黒髪黒目の王弟殿下


 女王と入れ代わりにヨシュアが戻ってきて、一緒に歴代王族の姿絵を飾っている広間を観覧してくることにした。


 オデットのお目当ては、もちろん自分の王女殿下だ。

 当時の王姉グレイシアの絵姿は、学園生時代の十代のものと、晩年近くの三十代半ばのもの2枚が掛けられている。




 先々王の末っ子の絵姿の前に来たとき、ヨシュアの足が止まった。

 ヨシュアはオデットと同じ、銀の花咲く湖面の水色の瞳を泣きそうに細めながら、その黒髪黒目の少年の絵姿を見上げている。


「カズン様……」


 アルトレイ女大公令息カズン。


 ヨシュアの同い年の幼馴染みで、現在はこの国を出奔して行き先がわからなくなっている人物だ。

 齢九十を超えてなお壮健だった黒髪黒目の偉大な先々王ヴァシレウス大王と、後添えの甘やかな顔立ちをした金髪碧眼の美女の母親の間で、黒縁眼鏡の少年が穏やかに笑っている。


「優しそうな方ね?」

「ああ。とても優しくて、……オレの大好きな人なんだ」


 絵姿を見上げるヨシュアは、オデットの目にはとても辛そうな、悲しそうな様子に見えた。


(あなたもかわいそうな恋をしてるのね。ヨシュア)


 オデットの淡い恋は終わってしまったが、彼らはどうなのだろうか。


 世界全体の流れとして同性婚はこのアケロニア王国でも許可されているが、そういう具体的な関係までは進んでいなかったと聞く。

 ただ、幼い頃からの幼馴染みで、ずっと一緒にいた親友だったとの話だ。


 ヨシュアはリースト伯爵家の当主で今年23歳だが、まだ独身。

 そろそろ結婚して子供を作るよう一族もうるさく言い始めるはずだった。




 リースト伯爵家のタウンハウスの敷地内の木陰に設置されたハンモックに寝転びながら、オデットは近年分が追加されて編纂され直したアケロニア王国史に目を通していた。


 ヨシュアたちから聞いてはいたが、史実を確認しておこうと思ったのだ。


 5年前、この国では前王家のロットハーナ一族の末裔が猛威を奮い、偉大な先々王ヴァシレウスがその邪悪な錬金術で黄金に変えられるという大事件が起こった。


 そのときロットハーナの末裔と戦ったのが、まず当時の王弟カズン。

 王宮の広間でヨシュアが見上げていた絵姿の、黒髪黒目の優しげな少年のことだ。


 現王太子のユーグレンもで、彼はオデットが解凍されたとき受け止めてくれた、憧れの王女殿下とよく似た男性だ。

 オデットの王女殿下の弟の子孫にあたる。


 そしてここ、リースト伯爵家の当主ヨシュアだ。

 彼ら三人は同じ学園の同級生だったのだ。




 王弟カズンは逃げたロットハーナの末裔を追って出奔。


 ユーグレンとヨシュアは、ロットハーナから受けた負傷でしばらく身動きできない状態になったという。


 ユーグレンのほうは半年で回復したが、より重体だったヨシュアは何と4年もの間、寝たきりで養生する羽目に陥っていた。

 今でこそ元気な姿を見せて執務に励んでいるが、それはここ1年ほどの必死のリハビリの結果だそうだ。


 今オデットが揺られているハンモックは、彼の叔父ルシウスが、甥のヨシュアの慰めになればと思い設置したものだという。


 ゆらゆらと空中で揺られていると、不思議と気持ちが穏やかになって心地よい。


 まだ二月で空気が冷たいが、ハンモック周辺を大きく魔法樹脂のドームで覆って太陽光を集めているから、中のオデットは暖かく快適だった。




 王弟カズンはヨシュアの幼い頃からの幼馴染みだったそうだ。


 本当は王弟がロットハーナの末裔を追って出奔するとき、ヨシュアも同行したかったらしい。

 だがあまりにも負傷が酷すぎて、叔父のルシウスが必死になって止めたと聞く。


 その王弟カズンは今もまだ逃げたロットハーナの末裔を見つけられず、広大な円環大陸中を旅して回っている。

 ヨシュアはそんな彼を、ここアケロニア王国にいながら支援しているそうだ。


(冒険者ギルドに金を積んで、ギルドのネットワークを使って、か。何を見返りに要求されたのかしらねえ)


 ヨシュアは、先日、王族廟を訪れたとき王宮で王太子と面会してきて以降、少し様子がおかしい。


 屋敷には商人が次々と出入りしていて、敷地内の倉庫が一棟埋まりつつある。

 また冒険者ギルドを通じて先王弟カズンに物資を送るつもりなのだろうか。


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