熊男の勘違いを正す
「王家は、リースト侯爵家を含むリースト一族の貴族家の当主に、一族の者以外が就くことを認めていない」
静まり返った練兵場で、黒髪黒目の王太子ユーグレンが冷静に指摘した。
現時点でリースト家の一族には、上から侯爵位をはじめとして、他に従属爵位として伯爵位ひとつ、子爵位ひとつ、男爵位ふたつを保持している。
すべての家の当主は、リースト家の一族の血を持つ者だけだ。外部からの伴侶や養子が後継者になった例はひとつもない。
「リースト家は特殊な魔力使いの血筋で、血族特有の魔法剣や魔法、魔術をいくつも受け継ぐことから、当主となる者は本家筋の最も魔法剣を多く扱える者と決まっている」
「なっ。で、ですが王太子殿下! 俺とオデットが結婚して子供が生まれれば、それが次のリースト侯爵でしょう!? ならばその子供の父親となる俺がリースト侯爵を名乗っても構わないはずだ!」
ようやく壁にぶつけられた衝撃から立ち直ったサムエルが、ユーグレン王太子に向けて食ってかかった。
「それなのだが。そもそも、前提が間違っている」
溜め息をつくユーグレン王太子。
本当に、まったくこのサムエルという男はわかっていなかったのか、と呆れている。
「ドマ伯爵家の五男サムエルよ。お前はもしや、大きな勘違いをしているのではないだろうか? 今のリースト侯爵は、そこのオデット嬢ではないのだぞ?」
「……は?」
仮にも一国の王太子への反応ではないが、この場は不問だ。
話を続けるのが先である。
「だからオデットとお前がこのまま結婚しても、まず生まれた子供は侯爵令嬢なり令息なりにならない。お前はいったい、何を根拠に自分がリースト侯爵になれると思い込んでいるのだ?」
「へあ!?」
思わず、といったふうにサムエルの口から漏れた声に会場のそこかしこから笑いがこぼれる。
そう、まさにそこからして、おかしいわけだ。
「現リースト侯爵は、ヨシュアといって、先代当主の嫡男で私の……大切な親友だ。そのヨシュアの父方の叔父が以前の伯爵位を継承して、オデットはその叔父御の養女となっている。オデット嬢の今の身分はリースト伯爵令嬢だ」
「そ、それはつまり……?」
「オデット嬢と婚約しているお前が結婚した後は、リースト伯爵令嬢の婿養子の立場になる。次の伯爵位はオデット嬢、オデット嬢が産んだ子供の順で継承されることになる。……理解できただろうか?」
ユーグレン王太子の問いかけに答えたのはサムエルではなく、オデットだ。
「いいえ。婚約は破棄させていただきます。私はドマ伯爵令息サムエル様が私より強いと思ったからこそ婚約していたのであって、それは大きな誤りであったことが今ここで証明されました。これはじゅうぶんな婚約破棄の理由となります」
ちなみに今日の時点で、婚約からは一週間と経っていない。
思っていたよりずっとサムエルが愚かだったから、短期決戦で済んでいた。
「そうですわね。“破壊のオデット”の婿がこれほど弱くてはお話になりませんもの。オーッホホホホ!」
グリンダが嘲笑混じりに追撃した。
豪奢な金の巻き毛の彼女が扇子を顔の近くに持ってきて高笑いすると、実に似合う。そして笑われた側は心が抉られる。
この時点で、ドマ伯爵令息サムエル、その父親ドマ伯爵はもう立場をすっかり失っている。
だが、まだだ。これで終わりではなかった。
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