クラスごと異世界転生したけれど才能なしと言われて、メイドに職業訓練と護身術を教えてもらう事になった。メイドの仕事なら俺の方が上手くこなせるんだが?
赤里キツネ
第1話
「良いですか、松田様」
魂が震える程の美女。
俺の教育係となったメイドだ。
クラスが授業中に、クラスごと異世界転移。
他のクラスメートが王に絶賛される中……
俺のステータスは、ALL1。
スキルもなし。
素晴らしいまでの才能のなさ。
幸い、殺されて廃棄される、といった事はなかった。
が。
一般市民を遥かに下回るステータスでは、日常生活すら難しい。
そこで俺を引き受けるのを買って出たのが、第三王女。
第三王女のお気に入りのメイド──このファーラに、教育係を命じたのだ。
まずは、戦闘をしなくても生活できるように、掃除、調理といった家事能力を身につけ。
王宮内で仕事を提供する。
加えて、最低限逃げる事ができるよう、護身術を学び。
可能であれば、少しでもステータスを伸ばす。
それが、王女が建てた計画だ。
「これは、最低限必要な技術。これができなければ、話になりません」
ファーラはそう言うと、ポットにお湯を注ぎ。
ややあって、カップに注ぐ。
ふむ、あれは紅茶の一種。
動作上、ポイントとなるのは……
「こうですね」
俺が注いだ茶は、ファーラが淹れた物より、数段香りが強かった。
この世界で、この差が良評価につながるのか気にはなったが。
それは杞憂だったらしい。
ファーラがますます険しい顔になる。
最初は、柔和な微笑を浮かべていたのだが。
教えられた事を、それ以上の成果で達成し続けたところ、段々顔が険しくなってきたのだ。
俺は、元の世界ではそれなりに家事は得意な方だぞ?
戦闘能力が低かったから教育放棄されただけで。
「……美味しい」
第三王女──リンが驚きの声を上げる。
「ファーラより美味しくお茶を入れる方は、初めて見ました」
リンが、呟く。
「……戦闘能力が低い分、家事能力は低くないようですね」
ファーラが悔しそうに言う。
どうやら、ファーラはメイドの中でも頭一つ抜けた家事能力を有していたらしい。
俺がそれを上回ったのが、許せないのだろう。
知らんがな。
「では、明日からは、早速仕事についていただきます。加えて、夜の余暇を利用して、護身術の指導を致します」
ファーラが淡々と告げた。
--
「か……は……」
こぽ
血の塊が、口から出る。
体中の血が沸騰する。
いや、腐っているのか?
魂が蝕まれる感触。
嫌だ……死にたい……
血の涙が流れる。
「まさか……魔力を少し流しただけで、ここまで死にかけるとは」
ファーラの、呆れきった声。
そう。
俺は少し、調子に乗っていた。
与えられた課題を、難なくこなしていたから。
そう。
俺は忘れていたんだ。
この世界では、一般市民でもありえないような、弱者であった事を。
ファーラの冷たい手。
だが、それが辛うじて、俺をこの世界に留めている。
「殺……して……」
この苦痛から逃れられるなら。
死にたい。
だが。
「馬鹿な事を言わないで下さい。貴方が死んだら、私の管理能力が疑われるでしょう」
冷たく告げる声。
「流す魔力の量を──増やしますね」
告げる声。
絶望の涙が、体中から溢れ出る。
そして……夜は更けていく。
--
「松田様、大丈夫ですか?」
リンの心配そうな声。
「だ、大丈夫です」
気を抜けば、体中から血が吹き出る気がする。
気力で抑え、笑顔を浮かべる。
