第22話 「ご飯できたよーー!!」
朝食後、一階の和室で
佳乃さんは仕事で部屋に戻り、省吾くんと雅文さんはなぜか同じ和室で漫画を読んだりしてごろごろしている。
「二人とも……部屋に戻らないんですか?」
「お前こそ、自分の部屋で勉強しろよ」
「だって、自室のテーブルって勉強するには狭いんですもん」
一人だけで勉強だけするなら、備え付けの丁度いいテーブルが自室にはあったのだが、今は陽葵と一緒にいるわけなので二人でテキスト広げて勉強するにはどうしてもそのテーブルだと狭くなってしまう。そんなわけで、一階和室の大きなテーブルで二人で勉強をしていたのだ。
「俺たちはな、お前たちのいちゃいちゃを阻止するためにここにいるのだ。このシェアハウスの秩序を守るために! なぁ、雅文!」
「……おう」
「二人とも相当な暇人ですね……」
省吾くんと雅文さんが決め顔でそんなことを言ってくる。
本当にこの二人かっこ悪いと思いました……。
「春斗なんかすぐ陽葵ちゃんに甘えそうだもんな、この猿め!」
「ひでぇ言われよう!」
「けど、陽葵ちゃんには甘えたいんだろ?」
陽葵の前でどんどんエスカレートしていく省吾くん。
このままでは、どんどん猥談に持っていかれそうだ。
「……勉強してるときはそういう気持ちになりませんって。なぁ、陽葵?」
省吾くんをストップさせるために、陽葵にも話をふる。
さすがの省吾くんも、陽葵と直接はこういう話はすることができないだろう。
「……えっえっ? う、うん! そんなの当たり前じゃん!」
微妙な間で陽葵が俺の問いかけに答える。
その陽葵の様子をみると、省吾くんがニヨニヨと嫌な笑みを浮かべる。
「なるほど甘えたいのは陽葵ちゃんのほうがかぁ。へーー!」
「ち、違いますって! そんなんじゃないですって!」
省吾くんにそう言われると、一瞬で顔が真っ赤になる陽葵。
陽葵 VS 省吾くん は初めて陽葵が劣勢でこのやり取りを終えた。
※※※
「うーん、ここがどうしてもよく分からないなぁ」
もうすぐお昼になる頃だったろうか、読み進めていた簿記のテキストでどうしても分からなくてつっかかるところが出てきてしまった。
「省吾くーん、簿記って分かりますかー?」
「俺が分かるわけないだろ」
「まさふ……」
「分からない」
寝っ転がって漫画を読んでいた男二人に助けを求めるが、案の定分かる人はいなかった。雅文さんにいたっては、聞く前に答えられる始末だった。
「あねごに聞いてこいよ、あの人すごく頭いいから」
「けど、今行くと仕事の邪魔になりませんか?」
「あの大雑把ゴリラがそういうこと気にすると思うか……?」
「ひどい言いよう……」
けど、このまま一人で悩んでても仕方ないので、せっかくなので佳乃さんに聞きに行ってみることにする。
聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥なのだ。
「陽葵、ちょっと佳乃さんに勉強教えてもらいに行ってくるな」
「えっ? じゃあ私も行く」
「なんでだよ」
「だって、女の人の部屋に一人で行くのって……」
「気にしすぎ気にしすぎ、ちょっと分からないところ聞いてくるだけだって」
「……うん」
そう言って、佳乃さんの部屋に向かうことにした。
陽葵の表情が少し沈んでいた気がした。
※※※
「うぅ……なんか緊張する」
佳乃さんの部屋の前に来ていた。
よく考えたら、陽葵以外の女の人の部屋に入るなんて初めてだから緊張する。
コンコン
「はーーい」
「佳乃さーん! すいません春斗です! ちょっと勉強教えてほしいところありまして!」
「おー入っていいぞー」
お姉さまの許可が出たので、扉を開ける。
きっといい匂いがして、花とか飾ってあって楽園のような綺麗な部屋なんだろうなぁと期待を膨らませる。
ワクワク、ワクワク。
——だが、そんな俺の期待は一瞬でかき消された。
カーテンは閉めっぱなしで薄暗く、部屋中にはゴミと脱ぎっぱなしの衣服が散乱していた。
所々に下着のようなものも見えるが、こういう場所にあるとその輝きもくすんでしまっている。いつ食べたのか、いつ飲んだのか分からないような様々な容器もあちこちに転がっている。
俗に言う汚部屋だった、ゴミ屋敷だった。
……さようなら俺の幻想。さようなら俺の楽園。
「す、すごい部屋ですね……」
「あー、ちょっと散らかっててごめんな」
こ、これでちょっと?
これは絶対に陽葵に見つかってはいけないやつだ!
絶対に我慢できなくなって、怒りながら掃除するやつだ!
「で、どうしたんだハルト?」
「……あっいえ、ちょっとここが分からなくて」
佳乃さんは部屋の奥の方でカタカタとパソコンを打っていた。
その手を止めて、佳乃さんが入口近くに俺のほうに寄ってくる。
「……すいません、お仕事の邪魔しちゃって」
「ぜーんぜん大丈夫、今メールの返信してただけだから」
「メール?」
「今ってなんでもネットでやり取りできるからな。案内とかは現地でやらなきゃだけど」
「空き家とか土地の斡旋とかでしたっけ?」
「そうそう! 結構儲かるんだぞ! けど一人でやってるとモヤモヤしちゃうときあるからさ、たまにショウゴとマサフミと遊んですっきりしてるんだ!」
「な、なるほど……」
「それで、どこが分からないんだ?」
初めて、佳乃さんが自分の内面について話してくれた気がする。
なんとなくほっこりしてたのも束の間、テーブルの上にあるゴミ……もとい荷物を手でずさーーーっと豪快にどけていく。
あまりの大雑把さに逆に気持ちがいいくらいだ。
……この部屋のことは何も見てないことにしよう。
俺に見えるのは目の前の綺麗なお姉さんだけなのだ!
「すいません、こことここがよく分からなくて……」
「あー、ここはな」
佳乃さんがテキパキと的確で丁寧に俺の分からないところを分かりやすく教えてくれる。
「ここは基礎の部分だから忘れちゃダメだぞ」
「分かりました!」
「ふふっ」
俺がそう答えると、佳乃さんが優しい顔でほほ笑む。
「頑張れよハルト。何かをがむしゃらにやることって悪いことじゃないから」
「……はい! どれがこれから役に立つか分からないですけど色々頑張ってみます!」
「その調子だぞー」
佳乃さんとそんな話をしていたら、下の階から陽葵の声が聞こえてきた。
「ご飯できたよーー!!」
「あっ佳乃さん、お昼できたみたいなので下行きましょうか」
「お~」
「ごーーはーーんだよーーー!!」
間髪にいれずに陽葵の大きな声がまた聞こえてくる。
……あれ? 声に少し怒りが混じってる気がするのだけど気のせい?
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