File/True Ending
「・・・何で分かった」
津代中尉は丁寧であった口調を崩し、刺す様にこちらを睨む。
その眼差しには、これまで探偵である七加瀬が何度も味わってきた、熱の入った殺意が篭っていた。
「確かに初めはフードの人物が犯人だと考えていた。何ならフードの人物が、もう一つの人格の斑井幸古では無いかとも考えていたな。そこに関しては利き手が三者で上手く分かれていたので助かったよ。フードの人物が斑井幸古では無いとはっきり認識することができた」
「だからなんだ。どう考えても、犯人はその二人に限定される筈だ」
津代中尉は失敗点を探すかの様に問いかけてくる。
直ぐに気になる辺り、根っからの完璧主義者なのであろう。
だからこそ周到に用意し、警察にも見つからずにここまで殺人を重ねてこれたのであろうが。
「一番初めに疑問に思ったのは、ニ番目の殺人現場に残された、斬られた鉄パイプ。あの鉄パイプは俺の目線、百七十cm程で水平に斬られていた。その高さを平行に斬るには斑井幸古とフードの人物では身長が足りずに、相当の角度がついて斜めに斬れてしまうはず。それで他の奴が切った物なんじゃないかと考えた。例えば、身長が二メートル位あるアンタとかな」
それがずっと引っかかっていた七加瀬の違和感の正体。
鉄パイプを見た時は何も思わず、忘れてしまっていたが、容疑者の身長が出揃った今は話が別だ。そのパイプは殺人事件のストーリーのピースたり得る。
「その程度では、確定で他に犯人が居るとは限らないだろう」
「そうだな。確かに津代中尉の言うとおりだ。パイプから連想された犯人は、言うなれば盤上に出現していないゴーストの様な物だ。たったこれだけの情報では、確信を持った様な捜査は出来ない。だから、俺はもう一つの情報を加味して、そういった可能性もあると判断した」
「もう一つの情報だと?」
「これに関してはお前はミスをしてはいないさ。その情報とは昨日起こった殺人での情報だ。昨日、俺はフードの人物に襲われた。そこからフードの人物が最短で殺人事件現場へ向かえば、確かに犯行にはギリギリ間に合う。しかし一度仕留め損なった標的がいて、その人物が警察に通報しているかもしれない状態で、犯人は殺人なんて犯すだろうか?いいや、何度も警察を掻い潜って来た様な奴が、そんなリスクを犯すはずがない。よって昨日、俺が襲われた事を知らない者が犯人であり、とどのつまりフードの人物は犯人では無い可能性が大きくなる」
「じゃあ斑井幸古はどうなんだ」
「そこに関しては俺は初めから半信半疑だったんだ。しかし先程の斑井幸古とフードの人物とのやり取りで犯人では無いという確信はもてた。」
「何故だ?」
「夜に徘徊してる斑井幸古は幻肢痛持ちだ。能力を触媒無しで使用できるが、能力使用に伴う幻肢痛はとんでもない痛みでな。医療用麻薬ですら、その痛みは抑えるのが難しい程だ。そんな激痛を抑えてまで、自分の快楽の為の殺人を行う筈がない。そもそも最近こちらに引っ越してきたばかりで土地勘もない斑井幸古が、警察から逃げ続けるのは不可能だ。」
「その二人ではないにしても、俺が連続殺人をする理由はないだろう」
「いいや、あるね。惚けるなよ、木を隠すなら森の中って言葉の通りだな。お前は本当に殺したい奴を隠す為に、大量に殺したんだ。殺したかった人物はニ番目の殺人で殺された、頭を持ち去られたれた男。やっぱりこいつが解決の鍵だったんだ。男が誰か、殺したお前なら分かるよな?」
「・・・いいや、全く」
否定するが、津代中尉は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていて、その言葉が嘘である事が容易に想像できた。
「そうかい。軍部に問い合わせてみると、麻上少尉って言う奴が行方不明になっているらしいな。どうやら、お前と少し前にイザコザを起こしていた男だったらしいが、これは何かの偶然か?」
「偶然だ」
「お前は斑井幸古を犯人に仕立て上げるつもりだったんだろう?しかし、それは叶わなかった。何故かは簡単だ、凶暴だと思っていた夜の斑井幸古は全く人を襲わなかったんだから」
「・・・」
「だから困っていた。しかしそんな所にフードの人物が現れ、斑井幸古を襲った。その時、夜の斑井幸古の凶暴性が、防衛本能でしか出てこないと悟ったんだ。これは利用するしかないと思っただろうな」
斑井の家の近くのガードレールが切断されていたのは、フードの人物との戦闘の際に出来た物であろう。
そして、その後に斑井幸古をフードの人物が尾行していたのだとしたら、昨日の七加瀬に対するフードの人物の尾行は説明できる。
「そしてどうやって唆したかは知らんが、フードの人物をもう一度けしかけ、お前は無事に斑井幸古が勝利した事を見計らい、警察に通報した訳だ」
「そうだ、もう警察は斑井幸古を捕まえているだろう」
「どうだろうな。俺からは警察に見つかる多少のリスクを犯しても、戦いは最後まで見届けた方が良かったな、とだけ言っておこう。それに、俺らが真実を暴いた。お前はもう終わりだ、津代中尉」
七加瀬が津代中尉を指差し、睨みつけると、さっきまで物静かな印象であった津代中尉が打って変わって、凶暴な顔つきに変貌し、怒声を上げる。
「何が終わりだ!世の中も軍部の厳しさも知らない様な奴がナマ言ってんじゃねぇぞ!ほんと使えねえなぁ、幸古の奴も!恩を忘れやがって。さっさと警察に自主なり、何なりすれば良かったんだ!」
叫ぶ津代に対し、七加瀬は幸古の言葉を思い出し、そして考える。
こんな奴が支えなのか?
