File∬Finale

教会に着いた私達は、辺りを見渡す。



外見に変化はないし、外縁には誰も居ない。

待っていると書かれていた所を見るに、教会の中に誰かが居るのだろう。


教会の扉を開ける前に、色々なシチュエーションが浮かぶ。


犯人が居て、三戸森とルオシーを殺害している光景。


三戸森とルオシーがドッキリでした、と言って笑っている光景。



正と負のイメージ。


どちらが正解なのか。


私が固唾を飲み見守る中、先頭の七加瀬が教会の扉を開く。


扉を開き見えた風景は、私の予想していた光景では無かった。



一番初めに目に飛び込んできたのは、女神像の前で椅子に縄で括り付けられたルオシーだ。


目を閉じて俯いている所を見るに、気絶しているのだろう。


そして次に目に入るのは、その手前にある迫間がこの島に持ってきた彫刻像の台の上に置かれた、20:00とモニターに表示された大きな箱の様な物だ。


その数字には変動がないが、とても不気味な事に変わりはない。

そう、まるでタイムリミットの様な・・・



「ルオシーさん!」



七加瀬はルオシーの名前を呼ぶが、返答はない。


返答が無い事を確認すると、七加瀬は周りを警戒しながら少しずつルオシーに近づく。


私達もそれに続く。


そして、教会の半分あたりまで来た時に、ソイツは現れた。


「おっと、そこで止まっていただけますか?」


ソイツは女神像の後ろから現れ、私達に声をかけてくる。


「ああ、あと動かないでくださいね。“コレ”、勢い余って押しちゃうかもしれませんから」


その手には、スイッチの様なものが握られていた。


辺りに緊張が走る。


「別に喋るなとは言って無いですよ。それはご自由にどうぞ」


その言葉に、七加瀬がその人物を睨みながら叫ぶ。


「これはどういうつもりだ?聞かせろよ、三戸森!」




それは教会の中を見た時から予想できていた事であった。



ルオシーが括り付けられているのなら、後は彼しか居ない。


この島に来てからずっと好青年を貫いていた彼が、まさか・・・この事件の犯人であるなど、とても信じ難い事であった。



「教会の定義って知ってますか?」


七加瀬の質問に、至極見当違いな質問を返す三戸森。


「そんなの知るか」


「ハハハ!そうですよね!知らないですよね!別にそれでいいんです!教会はエクレシア、つまり人々の集いから転じた言葉で、人々と信仰が集まる場所さえあれば、それはもう教会なんです!つまり教会には人さえ集まれば、何が置かれていてもいい!女神像が置かれていても教会!煌びやかな燭台が置かれていても教会!・・・だから、こんな大きな爆弾が置かれていても、もちろん罰当たりにはなりませんよねぇ?」


そう言い、三戸森はモニターのついた大きな箱を撫でる。


その言葉に、誰もが悪寒が走る。


迫間の持ってきた像より少し小さい程度の大きな爆弾。


そういうと小さく聞こえるが、大きさでいうと成人男性1.8人分程度の大きさの爆弾だ。


起爆したら、どの程度の被害になるか判った物では無い。


「み、三戸森?わ、悪い事は言わん、スイッチをこっちに渡せ。これからは三戸森には自由な時間を与える。それでいいだろう?」


「自由な時間?別にそんなのどうでもいいですよ。そもそも私、いや私達使用人は奴隷として貴方に買われたのですから。もとより人権なんてありません。何たって、物なのですから」



「ふーん、そういえば聞いたことあるね。最近人間を奴隷と言って、金持ちに売買している裏市場があるとかって話だ」


こんな状況ながらも、迫間は仮名山を睨みつける。


「そ、それは・・・そのだな・・・」


「そうです。仮名山様のサイドビジネスの一つですよね!それで巨額の富を得て、こんな島まで作ってしまうのですから!そして、そこに暗示によって主人に暴力を振るえない整形した人形達を置いて遊ぶなんて。フフフ、全く貴方は・・・最高ですよ!」


