現場検証には花を添えて
File/continuie
まさに雑多なO県の下町といった雰囲気がある、事務所の最寄り駅である国原駅。その国原駅からニ駅分離れた大町駅周りには、うってかわって高層ビルが多く建っており、スーツを着たビジネスマンが
しかしそんな街並みは、休日である事を加味しても、いつもより人通りが少ないように思えた。
「これも殺人鬼のせいかねぇ。まあ陰気な俺にはこれくらいの方が助かりますがね」
そうひとりごちて、人通りの少ない大通りを七加瀬は早歩きで進んでいく。
「車通りも少ないな。まあ自分が運転する車以外は怖くて側を通ってほしくはないんですがね。停まってる車なら全然いいんだけど。他人がミスをしないことを前提に成り立ってる命って、思うだけで怖いわ」
癖である独り言をつぶやきながら進み、たどり着いたのが、電車で調べてすぐに見つけ出せた“二件目”の被害者の殺害現場であるビルだ。といっても実際に殺害が行われたのは、このビルと背中合わせに建っているビルとの間にある、裏道といわれるような場所であるのだが。
流石に二件目の殺害からある程度の時間が経っているため、立ち入りの禁止は為されていないようだ。
「ラッキークッキーもんじゃやき~」
七加瀬は、ビルとビルの隙間の通りに滑り込んでいく。人が四人は並んで進めないその通りは、ビルに太陽の光が阻まれ薄暗く、表通りとは真反対の日常の闇といったような、または異世界への入り口といったような場所であった。
一般人だと殺人の件がなくても怯むような場所を、七加瀬は陽気に鼻歌を歌いながら進んでいく。そうしてちょうどビルの真裏にたどり着いた辺りで、明らかに人の手が入ったような、具体的に言えば其処にあった"汚い何か"を撤去し強制的に綺麗にしたような空間があった。
「ここだな。さてさて現場検証としゃれ込みますかね」
取り敢えず辺りを見渡す。路地裏なので争った形跡を探すのは難しい。警察の手も入っているので、ぱっと見は分からなかったが、良く見てみると、一部分だけ明らかに異常な部分があった。
路地裏のビル沿いに縦に延びている鉄製の太いパイプ、それが地面と水平に真一文字に切られているのだ。高さは七加瀬の目線の辺りなので百七十cmほどの高さであろうか。切り口があまりに綺麗過ぎるので、近づかないとそういうものであると勘違いしそうな程であった。
(なるほどなあ。これはやっぱり“能力持ち”の仕業かねえ。鉄ってこんな簡単に斬れるもんじゃないだろ。しかし、斬る系統は触媒になれる物が多すぎて、正直その方面からの捜査はできそうにないな。)
パイプの切断面に指を這わせてあまりのツルツルさに感動しつつ物思いに耽っていると、先ほど自分が歩いてきた方向から足音が聞こえてきた。
(犯人は現場に戻るっていうが、もしや)
出来るだけ刺激しないようにゆっくりとその方向、後ろを振り返るとそこには、
「うお。めっちゃめんこいやんけえ」
思わず口に出るほどの美人がいた。目鼻立ちの整っていて、まさに眉目秀麗という言葉にふさわしい顔立ち。おそらく身長は百七十cm前後だろうか。人間離れしたスタイルが浮き出たピッチリしたビジネススーツを着こなしている彼女は、テレビでもなかなか見れないレベルの美しさであった。
そしてその人物は歩くスピードを変えずにそのまま近づいてきて、十mほど離れた場所で立ち止まって口を開いた。
「あら、ありがとうございます。しかし方言がちぐはぐで、あまり心には響きませんでした」
「いやいや方言には相手の警戒心を薄める効果があるんだ。実際にちょっと俺に心を許してしまっているんじゃないか?」
「いえ、より警戒心が増してこの距離感を保っています」
「ネットニュースに騙された!」
七加瀬のよく見ているネットニュース掲示板の、自称メンタリストが紹介していた記事は偽物であったようだ。
「それより、私の私有地に入らないでいただけますか?」
「ああ、このビルのオーナーさんでしたか?すいません」
「いえ、違いますが」
「は?」
「私を中心とした半径十五m以内は私の私有地なので、不法侵入となります」
「いやいや、自分から近づいてきたやん!てか俺は別にいいけど、この土地の所有者に謝れ!」
「謝りません。なぜなら発言の自由というものは、誰にだって存在する平等な権利なのですから」
「でも個人の発言で国の法律はそう簡単に変わったりしないからね!内閣総理大臣でも理にかなわないと無理だよ!」
「そうですか。では私は内閣総理大臣だったのですね」
「例え天地がひっくり返ってそうであったとしても!それでも理にはかなってないよね!?権力による横暴が限界突破してるだろ!民主主義への冒涜だ!」