こんな人を人とも思わない奴が、果たして斑井幸古の居場所になり得るのだろうか?
「上っ面だけの奴がやっと本性を現したか。斑井幸古が恩を忘れただと?気の弱い彼女が、お前の為なら命をかけられる、命を差し出せるとまで言っていたんだぞ。お前はそんな思いすら踏み躙るのか?」
「思いを踏み躙るだぁ?命をかけれるんなら好都合じゃねえか!俺の代わりに殺人犯として捕まってくれれば良い。役に立ちそうな病気持ちだったから、わざわざ金を使って先行投資してやったんだ!俺には幸古に助けられる権利がある!」
そんな心ない津代の言葉を聞き、斑井に対して過去の自分を重ねている七加瀬は、我慢の限界を迎えた。
「人の人生と金を天秤にかけるんじゃねえ!最後に聞いといてやるよ。他人を犠牲にして得る生に、意味はあると思うか?」
「意味なんてあるに決まってんだろ!何も分かってねえなあ。この世界はなあ、最後に立ってる奴が勝者なんだよ!誰かの為なんて綺麗事を使っても、途中で脱落した奴は所詮その程度の奴だったって事だ!そして俺には頂点に立つ自信がある、素質がある!俺の為に道を開けろよ、人柱ども!」
「そうか。・・・だったら、お前は俺の倒すべき敵だな」
「ほざくな!お前ら如きに俺が止められるとでも思ってんのか?お前らも纏めて殺して、全部無かったことにしてやるよ。どうせ勝てねえから教えといてやる。俺の能力は物の特性を強くする。つまりそういう特性の物が有ればどんな能力でも使えるって事だ。能力戦闘で俺に勝てる奴なんざ居ねえんだ!命乞いをしても、もう遅えぞ!」
そう言い、懐から明らかに改造されたライターを取り出す。
「お前らはそうだなぁ。焼き尽くして、跡形もなく消してやるよ。幸古ももういい。アイツも消して、残った塵は纏めて仲良くトイレにでも流してやるよ!ヒャハハハハ!」
「やれるもんならやってみな。ただし俺たちに勝てたらの話だけどな。有利!」
「はい。七加瀬様」
後ろで控えていた有利が、七加瀬の呼びかけにより一歩前に出る。
そんな有利を、七加瀬の黒い瞳が捉える。
すると、有利の周りの空間が一瞬歪んで見えるが直ぐに元に戻る。
その現象を確認した後に、七加瀬は黒空に響く様に大きな声で叫ぶ。
「世界が認めなくとも、俺が認めた!だから、本気でぶちかませ!」
「了解いたしました」
そう言うやいなや、有利の全身が眩く光り、周囲に電気が迸り始める。
そしてそれはだんだんと大きくなり、有利の周囲の荒れた舗装のコンクリートを、より黒く焼いていく。
「そんなに自信がある様でしたら、わたしと火力勝負を致しましょうか」
「はん、馬鹿が!そんな大火力、スケープゴートがあっても、世界からの粛清対象だろうが!自滅志願者かぁ?」
そういい、能力を放つまでもないと静観を続ける津代だったが、あまりにその時が来ない。
「何でだ!何で粛清されないんだ!おかしいだろうが!!」
「叩きのめされる準備は出来ましたか、ゲス野郎。私は叩きのめす準備が出来ました。それでは、行きますよ」
慌てて津代はライターの火を大きくした火球を放ってくるが、それを有利の腕から放たれる鋭い雷光が貫く。
「おかしいだろうが!!俺はまだこんな所で終わっ」
火球を貫いた雷光が、大きな閃光を巻き起こしながら一直線に走り、津代を飲み込む。そして何事もなかったかの様にこちらを振り向く有利。
「ド派手にいったな」
「火力は抑えて差し上げましたので、何とか生きているとは思います」
「まあ後は警察と軍に任せますか」
「畏まりました。これだけの騒ぎです、警察の方もすぐに来られるでしょう」
「うむ。てか有利、そのめちゃクソ丁寧な口調、久しぶりだな」
「メイド服だからでしょうか?久しぶりに七加瀬様に仕えている時を思い出しまして、口調を変えてみました。嫌ではないですか?」
「俺はフランクな方が良いな。もう俺とお前は対等なんだから」
「私の中では七加瀬様はいつだって・・・」
そう言い俯く有利の頭を、優しく七加瀬が撫でる。
「過去も重要だが、やっぱり今が大事だよな。お互い目を覚まさないと」
「っ!はい!!七加瀬さんの目を覚まさせるのが私の仕事ですからね!」
そう言い笑顔で、元気よく歩き出して行く有利。
その姿とは対照的に、立ち止まり空をぼんやり眺める七加瀬は、いつもの癖で一人呟く。
「他人の犠牲の上で、生きてる意味はある・・・か」
七加瀬が悩むのもそのはずであった。慕っていた姉を犠牲にして生存している七加瀬には、生きてる意味なんて無いはずなのだから。
「七加瀬さーん!置いていきますよー!!」
「はいはい、待ってくれ〜」
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