「そ、そうだ!お前は私に暴力を振るえない筈だ!!!だからそのスイッチも押せない筈だ!違うか!」


そう叫ぶ仮名山は、スイッチを持つ三戸森に指をさす。


仮名山の一本取ってやったという顔を、三戸森は涼しい顔で流す。


「いいえ、押せますよ。だって私は貴方を傷つけようとはしていない。むしろ、尊敬しているのですから」


「はぁあ?」


仮名山は心底不思議そうな顔をする。


「わ、私が憎くてやったんじゃないのか?」


「それならば、もっと違う方法をとります。それに、何故憎まなければならないのですか!貴方は、私の美術の師なのに!」


「で、でも私の作品は、全て・・・君の作った物ではないか!!」


そうだ、アトリエでの違和感がやっと分かった。


仮名山と三戸森のアトリエは、あまりにも二人の個人の色が出ていない。


あれは、実際は三戸森しか作品を作っていないからだったのか。


そんな事を今更ながらに思うが、しかしそれがどうした。


状況が飲み込めない、頭がこんがらがってどうにかなってしまいそうだ。


一体どうして、三戸森は使用人を殺して回ったんだ?!



その答えは、直ぐに三戸森が教えてくれた。



「いえいえ、私はそんな小さな事を言っているのではありません。私は貴方の行いを見て気づいたのです。真に美しい物とは、散ってこそ意味があると」


「散ってこそ意味がある・・・?」


「そうです!!美しい物!綺麗な物!どれも世界に一つしかない、取り返しのつかない物だ!!!それが散る!!もう手に入らないのにですよ!!しかし、儚く散る最後の瞬間がとんでもなく愛おしく、美しい!最後の灯火こそ、真に美しい物なのです!貴方は私にそれを教えてくれた!貴方が美しい奴隷達を、毎晩毎晩と己の性欲で汚していくのを見るのが、私にはとんでもない快感だったんだ!」


仮名山は三戸森の底の見えない狂気に身を震わせながら、それでも語りかける。


「だから使用人達を殺したのか!?」


「そう、僕も汚してみたいと思ったんです。悪い事ですか?」


そして先程までの興奮を一息置いて、突然冷静になり三戸森は真顔で話す。


「ルオシーもさっきから騒がしいのに全然起きないでしょう?実はもう死んでるんです。美しいままでいてほしいので毒殺して、椅子に括り付けているんですが、まるで生きているみたいでしょ」


仮名山の顔は恐怖に染まっていた。


当然だ、こんなモンスターを生み出したのが、まさか自分の行いのせいとは思わなかったのだから。


そしてそれ以上仮名山は何も言えなくなってしまった。


目の前の人物が怖くて、そして、同じ人間とは思えなくて。


何故仮名山のその心境が私に分かったかというと、私も全く同じ様な事を考えていたからだ。


一体三戸森は、どんな心境で私達と話し、過ごしていたんだろう。


私には分からない。



狂気が、理解できない。



「そしてこの爆弾を爆発させて、最後の仕上げは終わりです。ルオシーと教会。美しい物二つの最後の灯火を見つめながら、私も最後の瞬間を迎える。フフフ、芸術は爆発だなんて言葉もありますが、よもや再現できるとは思いませんでした」



そして愛おしくルオシーを見つめる三戸森。


そして、その手に持つボタンを押した。




直ぐに爆発はしなかった。


ただ、20:00と表示されたモニターが動き出した。


数字の動き方を見るに、どうやら20分がタイムリミットの様だ。



「さあ、特に美しくもない貴方達は直ぐに離れた方がいい。巻き込まれても知りませんよ」



「最後に、いいか?」


やりたい事は終わったと、爆弾に腰掛ける三戸森に七加瀬が話しかける。


「はい、何でしょうか?」



「密室はどうやって破ったんだ?」



「ああ、簡単な話ですよ」


そういうと三戸森は、懐を漁り出す。


そしてそこから取り出したのは、仮名山のいつも大事に持っている鍵束だ。


「な、何でそれを君が!!」


しかしその鍵束は、すぐに光って消える。



・・・・・・あ、あああぁ。



「私、実は能力なんて物を持ってまして。自分が作った物の姿形を変える能力。だから鍵なんて一度見たらすぐに複製できるんです」


「・・・成る程な。それで?ウェスタはどうやって殺したんだ?」



「いやーあれは運が良かったですね。いいタイミングで停電が起きたので、つい殺しちゃいました。ナイフは常に懐に入れて持ち歩く様にしているので、最高の状況でしたね。あとは、死体を能力で形を変えて、この世から消すだけ。ああ、僕の能力は生き物には使えないんですけど、僕が殺した死体は僕が作った物っていう判定になるみたいで、簡単に死体が消せました。能力って便利ですよね」