「そんなことより、こんなところで何をしていますの?」
「突然会話が普通になったね!今までの何だったんだろうな!」
「あなたが始めたんでしょう。謝りなさい」
「そうでしたっけ?すいませんでした・・・」
その女性のあまりにも強い
「話を戻します。こんなところで何をしているのですか?」
先程の冗談などまるで初めからなかったかのように凛と話し出したその女性は、明らかに警戒心むき出しの視線を七加瀬に送る。
「何、ちょっと調べ物をね」
「あら、それはもしや先日起こった殺人事件についてのことではないですか?」
(まあ、知ってますよね)
「よくご存じで。まあ今の時期にこんなところにいるなんて、それしか理由ないよな。それで、あなたは何者?まさか犯人は殺人現場に戻るとよく言うが・・・」
「それはこちらのセリフです。そして人に素性を聞くときは、まず自分が素性と名を名乗るという事は常識だと思いますが、違いましたか?」
「これは失礼。俺は七加瀬という者で探偵をやっている。今ちょうど依頼で今回の殺人事件について調べていてね。で、そちら様は?」
「私は
(記者さんねぇ。)
七加瀬は一つ息を吐いて、緩んでしまっていた気持ちを仕事モードへ切り替える。
「記者さんか。じゃあちょっと俺の話を聞いて欲しい。どうやら、ここでは連続殺人事件の二件目にあたる殺人が起きたそうだな」
「あら、詳しいのですね」
「いやいや、これはニュースでも流れているような情報だ。でも気になることがあってな」
「というと?」
「何故か二件目の殺人事件については、殺人現場や日付時刻、被害者のある程度の特徴が一連の他の殺人に比べて詳しく明記、いや警察からの公式発表といった方がいいか。それが為されている。これは一体何故なんだ?隠すなら理由はすぐに思いつくんだ。止められない連続殺人、住民の恐怖が増幅して、警察へ怒りが向けられる。それを少しでも緩和するためだ。正直まだ発表されていない殺人が何件かあってもおかしくはないと思っている。しかしそれでも何故か二件目の殺人についてはとても細かく情報が出されている。ある情報を除いて」
「ある情報、それは?」
「顔の特徴だよ」
「顏・・・」
今までポーカーフェイスだった花守の無表情が崩れたが、一瞬で元の無表情に戻る。
「それがどうかいたしましたの?」
「殺人鬼は殺した相手をバラバラにして、一部分を持って帰るのが特徴だ。じゃあ二件目の殺人で持って帰られた体の一部分は何処なんだろうと考えた。結論から言うと盗まれた部分は、頭部なんじゃないのか?だから警察は、ここで死んだのは誰か知る為に、あえて詳しい情報を流しているんだ」
「なるほど、面白い仮説ですね」
「そうだろう?警察は情報を出すことによって、ここで死んだ死体の情報を集めているんだよ」
「そうだとしても、すぐに見つかりそうなものですが」
「そうだな、もう見つかってる可能性もあった。でも俺はさっき確信したんだ。まだ、この現場で死んだ死体の身元が判明していないことをな」
「・・・それは何故?」
「だってそうだろう。〝警察〟の花守さん」
花守はそう言われるであろうことを、おそらく予想していたのであろう。まったく表情を変えずに無言でこちらを見ている。
「ずっと待っていたんだろう?この現場で死んだのは誰か知る者が現れるのを。警察と名乗ると警戒されるかもしれないから、わざわざ記者を名乗ってまでな。そしてその行為が未だ続いているという事は、まだ当たりは見つかっていないという事だ」
なおも表情を変えない花守に対して、七加瀬も負けじと薄ら笑いを崩さない事を心がける。
「その情報が欲しいのは、記者でも同様のことだとは思われますが、どうでしょうか?」
「その可能性もあるが、この捜査をするために情報を流したのは警察だ。まあ一番の理由は、その角を曲がった所で待機してる男が原因だけどな。記者ならわざわざ一人は隠れて様子を伺うなんて事はしないし、犯人かもしれない奴とこんな距離まであえて一人で近づいたりはしないさ。居るんだろ、出てこいよ」
そう話すと花守が来た方向、奥の曲がり角からいかにも警察然とした、巌のような男が拳銃を構えながら出てくる。
「相当警戒されてるようで」
七加瀬はわざとらしく両手を頭の横に挙げて、やれやれといったように頭を振る。
そんな七加瀬に対して、男は警戒を解かないまま話しかけてくる。
「何故分かった」
「なんせ耳が良くてね。足音消してたつもりだったろうけど無駄だったな」
・・・本当にいてよかった。
