第13話 ︎︎命の綱渡り

 昼食を済ませると少し時間が余った。午後第1の鐘っていうのは13時と同義だ。さっき正午の鐘が鳴ったから、あと30分は余裕があるかな。


 魔術の研修がどんなものか気にしつつも、その合間にフィードと話をした。こんなに幼い少年が、何故牧場の実家を出て冒険者の道を選んだのか、興味があったからだ。


 フィードは少し寂しげな顔をしながら、身の上話を口ずさむ。


「ぼくは6人姉兄の末っ子なんだ。牧場の経営には人手がいるから、ぼくも手伝ってた。でも、長男が結婚して、奥さんが来たらなんか居心地悪くてさ。別に意地悪されたとかじゃないよ? ︎︎ただ……なんて言うのか、兄さんが他人になったみたいに感じちゃって。奥さんの前では今まで見た事ない顔するんだ」


 そこで溜息を吐く。

 あぁ、その気持ち分かるな……。


 俺には3つ上の姉貴が1人いる。

 その姉貴に高1の時彼氏ができて、たまたま見たんだ。仲良さそうに手を繋いで、すごく綺麗な顔で笑ってる所を。


 その時俺は中2。まだまだガキで、男女のお付き合いなんてずっと先の事だと思ってた。だからなのか、その光景を見た時、なんとも形容しがたい気持ちになって、確かに姉貴なのにまるで知らない人のような感覚に陥った。


 でも、家に帰ったらいつも通りの姉貴で、あれは白昼夢だったんじゃないかと思ったっけな。家ではガサツで凶暴な姉貴だったし。


 それが勘違いじゃないって分かったのは、結婚式の日。


 俺が高3の頃、高1から付き合ってた相手と21歳という若さで結婚した姉貴は、皆に心配されながらも幸せそうだった。姉貴は嫁に行ったから、高校卒業と共に上京した俺はそれ以来会っていない。


 でもフィードはその逆。嫁に貰った方だから嫌でも目に入るんだろう。気まずくなるのも当然だと思う。


 そんな事を考えながら話の続きを待っていると、フィードがモジモジしだした。不思議に思って首を傾げると、顔を真っ赤に染めてぽつりと呟く。


「それにね……夜、声が聞こえるんだ」


 そう言われて、行き着いた答えに俺も気まずくなる。


 あ~……なるほど、それはキッついな。


 俺ってばこの歳でDTだからね。その手の話はどう言えばいいのか分からずに視線を彷徨わせていると、フィードが話を続けた。


「他の姉兄達は気付いていないみたいでさ、何も言わないんだ。でもぼくは奥さんの顔、見れなくて、兄さんに怒られちゃった。そんなに嫌なら出ていけって言われて、でも反論もできないじゃない。夜の声が聞こえるから恥ずかしいなんてさ。それでもういっその事冒険者になろうと思ったんだ。家は姉兄達もいるから人手は足りてるし、ぼくは違う方法で家族を手伝いたい。ダンジョンに潜れば一攫千金も夢じゃないもの」


 そう言うフィードの顔は希望に溢れていた。

 手に入れたお金で実家を盛り上げるんだと楽しそうに笑う。


 でも、その笑顔の裏には不安がチラつく。冒険者は一見華やかな職業だけど、魔物を相手にしたり危険な場所に赴くんだ。死亡率も高い。富を手に入れるのは一握りの幸運な者達だけ。


 フィードもそれが分かっているんだろう。ダンジョンの話をしながらも、時折表情が曇る。


 ダンジョンは古代の遺跡だ。

 神がまだ地上にいた時の遺物が収められた宝物庫だと言われている。内部は複雑に入り組み、地下深くに根をおろし、そして天を突くほどに高くそびえる。その形態は様々で、自然な岩肌の洞窟のような物から、人工的な石組みの物、更には天井が無く空が広がっている超自然的な物まである。


 そこには門番の如く魔物が蔓延はびこり、罠が張られ、階層毎にボスがいる。ボスは強力で、そいつを倒すには生半可な力では太刀打ちできない。何度もトライアンドエラーを繰り返し、データを集めて挑むんだ。それには犠牲も付きまとう。怪我で済めば御の字。時には死人も出る。それでも挑むのは、それに見合うだけの恩恵を得られるから。


