押入れあやしい



 猛は出かけてる。

 友達の結婚披露宴だ。三時開始だから、移動時間も入れて五時半までは帰ってこない。現在、二時三十分。三時間は安心だ。


 いつまでも新聞なんか読んで出てってくれないから、ちょっとあせったけどさ。


「兄ちゃん。遅刻するよ。新聞、あとで読めるし!」


 そう言って追いだしたのが五分前。


 僕は万一のために、掃除機片手にふすまをあける。よし。誰もいない(あたりまえ)。侵入成功。


「ごめんねぇ。掃除するねぇ」


 そこにいない兄に言いわけして、僕は室内を見まわす。

 やっぱ、怪しいのは押入れかな。

 掃除機を置き、ガラガラとふすまをひらく。

 ニャーと、ミャーコが出てきた。


 えッ? ウソ。ミャーコが猛の部屋に?


「ミャーコ。なんでこんなとこにいるの? 猛につかまったのかなぁ?」


「みゃーん」と言って、ミャーコは出ていった。

 ご機嫌の声だ。猛に追いつめられたふうには見えない。


 僕はミャーコが出ていった押入れをのぞいた。とくに変なものはない。


 布団でしょ。衣服ケース。メダルとかつっこんでるダンボール。ハガキや手紙が入ってるダンボール。教科書が入ってるダンボール。

 はぁ……ダンボールだらけだなぁ。


 なかに入って調べても怪しいものはなかった。

 うーん。絶対、なんか隠してると思ったのに……。


 そのとき、玄関でガチャガチャ音がした。続いて、ガラッと戸がひらく。


 うっ……ウソだろッ?

 猛、帰ってきたんですけど!


 僕は押入れのふすまをしめた。すると、どっかから光がもれてくる。

 なんで? 昼間とはいえ、ふすまをしめれば、完全な暗闇のはず。


 光のほうをながめる。

 あっ。天井板がズレてる。

 僕は立ちあがり、天井裏をのぞいた。

 あれ? 思ったより広いな。なるほど。ミャーコはここから出てきたのか。天井裏の散歩してたんだな。もしかしてと思ったけど、ここも隠し場所じゃなかったか。


 それより、とうの猛が僕を呼んでる。


「おーい。かーくん。祝辞の原稿忘れたよ。持ってきてくれ」


 足音はすでに廊下まであがってきてる。

 困った。出たら、兄ちゃんと鉢合わせだ。


 どうする? 出るか?

 そうだ。掃除機だ! 掃除機持ってれば、不自然じゃない!


 僕は急いで押入れをぬけだした。あんまり、あわてたんで布団がくずれおちる。

 悲鳴とハデな音をたてて、僕は押入れの外にころげおちた。


 ガラッとふすまがあいて、猛がとびこんでくる。


「何してんだ? かーくん」

「えっと……」


 ど、どうしよう。この状況。最悪だ。言いわけしようがないィー。


 礼装で目の前に立つ猛。

 こっちはこけてるんで、必要以上にデッカく見えるなぁ。


「かーくん?」

「はい……」


 あっ、怒る? 怒るのか? 猛。


 しかし、そのとき、布団をひっぱった僕の頭の上に、ぽこんとなんか落ちてきた。


「イテッ!」


 なんだ、このお盆みたいなのは。

 僕はなにげに手にとった。

 アルバムだ。

 なにげにとって、なにげになかをあけた。

 その瞬間、ものすごい速さで猛が奪いとった。


 は、速い!

 今、手の動きがマンガみたいに残像で見えたんだけど。


「猛? なにそれ?」

「えッ? 何が? 兄ちゃん、急いでるんだよ。友人代表が遅刻するわけにいかないだろ」

「市内のホテルだろ? タクシーとばせば五分でつくよ」

「うん。じゃあ、行ってくるな」

「うん。行ってらっしゃい。だけど、猛。アルバムは置いてきなよ。かたしとくからさぁ~」

「……」


 猛はさりげなく、礼服の上着のなかにアルバムをつっこもうとしていた。


 まちがいない。

 これが猛の秘密だ。さては布団のあいだにでも隠してたな。

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