終盤にもハナを添えて

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斑井幸古が去った後にネットにより情報収集を行ったが、これといった成果はなく、夜に起きておく為に軽く仮眠を取ると、また昨日行ったパトロールの時間が近づいてきた。


「さて、そろそろまた夜の見回りにでも行きますかね」


「今日こそは捕まえましょう。斑井さんの警護は完璧ですし」


そうして準備をしていると。


ピンポーン


事務所の呼び鈴が鳴る。


「ん?今日って他に依頼あったっけ?」


「いえ、特に無かったと思いますが」


そういいユリは出口に向かい、扉を開ける。


「はーい、どちら様ですか?」


「どうも、警察官の花守です。七加瀬さんはいらっしいますか?」


「け、警察?はい、いらっしゃいます。七加瀬さん、お客さんです、って何で窓から逃げようとしてるんですか!?」


「にゃ、にゃ〜ん」


「あら、ずいぶん大きい猫ですこと」


「な、七加瀬さん・・・」


少し時間は経ち、有利が客人用の紅茶を入れ終わった頃。


「ブルシャーーーーー」


七加瀬は未だに、警戒心剥き出しであった。


「まだ猫モノマネやってる・・・」


「だって怖いんだもん!」


「ふふふ」 


花守は笑っているが、目が笑っていない。怖すぎる。


「七加瀬さん、お知り合いなんですか?」


「昨日話したろ。二件目の殺害現場であった怖い警察官」


「怖い事なんて一つもしてないつもりですけどね」


「雰囲気が怖いの!何してくるか分からない、ってか本当にここに来たことも予想外過ぎるんだよ。どうやって事務所の場所が分かったんだ?」


「G〇〇gle M〇pで調べたら出てきました」


「マジかよ!この事務所も、とうとうググったら出てくるレベルになったのか!ちょっと嬉しい」


「そんな事より花守さん、どうして事務所を尋ねられたのですか?」


「ああ、一つ報告させて頂こうと思いまして」


「「報告?」」


「まだ発表してませんし、するつもりもないですが。昨日、また一人殺されました」


「・・・どこでだ」


「鈴原町の大泉公園の近くです。今回持ち去られたのは、胸部でした。被害者は付近の精肉店で働いている、三十代の男です」


(大泉公園・・・昨日俺が襲われた場所から二時間程度の所か)


「死亡推定時刻とか分かるか?」


「ええ、分かりますよ。死亡推定時刻は深夜二十七時。他に聞きたい事は無いですか?」


「何故俺に情報を寄越した?」


「それは言えません。言えない理由を言うつもりもありません。一つだけ言うなら、探偵である貴方は、犯人を見つけるだけで良いんです。何者にも惑わされずにね」


「まるでもう犯人が分かってるみたいに言うじゃないか、花守さん」


「どうでしょうね。そういう思わせぶりな行為は誰にでも出来る事ですよ」


「やっぱりあんた怖いよ」


「よく言われます。さて、私が居ないと矢嶋が泣いてしまうかも知れないので、そろそろお暇しましょうか。メイドさん。紅茶ですが、“コスプレの割には“美味でした。次も是非よろしくお願いします」


「え!?・・・は、はい。有難う御座います」


「では失礼」


そう言い残し、花守は出て行った。


「七加瀬さん」


「なんだ」


「あの人めっちゃ怖いですね!!」

「だろーーーー!!不気味だよなーーーーー!!」


次にいつ花守が来ても良い様に、事務所の入り口に監視カメラを設置する事を心に誓った瞬間であった。


その後十分程の小休憩により花守によって与えられた精神的ダメージが落ち着き、花守の話の件について考える余裕が生まれたので、とりあえず夜の見回りは保留にして、しばらく二人で話し合うことになった。


「さっき花守さんが話してた件だが」


「ええ七加瀬さんが襲われた位置から移動して、丁度の時間でしたね。という事はやっぱりその・・・襲ってきた人が殺人鬼で間違いないのでしょうか?」


「ああ。ついでに言うなら、あのフードの人物がさっき話した斑井のもう一つの人格っていう事もあり得るだろうな。」


「もう!あえて言わなかった事を言わないで下さい!」


「仕方ないだろう。あり得ちゃうんだから。」


「・・・もし本当にそうだとしたら、七加瀬さん。斑井さんを捕まえてしまう事になりますよ・・・?」


「そこに関しては何とかしたい・・・と言いたいが、ここまで派手にやらかしていたら、流石に・・・。」



「そうですね・・・既に五人も殺しておいて記憶にありませんは、流石に通用しませんよね・・・。」


有利が不安そうな表情を浮かべる。たった二回会話した程度の人物の為に浮かべる様な表情では無いが、それだけ有利の感受性が高いという事だろう。


「俺たちに出来る事は、斑井幸古の依頼の意図を汲み取ってやる位しかないかも知れない。だが、まだそうと決まった訳ではない。斑井幸古を確実に犯人とする証拠は見つかっていないんだからな。」