 ボスからはレアアイテムや貴重な素材が手に入り、下に、もしくは上に行くほどその価値は高まる。それは名声にも繋がり、人々の憧憬となって国中に名が広まっていく。


 そして行く行くは王の耳にも届き、白金への道が開けるって寸法だ。


 な~んて、偉そうに講釈垂れてるけど、全部イルベルの受け売り。昨日の夜、冒険者にとって必要最低限の知識を教えてもらった。ダンジョンの事、依頼の仕組み、カンパニーの役割。そういったものを。


 その時にこの仕事の危険性もちゃんと話してくれた。そこもまたイルベル達を信用できる所以だ。美味しい話ばかりじゃ怪しいからね。


 だからフィードの不安も分かる。俺だって初心者なんだから。RPG好きが高じて冒険者という仕事に憧れもあるし、魔術という未知の技術に触れられる事に心は踊っている。


 でも、その裏にはいつでも命の危機が付きまとうんだ。初めて狼に襲われた時、嫌という程味わった死の匂い。そこに今度は自分から足を踏み込もうとしている。ほんと、馬鹿だよね。


 動物は恐怖が無いと生きられないって聞いた事がある。野生では恐怖が無いと危険に気づけないからね。絶えず恐怖を感じ、意識を向けるから自分を狙う敵に気付ける。


 人間も動物だ。その例に漏れず、でも恐怖なんて平和な日本にはそうそう無い。だからその代替だいたいとして絶叫マシンやホラー映画が人気になる。そうやって疑似体験している訳だ。


 しかし、異世界ここには本物の恐怖が溢れてる。一歩町の外に出ればそこかしこに。冒険者はその恐怖を少しでも減らし、町の人に安心を届ける仕事とも言える。


 この世界では魔物も食肉として利用されているし、一角牛のようにおとなしい種は家畜としても人気だ。そして高級品として扱われる魔物さえいる。日本で言う松阪牛みたいにね。狩りを生業なりわいにしているカンパニーもあるくらいだ。


『青猫』の社訓(?)は情けは人の為ならず。ちょっとズルっこい感じもするけど、要は人を幸せにして自分達もハッピーにって事。俺はそれにも大賛成だ。人に感謝されて、自分も気持ちよく仕事ができるなんて、こんなにいい事は無い。


 日本時代に勤めてた会社の社訓はオールフォーワン。いい事言ってそうだけど社員は会社のために働けってね。これが社員に還元されるなら喜んで働いていただろう。でもそんなのは幻想で、昼飯さえ食う時間も無く、ボーナスも無し、サービス残業は当たり前、社長だけがウハウハな超ブラックだ。


 それに比べて『青猫』のホワイトさったら。芸能人の歯も真っ青な白さだ。本当に俺は運が良かった。ダンジョンに潜る事があっても「いのちだいじに」がモットーだってイルベルが言ってたもんね。


 楽しそうに話すフィードを見ながら、この子にもいい出会いがあるようにと願う。


 そうこうしている内に時間がきた。

 ギルド職員がやってきて、各ジョブの研修が行われる部屋を指示する。剣士はこのままこの教室で。フィードは剣士希望のようで残るみたいだ。


 それに続き、各ジョブが読み上げられる。

 じっと聞き入り、やっと最後に告げられた魔術師。あんま人気ないのかな……。


 場所は2階の3番教室。

 俺はフィードに別れを告げて席を立つ。おっとそうだ、忘れてた。


「そういえばまだ名前言ってなかったね。俺はルイ。また会える日を楽しみにしているよ、フィード」


 そう言って握手を交わす。

 フィードもはにかみながら、また会おうと言ってくれた。


 手を振り教室を出て階段に向かう。

 さぁ、ここからが俺の正念場だ。魔術を手に入れて、しっかりイルベル達の役に立たなきゃな。


 今は生きる事だけ考えて突き進む。

 それがこの世界でまずやるべき事だ。

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