三十分ほど陽葵の講座を黙って聞くことになってしまった。

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