実際は路地裏に入る前。道路挟んで反対車線の少し離れた位置、ちょうど路地裏に何者かが入るのがサイドミラーで確認できる位置に停まっていた黒塗りの車に、花守さんと男が一緒に乗っているのを、遠巻きに確認出来たからこそできた発想なのであった。耳は普通だが、眼は良いのである。
「矢嶋、銃を下ろしなさい。おそらく彼は犯人ではありませんよ」
「しかし花守さん。こいつは信用できません」
「二度は言いません。上官命令です」
「・・・分かりました」
しぶしぶといった様子で、矢嶋と呼ばれた警官が銃を下ろす。どうやら女性の花守さんの方が上司にあたるらしい。
「七加瀬さん、申し訳ございません。もう一度自己紹介させて頂きましょう。私は日本警備部、近畿警察特殊事件捜査科の花守と申します」
「同じく特殊事件捜査科の矢嶋だ」
花守は丁寧に、矢嶋はぶっきらぼうに。それぞれ正反対の態度で、性格を表しているかの様な自己紹介を行う。
まさに凸凹コンビ。警察ドラマでも見ているかのようだ。
「自己紹介ありがとうございます。私も改めて自己紹介を。七加瀬特別事件相談事務所の七加瀬と申します。以後、お見知りおきを」
そういい恭しく頭を下げる七加瀬であったが、花守はそんな七加瀬の少し仰々しい態度にも意に介さずに次のように問いかけてくる。
「では今度は警察官として改めて貴方に問います。ここで何をしているのですか?」
「警察官の方が相手だと真面目に答えなければいけませんね。といっても先ほどお伝えした通りなのですが、依頼人に今回の殺人事件の犯人を捕まえてくれ、と依頼されましてね。その犯人の情報を少しでも集めようとしているのです。捜査にも協力できるので、何か最新の情報等あれば教えていただきたいと思いますが、いかがでしょうか」
「仕事熱心なのはとても良い事ですが、この事件は一介の探偵には荷が重い事件です。あとは私達に任せて手を引くのが無難な判断だと思われますが、どうでしょう?」
七加瀬の提案を、即座に蹴る花守。そんな花守に対して普段の七加瀬ならば素直に退いていたかもしれないが、仕事となれば話は別である。
「忠告感謝します。しかしこちらも生活がかかっております。それに今回の事件はウチの事務所の得意分野、簡単に解決して見せますよ」
その言葉を聞き、矢嶋は眉間にしわを寄せる。
「探偵ごときに何ができるんだ?お前の死体を片付けるこっちの身にもなってくれないか?」
「矢嶋、口を慎みなさい」
「しかし事実です。今回の犯人は明らかに常軌を逸しています。一般人、ましてや探偵などという怪しげな奴にどうにかなる相手ではない」
不快感を露わにする矢嶋に対して、花守は上司という立場からか矢嶋の態度について釘を刺すような発言をするが、矢嶋は己を曲げずに七加瀬を非難する。
(まずい流れになってきたな。一旦話題を変えるか。)
「それは犯人が能力持ちだからか?」
矢嶋はその言葉を聞き、大きく驚いた表情を浮かべる。
今まで反応が薄かった花守ですらも、一瞬目を見開く。
(感触は良好。畳みかけるか。)
「特別事件捜査課って言うと、能力持ちの事件を扱う課だったかな。他の課にはオカルト課って呼ばれて、警備部内での立場は大分低いと聞いた覚えがあるが」
明らかに不快そうな顏を矢嶋は浮かべる、そうとう繊細な話題の様だ。しかし花守はまったく意に介した様子を見せない。
「警備部について深い知識をお持ちのようですね」
「今の時代、探偵はどれだけ情報を持っているかで決まるといっても過言ではないので。それに花守さんたちが所属している特別事件捜査課については、勝手に耳に入ってきますよ。何故なら、僕の事務所も能力持ち事件専門の事務所なので」
「能力持ち事件専門の探偵事務所ですか。趣味が悪いですね」
「趣味が悪いか・・・それはお互い様でしょう。趣味が悪い物同士、今回の殺人事件は早急に解決すべき事案ですし、猫の手でも借りると思って協力しませんか?」
「あら、ありがとうございます。ではまた機会があれば。では行きましょうか、矢嶋」
「へ?」
突然これ以上話すことは無いといったように会話を打ち切られ、面食らってしまう。
「頑張ってくださいね。期待してます、“一般人“の七加瀬さん」
そういうと花守は後ろを振り向き、来た道を戻っていってしまう。
遅れて矢嶋は、金魚の糞のように花守についていくが、思い出したかのようにこちらを振り返り、馬鹿にしたように鼻を鳴らした後、走り去っていく。
二人が完全に立ち去り、誰もいなくなった路地裏で、ビルの隙間から覗く空を見上げながら呟く。
「・・・何も聞き出せんかったな」
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