本編
第一章 「お前はオカンかっ!!」
第1話 「お前はオカンかっ!!」
7月25日
天気は快晴。
雲一つなく、じんじんと照り付ける太陽が俺の体力を容赦なく奪っていた。
額には何もしていなくても汗が滲んでくる。
クルマを走らせること数時間。
今、まさに山奥のシェアハウスの目の前にきていた。
シェアハウスの回りには小規模ながらもよく手入れされた畑がみえる。
ピンポーン
ピンポーン
「すいませーーーん!」
呼び鈴を鳴らすも誰も出ない。
タイミング悪くみんな不在にしているのだろうか。
辺りをぐるっと見渡してみる。
本当に周りは山!山!山!
田んぼから吹き抜ける風が気持ちよく、水の匂いがするので近くには川もありそうだった。
「そうだよ! これ! これ! これが俺の求めていたものだったんだ!」
休日に指を咥えて見ていた動画の光景が今眼前に広がっているのだ。
思い描いていた光景を目の前にしてテンションが上がる。
「よーーーし! 俺はここで生まれ変わるのだーー!」
「……なにしてんの?」
「……あっ、ども」
後ろから声をかけられた。
そこには金髪のチャラチャラした男がいた。
いかにも軽薄そうだという印象だった。
「……どちらさまで?」
「こここ、ここに入居する予定の 鈴木 春斗 (すずき はると) です!」
「あーそういえば今日だっけ。高橋 省吾 (たかはし しょうご) よろしくな、ウマレカワルノダー君」
「……ぐっ!」
み、見ないフリしてくれても良かったのに!
もう分かった!俺はこの人と仲良くなれない!絶対なれない!
俺の気持ちのジェットコースターは下り坂に入る。
「で、なにしてんの?」
「……呼び鈴押したんですが誰もいないみたいで困ってました」
「あー、ちょっと待っててなウマレカワルノダー君」
金髪の男はとびっきりの意地悪顔で俺にそう言って、シェアハウスの裏手に行ってしまった。
なんて嫌なやつ!
もうこの人はくんだ!くん付けで充分だ!!省吾くんと呼ぼう!!
「大家さーーん、新しい人きましたよー!」
裏手から省吾くんの声が聞こえる。
「あー! ごめんなさい! 今行きます!」
澄んだ女性の声が聞こえてくる。
足早に裏手からその女性がこちらに顔を出した。
「すいません! ちょっと今裏の畑やってまして!」
大家さんと呼ばれる女性がぺこっと俺に頭を下げた。
「か、かわいぃいいいいい!」
その大家さんは、田舎に似つかわしくないような真っ白な肌で綺麗な人だった。
真っ黒な長い髪に真っ黒な瞳が特徴的で、あどけない顔もあいまって年齢はよく分からない。
麦わら帽子に白いワンピースが似合うような、まさに“清楚”という感じな人だった。
いやっほぉおおお!
俺のテンションのジェットコースターが直角に上りはじまる!
こんな綺麗な人と同居できるなんて!あわよくば仲良くなれたりするかもしれない!
「お、お前、全部声に出てるからな……」
「えっ……」
「あはは……ありがとうございます」
引き気味の大家さんの顔がそこにはあった。
※※※
「はい、じゃあ入居の簡単な説明は終わります。これがお部屋のカギですね。場所は2階の省吾さんの隣なので省吾さんに案内してもらってください」
「俺の隣にくるやつがこんな変人だと思わなかったよ」
シェアハウスから入ってすぐの土間の先には大きな共有の和室があった。
その和室で、大家さんから入居の説明を受けていた。
……なぜか隣には省吾くんがいて一緒に話を聞いている。
「あとは自由にしていただいて大丈夫ですけど、悪いことはしちゃダメですからね」
ニコっと大家さんが俺に微笑む。
かわいい!それだけで好きになってしまいそうだ!
「じゃ、私は裏の仕事に戻りますので何かあったら声かけてくださいね」
そう言って大家さんは裏に戻ってしまった。
「……お前、全部顔に書いてあったけどあの大家さん結婚してるからな」
「えぇえええええ!そうなんですか!?」
「そもそもあの人ここに常駐じゃないからな。たまに娘さん連れてきたりするし、旦那さんラブ過ぎるからワンチャンもないぞ。諦めろ」
「そ、そんなぁ……」
突然、省吾くんから死刑宣告をされてしまう。
俺の気持ちのジェットコースターが真っ逆さまに下に落ちる。
「お前みたいなの多いんだよなぁ、大家さん見てすぐ撃沈するやつ」
「……帰っていいですか」
「おう、帰れ帰れ」
秒で失恋してしまい、とぼとぼと2階の俺の部屋に案内された。
「風呂とトイレは共用。台所にあるもの好きに食っていいけど食費は住人で折半だから」
「……はい」
そう言って、省吾くんは自分の部屋に戻ってしまった。
俺も自分の部屋のカギをガチャっと開ける。
「おぉー思ったよりもいいじゃん!」
地の底を這っていたジェットコースターが少しだけ浮上する。
和室6帖ほどの大きさで、簡単な机や棚などの家具が置いてありエアコン完備だった。
思ったよりも整備されていて、想像していたよりずっと綺麗だった。
部屋に関しては全く期待していなかったので思わぬ収穫だ。
持ってきた荷物を部屋の真ん中ににどかっと置きとりあえず横になる。
みんみんとセミの声がうるさい。
思えば、こんなセミの音が気になるほど静かなところに来たのもすごく久しぶりな気がする。
大家さんに関しては少し……いや凄く残念だったが、こういうところでゆっくりしたくてここに来たのだ。
その環境としては悪くないなと感じた。
そんなことを思っていたら、うとうとと睡魔がやってきたのでそのまま身に任せてしまった。
※※※
ピンポーン
ピンポーン
「すいませーん!!」
呼び鈴の音で目が覚める。
何だか聞きなれた声が聞こえた気がする。
「すいませーーん!!」
「はーい」
一階から大家さんの声が応対している声が聞こえる。
「すいませーん,鈴木 春斗ってこちらに来てますかー?」
す、すごく嫌な予感がする。
コンコン
「鈴木さーん、可愛いお客さん来てますよ」
「はい……?」
部屋のドアがノックされ大家さんに声をかけられる。
観念して下の階に降りることにした。
「あーーいたーー! 春斗くん!」
「……何でここにいるんだよ陽葵(ひまり)」
「なんでって心配したからじゃん!」
その子は大きなボストンバックを持っていた。
「忘れ物してない? 着替え足りてる? 春斗くん頭痛持ちだったよね! クスリちゃんと持ってきたよ!」
「……お、お」
思わず次の言葉が漏れてしまっていた。
「お前はオカンかっ!!」
この子の名前は佐藤 陽葵(さとう ひまり)。
家が近所で幼馴染の女の子だった。
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