ファーラから、助言されている。
ほんの少し魔力を流しただけで死にかけるなんて、生まれたばかりの赤ちゃんでもあり得ないと。
ファーラが恥ずかしいから、悟られないようにしろと。
いや、俺も流石に恥ずかしい。
何とか気を張って。
自分の担当分の仕事をこなす。
時間が余ったので、他のメイドの仕事を──
「あら、松田様。それは別の者の仕事ですよね」
「……はい」
ファーラが、半眼で告げる。
「まさかあの量を時間内で終わらせ、むしろ時間を余らせるとは思っていませんでしたが……」
ファーラの声が、悪魔の死の宣告にすら聞こえる。
「時間が余ったのであれば、早めに戦闘訓練に入りましょうか」
ファーラが、笑顔で告げた。
--
「あちっ……」
何度目かの悲鳴を上げ、思わず手を引き抜く。
みし
俺の頭を掴むファーラの手が、力を増す。
目の前には、洗面器に溜められた、虹色の水。
外の世界では良くある、毒の水溜りらしい。
表面に薄く魔力を這わせ、体を保護する。
その訓練なのだが。
手が一瞬で溶ける。
激しい痛みと共に。
身体まで瞬時に崩壊が走るのだが、それはファーラが途中で阻止している。
そして、ファーラの回復魔法で手が再生され。
「さあ、さっさと入れて下さい」
慈悲なき命令は。
頭の締め付けと共に。
--
「くそおおお!」
振り回した剣が、木偶を砕き。
が。
ぐず
別の木偶が放った斬撃が。
俺の首に食い込む。
「ざんねーん。今日だけで30回は死んでいますよ?」
木偶が動きを止め。
ファーラの回復魔法で、首が繋がる。
破壊した木偶、5体。
残りの木偶、45体。
単純に、集団的防御陣形も驚異なのだが。
空間転移で背後を取ってくるので、常に時空の乱れに注意を向ける必要があって。
超無理ゲー。
あ、壊れた仲間に修復の魔法使ってやがる。
「これが終わるまで、食事も休憩もなしですからね。仕事は免除します」
むしろ仕事させて下さい。お願いします。辛いんです。
「ちくしょおおおおおお!」
俺は叫ぶと、再び木偶の群れに突っ込んだ。
--
「食材の調達、ですか?」
人間は、弱い。
街の外には、凶悪な魔物が溢れ。
一般市民では、魔物には全く敵わない。
……それより圧倒的に弱いのが俺なんだが。
食糧事情は、良くない。
外で果物や動物を狩るにも、魔物の存在がネックだからだ。
それなりの力あるものが、こっそりと外に出て……食料を持って帰る。
それが全てだ。
あとは、庭で育てている野菜。
「はい。実は、私は食材の調達もこなすスーパーメイドでして」
「凄いですね、師匠……」
ちなみに、俺のクラスメート達は、時々外で狩りをしてくるらしい。
外に出られる人材は、本当に貴重だ。
「魔物に見つからないよう、慎重に行動すれば、意外といけるんです」
ファーラが胸を張る。
「ちゃんと私の動きをよく見ておいて下さい。そのうち、貴方にも食材調達を依頼すると思うので」
「……それは……ハードですね」
大丈夫かなあ。
--
メキ……
木を腕で折りつつ……迫るのは……グリフォン……
やばい。
いきなり魔物と遭遇!?
「師匠。魔物が……」
「は?」
ファーラが小首を傾げる。
え。
「あれは魔物じゃないですよ。ただの鳥さんです」
え……?
「魔物に見つかる前に、倒しましょう。さあ、早く行って下さい」
「俺が倒すの!?」
あれ、グリフォンだよね……?
いや、魔物じゃないって言ってるし、違うんだよな。
「くらえ!」
ざん
あ、弱い。
木偶の方が遥かに強いぞ?