「まだ、何もかもが憶測に過ぎませんし。そうですよね!まだまだ希望は有りますよね!」


「勿論。それに今回の事件を通してずっと違和感があるんだよな。」


「違和感ですか?」


「そう。言うならジグソーパズルはもう完成してるんだが、まだ1ピース継ぎ足せる、いや継ぎ足した方がむしろ美しくなる様な、そんな違和感。違和感というより、勘に近いんだが」


「あれですね。おでんの屋台に行って、いざ注文をするってなった時に、何故か餅巾着がそもそも販売すらしていなかった時の様な感じですね」


「その感じは俺には分からんが、多分そうだ」


「七加瀬さんの勘は、神様から授かった啓司レベルで当たるんで、実際に何かあるんでしょう、そう信じたいです」


「神様なんて本当に居たら、藁人形に神様って書いて100回は釘で樹に打ちつけてるけどな」


「まーたそんな事言って。そう言いつつ年末はいつも私と神社にお詣りに行ってるじゃないですか」

「あれは風情があるから行っているだけであって神なんて信じてない。例え居たとしても、そいつは根性のねじ曲がったクソ野郎だ」


「私はこうやって七加瀬さんと一緒にいれるのも神様のおかげだと思ってますよ」


「うーん、見解の不一致」


「ふふふ」


元気になってくれて良かった。


斑井幸古が犯人候補に上がってから時折見せる有利の暗い表情を、七加瀬はどうにかしたいと考えていたのだ。


しかし有利を安心させるために七加瀬が話した内容は全くの嘘ではない。


実際に斑井幸古が犯人だと、上手くストーリーが廻る。

廻るが七加瀬の頭の隅にどうしても引っかかりがあるのだ。

それが何かは未だに気付きそうに無いが、少なくとも頭ごなしに斑井幸古を疑うといった結論を、有利の為に覆すだけの価値はある。


「これからどうしましょう?七加瀬さんの言っている違和感に気付けそうなら、もう一度暈成さんの資料に目を通しても良いですが・・・。それだと今夜の殺人を見逃しかねないですし」


「そうだな、いくら剣華がついてるとは言え斑井さんも心配だ」


ピロピロピロピロ


これからの方針をどうするか悩んでいたそんなとき、七加瀬の電話が鳴った。


「七加瀬さんの携帯モテモテですね」


「茶化すな。剣華からだ」


七加瀬は、数コールした後の鍔蔵剣華からの電話を取る。


すると直ぐにいつもの陽気な声が聞こえて来る。


『もしもし、みんな大好き剣華ちゃんやで』


いつも通り軽くふざけている様なジョークを交えてくるが、タイミング的に相手をしている暇はないと判断して、話を進める。


「なんだトラブルか?」


『斑井が動き出したで。家から出た』


「様子は?」


『酔っ払ってるみたいやな。ちょいフラフラしとる』


どうやら、蕗が言っていた斑井のもう一つの人格が表に出てきている様だ。


それじゃあ、後は確認するだけだ。


「剣華。今の斑井幸古の“利き腕“、分かるか?」


『んあ?まあ右利きやろな』


「間違い無いか?」


『重要なんか?ちょい待ちや。・・・うん歩き方とか体幹のバランス見ても絶対に右利きや。間違いない』


「分かった。有難う。これでまた一歩、推理が前進した。んじゃあ切るぞ」


『ああ、んじゃあ・・・ちょい待ち!なんか斑井の事を尾けとる奴おるで』


「それって、もしかして身長百六十cm位で、フード被ってる奴か?」


『いや、男でだいたい二百cm位の身長。体型は、まあ鍛えとるやろなって感じやな』


「は?誰だそれ・・・。いや、待てよ・・・・・・」



『身長二百cmの男』

『元軍人の依頼人』

『利き腕』

『バラバラ殺人事件』

『頭部の持ち去られた死体』

『水平に切断されたパイプ』

『軍部からの介入』

『フードの人物』

『死亡推定時刻』

『壊れたガードレール』

『統合失調症』

『消えなかった触媒』

『一件目の殺人事件』

『二つの死体』

『情報規制』




七加瀬の思考が巡る。


今までぼんやりと構成されていたストーリーを組み立てるための、全てのピースが揃った感覚。


それぞれ単体では意味の無いピースが、違和感なく上手く合わさっていく。


そして七加瀬の中で、完全な一つのストーリーが出来上がった。


「剣華、そいつに見つからずに護衛出来そうか」


『誰に聞いてんねん、余裕や。何か閃いたんやな』


「閃いたと言うより、下らないバッドエンドストーリーが思い付いた。この流れだと護衛してると面白いものが見れるぞ、剣華」


『マジか。期待しとくわ』


「この後に護衛を続けたまま少しだけ三人で落ち合うぞ。次いでに剣華に一つだけ先に言っといて良いか?」


『なんや』


「殺させるな」


『当たり前や。見失いそうやから、一旦切るで。またこっちから電話かけるわ』

そうして、電話を切る剣華。


「七加瀬さんもしかして」


「このストーリーを誰が描いたか、分かったかもしれん。これから答え合わせをする」


そういい手に持っているスマホで、既に登録されてある電話番号の、ある人物の項目を選び出す。


「答え合わせ・・・誰にですか?」


「斎藤少佐にだよ」

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