リースト伯爵令嬢オデットの執念
「皆様、ご観戦ありがとうございました」
光り輝くダイヤモンドのメイスを手に持ったまま、観覧席に向けてオデットが優雅に礼をした。
そして最初は躊躇いがちに、やがて嵐のように盛大な拍手が勝者に送られた。
「解散の前に、皆様にご報告がありますの。少しお時間を頂戴願います」
何事かと観覧席がざわつく。
オデットのメイスに壁まで吹き飛ばされたサムエルはまだ伸びたままだ。
そのサムエルの父親のドマ伯爵は固唾を飲んでオデットの言動を見守っている。さすがにオデットの醸し出す不穏な空気を察知したと見える。
「私、オデット・リーストの婚約者であるドマ伯爵令息サムエル様には少々問題がありましたの。でも私だけでは判断がつかないので、皆様のご意見を賜りたいのですわ」
言って、オデットは軍服の胸元から数珠繋ぎの透明なネックレスを引き出した。
ひとつひとつが小さな珠の形をした魔法樹脂のネックレスだ。
「これから皆様にお聞かせするのは、すべてドマ伯爵令息サムエル様の発言を記録したものです」
オデットは魔法樹脂の珠に魔力を込めた。
魔法樹脂には術者の力量によって、音声記録の可能なことが知られている。
『俺がリースト侯爵となって、君とこの家を守っていくよ。君は俺の隣で美しく笑っていてくれるだけでいいんだ』
まず最初に再生された音声に、練兵場からは人々のざわめきが消えた。
声は間違いなくドマ伯爵令息サムエルのものだ。
大きなダミ声は特徴的で間違えようもない。
先ほど、オデットを罵っていた声とも同じものである。
会場の観覧者たちの反応は二つに分かれた。
どちらも当然、今回どのような主旨でオデットとサムエルが対戦しているかは理解している。
体術に優れた婚約者が学園を卒業する前に、最後に一度戦ってみたいという魔法剣士のオデットの希望による試合だ。
一方は、平民の騎士たち。特にサムエルの台詞に違和感を感じたような様子はない。男がオデットのような美しい婚約者に愛を囁いているものだと受け取った。
つまり、微笑ましさと、美しい令嬢を婚約者にしているサムエルへの多少の嫉妬。
もうひとつは、騎士や外部からの見学者も含めた貴族たち。
彼らが見せているのは困惑と怒りだ。
なぜ、婿養子となるはずのドマ伯爵令息サムエルが「リースト侯爵になる」のか?
そもそも現在、リースト侯爵家には伯爵から侯爵になったばかりの当主がいるではないかと。
それからオデットは、サムエルによる「自分がリースト侯爵になる」の勘違いを録音保存していた魔法樹脂をひとつずつ再生していった。
観客が辟易とするほど、証拠の音声は大量だった。
ネックレスにしていた音声を記録した魔法樹脂の数珠は100個以上ある。
「わたくしも、まさかたったの数日でこれほど音声記録が集まるとは思いませんでした。ドマ伯爵令息、何とも愚かな男です」
ウェイザー公爵家の茶色の軍服を着たグリンダが眉間に皺を寄せて、こめかみを押さえている。
「庶子とはいえ貴族の端くれ。もうちょっと策謀らしきものを張り巡らせて欲しかったですわ」
一方、グリンダたちから離れた観覧席では、息子の晴れ舞台だと思ってやってきていたドマ伯爵など、顔を真っ赤にして今にも卒倒しそうだ。
人々はこの青銀の髪の麗しの少女が、まさにリースト家の者らしい執念深さを持つことをその目で見ることになったのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます