何故初期装備がヒノキの棒なのか

Nemo

プロローグ

 ベキリ ボキリ


 また1人誰かの腕が折られた。


 誰かの足が吹き飛んだ。


 終わらない絶叫、のたうち回る名前も知らない誰か。やがてそれは物言わぬただの肉塊となる。

 これが地獄でないのならなんなのだろうか。

 胃から酸っぱいものが逆流しそうになる。


 人が死ぬのを見るのはこれが初めてではない。父が魔物に食われる瞬間を見た。戦士として敵を殺したこともある。勇者の力があっても守りきれなかった子供がいた。いくつもの死を見た。

 それでもこれより酷い光景はなかった。

 死者が文字通りの肉の塊と化すのだ。人であった頃の原型などどこにもない。


 ついに我慢しきれず胃の中のものを地面にぶちまける。


『ドウシタ、コレデ終ワリカ?』


 この惨状を引き起こした元凶、混沌の具現カオスの声が響き渡る。毎度毎度何故こうも音量が大きいのか。思わず耳をふさぎたくなるが腕が思うように動かない。


 なぜだ。


 なぜこうなった。


 なぜ___






×          ×


 それは唐突に起こった。


 明確な形を持たない漆黒よりも黒き怪物たちの集団発生。


 その泥のような体にひとたび取り込まれれば命はない。


 次々と増殖するそれらの対処に各国は後手に回っていた。


 数日後、彼らはその正体を知ることとなる。


 突如として曇天に浮かび上がる巨大な人型の幻影。


 それは泥の怪物、通称『黒泥』と同じくどんな黒よりもなお黒く、かろうじて人型を保っていたが細かな形は常時変化し続けていた。


 おおよそ口にあたる部分がどこにも見当たらないにもかかわらずその黒き巨人の声はどこまでも響き渡った。


 曰く、彼の名はカオス。人の祖先が誕生するとともに産声を上げた厄災。人類を忌み嫌い滅ぼさんとするもの。


 人々はすぐには信じることができなかった。


 カオスという名には聞き覚えがある。人間と神々の天敵であり、何度倒しても300年後には復活する恐るべき魔神。


 そう、300。復活には300年が必要なのだ。


 最後に討伐されたのは今から100。早すぎるのだ。


『フッ、ドウヤラ信ジラレナイヨウダナ。マァムリモナイ』


『ダガ……復活ニ300年ガ必要ナドト誰ガ言ッタ?』


 魔神は狡猾だった。そして誰よりも我慢強かった。


 どうすれば人間を滅ぼせるか深く考え続け、一つの結論に至る。


 あえて自分に縛りをかけようと。


 復活地点、全快までに必要な年数、地上に現界する時刻、現界するための条件。他にも思いつく限りの制限を設け、それら全てを厳守した。


 神も人も熱心に対抗策を練り続けた。魔神の習性や弱点なども判明次第即座に伝達して回った。


 故に見事に騙された。


 自分達が必死に調べ上げた条件は魔神の意志一つでいつでも破棄できるなどとは考えもしなかった。


 だがそれも無理からぬことだ。


 あれだけ人間を嫌悪し、感情のままに暴れ回る怪物がまさか誰よりも忍耐力に優れていたなどと誰が想像できただろうか。


__耐エタ


__ヤット


__ヤットダ


__眷属モ大量ニ増エタ


__神ハスグニハ現界デキナイ


__後ハ__



『サァ、覚悟セヨ人類』


『オ前達ノ運命ハモウ終ワリダ』


『フッ、ハハッ、ハアァーッハハハハハ!』


 怪物は、笑う。


 笑う。笑う。笑う。


 されどその心に慢心はない。現在も緻密な計算を繰り返し続けていた。




 やがてカオスの幻影が消失する。


 されど曇天は晴れぬまま。


 ゴロゴロとどこか遠くで雷の音がした。

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