「じゃあ、最後の質問だ。イェスタさんはどうした」


「プッ、ククク。ハハハハ。イェスタさんはですね、昨日リビングから飛び出した後、追いかけた私に助けを求めてきたんですよ!私が犯人と知らずにね。だから、養豚場に匿ってあげました」


「じゃあ、イェスタさんは・・・」


「豚と一緒に弾け飛んだでしょうねぇ!!」


「・・・最低のゴミ野郎だな」


「フフフ。それより、時間は良いんですか?リミットが刻一刻と迫っていますが」


「七加瀬くん、行こう。もう時間がない」


迫間が、七加瀬の手を引く。


時間は19分を切っていた。


七加瀬は少し考えるそぶりを見せた後に、直ぐに振り返り、分かったと言う。


そして神舵が迫間を先導して教会から出て行く。


それを追いかけて、仮名山は一目散に教会から逃げ出す。



そんな光景を、私は呆然と眺めていた。



足が一歩も動かない。


理由は、分かっている。


私には、探偵である資格など・・・いや、生きている資格など、無いのだから。



教会の入り口付近で、そんな私に気づいた七加瀬が、直ぐに戻って来て私の手を引く。


「何やってるんだ、早く行くぞ!」


「で、でも!わ、私は!」


「命を大事に!!それに俺らの仕事は迫間の護衛だ!早く行くぞ!」


そして無理矢理に手を引かれて教会から飛び出す。


そして頭がぼんやりとしながらも走っていると、直ぐに他の三人に追いつく。


迫間と仮名山の走るスピードと合わせているせいで直ぐに追いついた様だ。


「桟橋に澤井がクルーザーを付けていた!直ぐに船を出せる様に伝えているから、桟橋まで行けば大丈夫だ!」


「さっ、流石七加瀬くん。準備が良いね」


そう息を切らせながら迫間が話す。


仮名山も命が大事なのであろう。

息を切らせながら必死に走るが、道中の左手に見える祿神の森が視界に入ると、仮名山は立ち止まる。


「あ!あぁ・・・どうしよう!」



そう叫ぶ仮名山の視線は祿神の森に釘付けだ。


そんな仮名山を、またかと言った風に七加瀬が引っ張る。


「命より大事な物なんてないだろう!走るぞ!急げ!」


「で、でもだね!」


仮名山は引っ張られ走りながらも、目線は祿神の森に行ったままだ。


しかし、それでも命には変えられないと思ったのか苦悶の表情を浮かべながらも、また走り出す。


そして全員で桟橋に着くと、先ほどと同じ様に澤井がクルーザーの横に直立していた。


そんな澤井に七加瀬が捲し立てる様に話しかける。


「澤井早く出してくれ!」


意図が伝わったのか、その言葉に澤井は直ぐに船に乗り込む。


そして私達が全員乗り込むと、直ぐにクルーザーは桟橋から出発した。



そして、クルーザーが島からある程度離れた所で、





ドガアァァァァァァァァァァァァァァァン!!!!!!!!!!



とても大きな爆発音がなる。

その爆発は大きすぎて、島の東側だけに飽き足らず、大半を呑み込む程であった。


当然大きな爆風に波が大きく揺れる。


しかし、何とかクルーザーは転覆せずに持ち堪えた。



「取り敢えず、警察への事情説明も兼ねて、一旦本土に戻ろう。それにあの島に戻っても、もう・・・何もないしね」


そう迫間が話し、操舵室へ向かう。


あの爆発ならば、館は最早原型をとどめてはいないだろう。


「ああ・・・・私の、私の島が・・・財産が・・・」


そしてそんな、何も無くなってしまった島を・・・仮名山は呆然と見つめていた。

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