オデットを陥れた者たちのその後
「フォーセット侯爵令嬢の婚約者だった男の家は、まだ残ってるのかしら?」
学園へ入学してすぐの頃、オデットに告白してきて、断られたら逆上してオデットばかりか深く慕っていた王女殿下まで侮辱した下衆の家はどうなったのか。
「フォーセット侯爵家の分家だったね。そちらは君を誘拐する手引きを行った主犯を出した家として、貴族社会で排斥されて家ごと数年後に没落している。本人は事件の犯行が判明した直後に修道院へ入れられているが、四十代後半に病気で死んでいる」
「ふうん」
「規則の厳しい修道院だったそうだが、あまり反省した様子は見せなかったようだね。まあ、それはフォーセット侯爵令嬢のほうも同じだったようだが」
侯爵令嬢はまた別の修道院に入れられたそうだが、こちらは七十歳近くまで修道女の模範として生きて老衰で亡くなっている。
しかし晩年、オデットのことを陥れたことを今ではどう思っているのかと人に聞かれた彼女は、微笑んでいたという。
それでまったく、本人は反省も何もしていなかったことが判明したそうだ。
(フォーセット侯爵令嬢。随分と品のある、高貴な顔立ちと所作の人だったわね)
オデットが覚えているのは、奴隷商に身柄を引き渡されるとき、そのペールブルーの瞳の瞳孔を全開にして、見ているこちらが異常を感じるほど大喜びしていた令嬢の姿だ。
学年はオデットより一学年上だった。
灰色の長い髪をハーフアップにした華奢な彼女は、学園内では密かに男子生徒たちからの人気があったようだと記憶している。
(私に婚約者を奪われたと思ったなら、誤解にしろ何にしろ本来は家を通じて私の家に抗議するのが筋のはず。……誘拐して奴隷商に売り飛ばすなんて発想、頭がおかしいとしか思えないわ)
「私が誘拐されたことは、どのようにして判明したの?」
「単純さ。本人たちが学園で自慢げに、君を奴隷商に売り飛ばしてやったと取り巻きたちに話していたんだ。それを偶然通りかかった生徒会長だった王女殿下が聞いてしまった」
王女殿下もさすがに自分が何を耳にしたか俄かには信じられなかったそうだが、即座に衛兵に彼女たちの身柄を押さえさせて王都騎士団の本部で尋問させた。
すると呆気なく侯爵令嬢もその婚約者の男も自分たちの悪事を白状したということらしい。
「だが、事実が判明した頃には既に君は奴隷商に売られて、行方がわからなくなっていた」
「……オークションにかけられてね。豚みたいな男に落札されたの。魔法樹脂はそのとき発動したのよ」
王女殿下もリースト伯爵家も必死で捜索したが、オデットを見つけることはできなかった。
奴隷商側も彼らの特異な立ち位置から情報隠蔽の術に長けている。
ましてや人身売買オークションなど鉄壁のセキュリティだ。
当時のアケロニア王国やリースト伯爵家の力では突破できなかった。
「……私がいなくなった後、この家は彼らに何かした?」
リースト伯爵家は歴史のある家で、魔法の大家だ。
良い意味でも悪い意味でも頭の良い一族で、酸いも甘いも噛み分けて物事を判断し、その上で己の欲望に忠実である。
「暗殺などの手段は取らなかった。侯爵令嬢もその婚約者の男も、それぞれの修道院から決して出さぬよう手を回したぐらいだ」
「……だと思ったわ。クレオンお兄様、優しい方だもの」
「甘い対応とまでは思わないけどね。当時まだ十代の少年少女が、ずっと修道院の敷地の中から出られないわけだから。それで死ぬまで何十年も籠の鳥だ。家族との面会も手紙のやり取りも許さなかったそうだよ」
「……そう」
物理的な痛みを与えるより、精神的な苦痛を与え続けることを選んだということらしい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます