第23話 「待ってあげなよ陽葵ちゃん」

「ごーーはーーんだよーーー!!」


 陽葵ひまりの怒気のこもった大きな声が聞こえてくる。


 ひぃいいい! 

 嫌な予感! 嫌な予感しかしない!!


「か、佳乃さん! 早く下行きましょう!」

「仕事半端なのだけやってくから、先に行ってていいぞー」

「分かりました!!」


 ドタバタと駆け足で、下の階に降りる。


 ——和室の食卓を見ると、そこにはまだご飯は並んでいなかった。


 並んでいるのは、何故か朝の光景と変わらず正座をしている男二人だった。


「……なにしてるんですか二人とも」

「ふっ、ちょっと陽葵ちゃんをからかい過ぎてな」

「……陽葵ちゃんって怖いな」


 省吾くんと雅文さんがそれぞれ俺の問いに答える。

 その陽葵はと言うと、キッチンで黙々と昼食の準備をしていた。


「俺たちは、ちゃんと少しくらい春斗のこと待ってあげなよって言ったんだぞ!」


 フッと省吾くんが笑う。


「あとは任せるぜ春斗、お前の男に期待するわ」

「い、一体どんなからかい方したんですか……」


 そう言われ、恐る恐る陽葵に声をかける。


「ひ、陽葵、大丈夫か? なんか手伝うか?」

「大丈夫、すぐできるから」


 ツンっとそっけなく返されてしまった。

 後ろ姿の陽葵からは怒りからか黄金のオーラがほとばしってるように見える!

 髪が金色で逆立ち、伝説のスーパー陽葵ちゃんになりそうだった!!


「陽葵、なんか怒ってる?」

「怒ってないよ」


 ぜ、絶対怒ってるやつだーー!

 やばい! このままでは大変なことになってしまう!


「省吾くんたちが何か言ったの?」

「それはさっき消化したから大丈夫」


 陽葵曰く、省吾くんたちのことは消化済みらしい。

 どう消化したのかは気になるところだが、今はそれどころじゃない!


「……もしかして、佳乃さんのとこに行ってたから怒ってる?」

「……」

「別に勉強教えてもらってただけだぞ?」

「……知ってる」

「じゃあ、そんなに怒らなくても……」

「……」


 少しだけ重い空気が流れる。


「……だって! だって不安になっちゃうんだもん!!」


 陽葵が耳まで真っ赤にして急に大きな声を出した。




※※※




「急に大きな声出してごめんなさい……」


 みんなでお昼を食べていた。

 陽葵はしゅんと落ち込んでしまって、自分で作った昼食には全然手をつけていない。


「大丈夫、全部春斗が悪いから」

「……全部春斗が悪い」


 俺の味方をしてくれていたと思っていた省吾くんと雅文さんがあっさり裏切る。

 長いものにあっさり巻かれる人たちだった。


「あはははは! ハルトは愛されてるなぁ」


 佳乃さんがバクバクとご飯を食べながら大げさに笑っている。


「本当にヒマリは可愛いなぁ。大丈夫だって、ハルトのこと取ったりしないから」


 佳乃さんが陽葵の隣に座って、陽葵の頭を撫でたり抱き着いたりしてる。


「ほら、ヒマリもご飯食べろって」

「けど、食欲が……」

「いいから!」


 佳乃さんが陽葵の口に指を突っ込み、無理矢理口を開けさせる。


「ほら、ハルト! ヒマリに食べさせてやって!」

「は、はずかしいでふって」


 陽葵が口をふごふごさせながら抵抗している。


 何も知らなければ仲のいい姉妹みたいで微笑ましい光景なのかもしれないが、陽葵と佳乃さんはまだ知り合って数日の関係だ。そんな、出会ってから日も浅い関係の人間の口に指をツッコんで開けさせるなんて中々できることではない……!

 佳乃さんって他人との距離感がぶっ壊れている気がする……。


 ……とりあえず、佳乃さんの言うとおりに陽葵の口に箸を近づける。


「ほら陽葵、あーん」

「もお、あーんしてふって!!」


 陽葵がもごもごと何かを言ってるが、おかずで出ていた野菜炒めを陽葵の口の中に入れる。俺の箸が陽葵の口から離れると、ようやく佳乃さんの指も陽葵の口から離れた。


「おいしい?」

「おいしいけど恥ずかしいよ! やっと佳乃さん離してくれたし!」


 あははははと佳乃さんが相変わらず豪快に笑っていた。




※※※




「じゃあハルト、また分からないところあったら遠慮しないで聞きに来て良いからなー。今度はちゃんとヒマリも連れてこいよ!」

「分かりました……」


 お昼ご飯を食べ終わると、佳乃さんはそう言って自室に戻ろうとしていた。


 軽く返事はしておいたが、あの汚部屋を陽葵には見せるわけにはいかないので、陽葵と一緒に行くという提案は却下とすることにする!

 あんなの陽葵に見せたら、一日中部屋の片付けを手伝うことになってしまう!


「あっ、そうそうヒマリ」


 佳乃さんが自室に戻ろうとしていた足を止め、陽葵に声をかけていた。


「あんまりハルトの邪魔しちゃダメだぞ、ヒマリのためにイイ男になろうとしてるんだから。ヒマリもイイ女にならないとね」

「わ、分かりました!」


 佳乃さんが何かを見透かしたようなことを言って、自室に戻っていった。


「……分かってはいるんだけどなぁ」


 陽葵がボソッとそんなことをつぶやいていた。

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