グリフォン──鳥の首が飛ぶ。
ごぼ
ファーラが、鳥の額に手を突っ込み。
取り出したのは、光る石。
「ほら、食べて下さい」
「……動物の身体にあるんですか?」
光る石。
食べると、体中を魔力が暴れまわる、魔力結晶だ。
毎朝毎晩、食べさせられている。
魔力を制御する訓練だそうだ。
「動物は光り物が好きですからね。結構な確率で持ってますね」
鳥だもんな。
「こういった大物の動物は、そのままでは味が悪いです。魔力を流して、動物自体の魔力を洗い流します」
ファーラがそう言うと、お手本を見せる。
どろり
鳥の身体から、漆黒の泥──魔力が流れ出る。
「これで血抜きができました。このひと手間で味が段違いなので、必ずやって下さいね」
「はい」
さりげなく防腐の魔法とかもかけてあるな。
鮮やかな手口。
クラスメート達も、みんなやっているのだろうか。
それとも、ファーラの独自の仕事術だろうか。
しゅ
鳥を、疑似空間収納にしまう。
本物の空間収納を無理やり真似たもので、入れた物の大きさ、重さなどで、消費魔力が変わってくる。
いわゆる、なんちゃって魔法だ。
その日は、大きな熊、大きな蟹。
そして、大量の薬草や果物を収穫し、城へと戻った。
ちなみに、動物は、細かく肉の形にして、原型が分からないようにしてから収めるのがルールらしい。
芋虫とか昆虫を持ち帰った時に、嫌悪感を抱く事がないよう、配慮だそうだ。
--
「いいですね、これが魔物です。間違えないで下さい」
「そうだぞ、間違えるなよ」
俺の増長を防ぐため。
本物の魔物を経験させよう、そんなファーラの配慮で。
魔物の中でも最弱、スライムとの戦闘をさせられている。
スライム、普通に流暢に喋りやがる。
魔物って、そういうものなのか。
捉えて無力化させたスライムらしいのだが。
あっさり負けた。
まさに手も足も出なかった。
これが魔物……
「一般市民は、動物にすら勝てる者が少ないです。兵士や英雄であれば、魔物にも対抗できますが……最弱の魔物でも、数十人で連携して戦うのが一般的です。そして」
ファーラは、ため息とともに、
「松田様。貴方の力は、兵士よりも劣る……これが現実です。くれぐれも、魔物と戦闘をしようと思ってはいけません。ひたすら、逃げる事を考えて下さいね」
そう告げた。
--
「あ、あれは何ですか?」
休日。
リン王女と、お忍びの外出。
採りたての山葡萄が美味しかった。
その話を王女にしたら、是非連れて行って欲しいと言われ。
「比較的毒が弱いきのこですね。毒を流し出せば食べられますが、味が言い訳でもないので」
「毒を流……?」
リンが小首を傾げる。
やっぱりファーラの我流なのかな?
あ。
ぽきり
「水晶百合が咲いていました。どうぞ」
「え、今水晶百合を素手で折りました?」
リンが怪訝な声を出す。
「駄目でしたか?」
専用の器具を使わないと、劣化するとかあるのだろうか?
「いえ……駄目という訳では……」
リンは、水晶百合を受け取ると、
「ありがとうございます」
嬉しそうに言う。
くう……笑顔が可愛い。
ファーラは美女だけど、どうしても怖いが最初に来るからな。
ぎ……
「松田様、ジャイアントポイズンコブラです。気づかれない内に──」
リンが不意に、険しい顔で言う。
あの蛇、そんな名前なのか。
「王女様、これで良いですか?」
転移すると、魔力核を貫き、絶命させる。
「……え、倒し……え、消え……?」
リンが目を白黒させる。
こぽり
ジャイアントコブラから光る石を取り出すと、
「あ、魔石──」
魔石?
「食べますか?」
「食べませんけど!?」
リンが叫ぶ。
人の石を横取りするのは良くないという事か。
ん。
魔石?
「魔石、これが?確かに魔力が多くて良い修行になりますが」
「魔力って……瘴気の塊ですよね、それ」
え。
「瘴気?魔力ではないのですか?」
「瘴気ですよ。というか、何故素手で触れるんですか……?」
むう?
確かに、魔力にも色々あって。
このどす黒い形態の魔力は、保護魔法無しで触ると、手が溶ける。
なるほど、それを瘴気というのか。
「なるほど、瘴気、瘴気ですか」
頷く。
「とりあえず瘴気を洗い流して、お土産にしますか。結構美味しいですよね」
「魔物が食べられるんですか!?」
「魔物は食べられませんよ」
というか、そもそも勝てない。
「でも今美味しいって……?」
あれ?
