同じ名前の女王グレイシア
気が済むまで王女殿下の石碑と語り合い、廟を出るとそこでヨシュアが待っていた。
だいぶ長い時間待たせてしまったはずだが、本人は涼しい顔で廟の入り口近くにあるベンチに座っていた。
「もういいのかい?」
「……また来たいわ」
差し出されるハンカチを受け取りながら、次の許可申請もしっかり強請るオデットだった。
そのまま自宅に帰るかと思いきや、ヨシュアが王宮の王太子に用があるとのことなので、こちらはオデットが付き合った。
すぐに用事は済むから時間を潰していて欲しいと言われ、王宮内のサロンでお茶をご馳走になっていると、意外な人物がオデットを訪ねてきた。
「お前がオデットか。噂には聞いていたが、さすがリースト伯爵家の娘よな。麗しい。お帰り、よくぞ戻ってきた」
女王グレイシア。
かつての先輩グレイシア王女殿下と同じ名前の現女王が、百年の眠りから覚めた噂のオデットの顔を見に来たのだ。
黒い軍服に身を包んだ長身の女王陛下の姿に、オデットは息が止まりそうになった。
グレイシア女王は今年で47歳。
そしてアケロニア王国の王族は、黒髪黒目と端正な顔立ちが特徴。
女王もまさにアケロニア王族そのものの容姿をしていた。
腰まである長い黒髪、輝く黒い目。
そして豊満な胸元、健康的に括れた腰。
足元は赤いハイヒールだ。よく似合っている。
(声まで同じ……)
ああ、別れた後の王女殿下が歳を取ったらこうなるだろうな、というまさに見本のような人物だった。
公式の場ではないから、正式な礼でなくても構わないだろう。
オデットはソファから立ち上がり、胸元に手を当てて軽く頭を下げた。
「アケロニア王国の女王陛下にご挨拶申し上げます。リースト伯爵家のオデットと申します。……お会いできて光栄ですわ。せっかく涙が止まったのに、また泣いてしまいそう」
「わたくしはそんなに似ているか? お前の王女殿下に」
「……ええ。瓜二つですわ。先輩、生きてたの? って言いそうになります」
ははは、と大きく笑うその声と笑い方までよく似ている。
ただ、似ているのは容姿と立ち居振る舞いだけだ。
ずぼらで抜けたところも多かったオデットの王女殿下とは違い、この女王陛下には隙がない。
笑いながらもその眼光は鋭く、オデットを見定めようとしているのがわかった。
「お前が来ていると聞いて、執務を放り出して来てしまった。お茶一杯飲む時間だけ、わたくしに付き合ってくれるか?」
「もちろん、喜んで。女王陛下」
それで新たに侍女に紅茶を入れて貰って少し話をしたが、すぐに意気投合した。
「やはり女は」
「強くないと、ですわ」
この女王陛下も、なかなかの武闘派のようだ。
アケロニアの王族はオデットのような魔法剣は作れないが、バックラーという利き手とは逆の腕に短剣付きの小型の盾を魔力で作り、護身に使う伝統がある。
それで聞き手には剣を持つか、徒手空拳かで戦うわけだが。
「先々王のヴァシレウス大王が、バックラーを改造してな。盾を大型にして腕に装着する形から、メイスのように鈍器としても使える形に発展させたんだ」
「それもうバックラーとは言いませんよね?」
メイスのような、ではなく、メイスそのものだ。多少アレンジは利いているものの。
あるいはハンマーか。
「うむ。それは誰もが突っ込むところだな。だが、盾部分で敵をぶん殴り、盾だから反撃をそのまま防げる。先端には剣もついてるから、そのままザックリやることもできる。攻守を兼ね備えた最高の武器と化した」
「王家にそのような武器加工の趣味をお持ちの方がおられたとは。見てみたかったですね、メイス型バックラー」
先々王ヴァシレウスは大王の称号持ちの偉大な王で、5年前に97歳で亡くなっている。
オデットが誘拐された年はまだ生まれていなかった人物だったと思う。
そういえば、と最後の一口を飲み干して、グレイシア女王がカップをソーサーに置いた。
「王姉グレイシアの姿絵があるから見ていくか?」
「是非に!」
食い気味に返事したオデットに、豪快に笑って女王はオデットの青銀の髪の頭を撫でて、サロンから執務室へと戻っていった。
絵姿の閲覧許可を出し、すぐに案内役を寄越してくれると言い残して。
(アケロニア王族、ほんと誰も彼もそっくり。それだけに辛いわ)
先輩だった王女殿下がもうどこにもいないのだと、思い知らされる。
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