「この蛇なら、時々城に持って帰っていますよ。姫様も食べておいででしたよね?」
「食べてたんですか!?」
あ。
姿形わからなくしているんだっけ。
蛇って苦手かな?
でもまあ。
それって過保護な気がするんだよね。
何を食べているか、ちゃんと知っておいた方が良いと思う。
「美味しいと仰ってましたね」
「……どこから肉を持ってくるのか不思議に思っていましたが……まさか魔物の肉だったとは……」
魔物じゃないんですが。
その後も。
はしゃぐリンを微笑ましく思いながら。
お土産もたっぷり持って。
城へと帰った。
そして。
聞かされたのだった。
ファーラの行方が知れない、と。
--
居なくなって初めて気づく、大切さ。
ファーラがこなしていた仕事が、広範囲に渡り。
食料調達も、大部分を引き受けていた。
そのファーラがいなくなった事で、大混乱が生じた。
が。
結構すぐに収束した。
俺がある程度仕事を覚えていて。
大半を引き継いだからだ。
そして。
ファーラという支えを失ったことで、不安定になったリンは。
拠り所を俺に求めた。
そして。
俺と、リンの婚約発表が行われた。
そして……
--
「つまり、お前たちは魔王軍で。流出した警備情報を元に、城に攻め入ったと」
「……ついてねえ、お前のような強者が、たまたま近くに居たとは」
「いや、寝室に居たぞ?なんか来たから瞬間移動して来ただけで」
「何で人間が瞬間移動できるんだよ!?」
いや。
師匠も普通にしてたぞ。
他国訪問とか同行したしな。
「お前、人間どもが召喚したという勇者か?ここまで強いなんて情報は無かったが」
情報?
「いや、俺は召喚された者の中では最弱。というか情報って何?」
「貴様で最弱だと……!?馬鹿な……ファーラ様の報告書と大きく違う……」
「……ファーラ様?」
「くくく……そうだ。驚いたか。なんと、四天王ファーラ様が直々に、この国に潜入されていたのだ!持ち帰った情報により、この国は最早風前の灯火!」
四天王……だと……
あ。
つまり。
意図的に情報を歪めて伝えたのではないだろうか。
お気に入りのリン王女を守るために。
そして。
この場でこいつらを追い返すのが、せめてもの試練といったところか。
「ファーラ師匠の面子の為にも、お前らを通す訳にはいかない」
「え」
魔族が呻き声を上げる。
「どうした?」
「ファーラ……師匠……?」
「うむ。ファーラさんは、俺の師匠だ」
言って良いんだよな?
「……凶育者ファーラ様の……?あの人の教えを受けて、生きている者は居ないという……」
「人間だから手加減してくれたんじゃないか?」
蘇生されたのは、数えるほどしかない筈。
あ、そういう意味では死んでるのかも知れない。
「無……」
「か?」
「無理だあああああ!」
魔王軍は撤退した。
そして、休戦協定が結ばれた。
曰く。
ファーラの弟子がいる国に、手を出すわけにはいかないと。
いや、恐れられたというより、ファーラのお気に入りの子、リン王女がいる国に手を出す事の方が問題視されたんだと思う。
そして──
--
魔王軍の勢いは、とどまるところを知らず。
人類の領土は、その面積を半分に減らしていた。
敗北し、絶滅させられた都市は多く。
その中で。
周囲が魔王軍の領土にも関わらず。
飛び地的に人類の領土がある。
そこが、この国。
魔王軍との和平がなった国として。
多くの人が、この国に流入し。
日に日に、その規模を拡大していた。
召喚されたクラスメート達は、この国に残って防衛にあたっている者。
別の国に転属して魔王軍と戦っている者。
命を落とした者。
俺は、何故か国王になり。
リンとの間に子供をもうけ。
何故かファーラ師匠が、俺とリンの子供を可愛がりにきて。
修行はつけさせないよう目を光らせねば。
まあ。
めでたし、めでたし、かな?
クラスごと異世界転生したけれど才能なしと言われて、メイドに職業訓練と護身術を教えてもらう事になった。メイドの仕事なら俺の方が上手くこなせるんだが? 赤里キツネ @akasato_kitsune
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