第4話 エルド④

 ずっと、頭痛が止まなかった。


 重たい足を引き摺りながら、馬を繋いでいる所に向かった。


 マリーの両親への報告も行わなければ。


 責められるのは必至で、俺はそれをちゃんと受け止めなければならない。


 謝って済まされるわけがない。


 それから、どうやって王都の家に帰ったのか。


 呆けていた俺を、更なる衝撃が待っていた。


「何だこれは、一体、何があった!?」


 家の前まで来ると、門は壊されており、玄関を見ると、メイド二人が怯えた様子で座り込み、抱き合って泣いていた。


 それから、地面にはケイレブが倒れていた。


「ケイレブ、大丈夫か?」


 駆け寄ってケイレブの脇にしゃがみ込むと、呼吸は浅いながらも意識はあるようだった。


「旦那様……」


 ケイレブが話した事は、追い打ちをかけるような出来事であった。


 貸付の担保に、家が抵当に入れられているという。


 そして、家が差し押さえられたと。


 なんで、いつの間にそんな事にと思う反面、ドナの仕業だと、それしか思いつかなかった。


 俺は、一度だけ土地と家の権利書を持ち出したことがあった。


 登記記録に不備があったからと言われ、役場に権利書を持って行き、それを持ったままドナの家に泊まった事があった。


 それを確かめる為にメイド達にケイレブを任せて、執務室へと向かうと、権利書を保管している金庫を開けた。


 保管されていたはずのそれらの書類は偽物だった。


 嫌な汗が出っ放しだ。


 何が起きたのか瞬時に理解した。


 落ち着け。印章は無事だ。


 すぐに裁判所で手続きをすればいい。


 だが、それまでにどれだけの費用と時間がかかる?


 ただでさえ、領地の財産は失われているのに。


 再び、屋敷を飛び出していた。




 ドナのフラットに行くと、中はもぬけの殻だった。


 ドナの姿はどこにもなく、荷物も持ち出されていた。


 ああ、やっぱりと。


 力無く、ガランとした室内を見渡すことしかできなかった。


 ドナはどこに行ったのか。


 考えてもわかるはずがなく、間も無く人手に渡る家に、今は帰るしかなかった。


 誰もいなくなった屋敷の中で、真っ直ぐに自分の部屋に向かうと、無意識に手にしていたのは、マリーからの手紙だった。


 薬を買うお金がないと訴えてきたあの手紙。


 それの二枚目に、俺は目を通していなかった。


 それには、領地の窮状がちゃんと記されていた。


 マリーがせっかく知らせてくれたのに、それを無駄にして、もう、領地を救うことができない。


 今年の冬は越せても、来年は種を蒔けなければ収穫など見込めない。


 目の前に残された、手紙の束を見た。


 マリーから送られてきた手紙は、ほとんど目を通していなかった。


 一つ一つ、封を開けていく。


 “あなたの事が心配です”


 “何か力になれる事はありませんか?”


 “町の方々は、あなたに感謝の気持ちを口にしていましたよ”


 “帰宅が遅いと聞きました。お忙しいでしょうが、お身体を大切にしてください”


 俺は今まで、何を見ていたのか。


 涙が自然と溢れてくる。


 マリーの無償の愛が、こんなにも俺に向けられていたというのに。


 財産を差し押さえられ、全てを失った屋敷の中で、一人、膝をついて涙を流していた。


 腕の中に、マリーの遺灰を抱きしめて。





 ケイレブは入院している。


 メイド二人は、逃げるように辞めていった。


 彼女達には落ち着いたら退職金を払うことは伝えたが、いつになるか……


「エルド・マルコム子爵は、貴殿のことか?」


 マリーの遺灰を抱きしめてボーッと座り込んでいると、制服を着込んだ一人の男が扉の所に立って、俺に声をかけてきた。


「失礼。入り口で声をかけたのだが、誰も応答がなかったので中に入らせてもらった。貴殿に報告する事があって訪れた者だ。私の所属は王都治安部隊、第十四地区担当だ」


 男のその言葉に意識を集中させると、確かに制服は治安部隊のものだった。


 騎士団とはまた別の組織で、主に国内で起きた問題を解決する組織だ。


「取り急ぎ、これだけは先に貴殿の元に届けに来た」


 両親の形見の時計が、目の前に置かれた。


 ジェームズが持ち去ったはずの物が、


「どうして……」


「マルコム子爵領近辺で活動中の騎士団より通報があった。不審な人物が違法に国境を越えようとしていた為、尋問したそうだ。その結果、いくつかの犯罪行為が明らかとなった」


 男の話からわかった事は、偶然が重なり、騎士団と治安当局が早々に動いてくれたおかげで、国外に逃亡しようとしていたジェームズは捕えられていた。


 そして、この時計が戻ってきた。


 ジェームズが横領した金は、平民なら残りの人生何もせずとも暮らしていける金額だった。


 マリーの宝石類にまで手を出していたほどだ。


 ジェームズは、両親が存命だった時から長らく仕えてくれていて、だから信頼していたのに、俺から冷遇されているマリーを見て罪を犯すことを思いついたのだと供述していた。


 それと、もう一つ。


 ドナとその協力者も捕まった。


 協力者は、俺とは別の役所に勤める男爵の男だった。


 最初は、俺から適度に金を落とされるだけで満足していたドナだったが、旧知の男爵の男に唆されて魔が差したのだと話していた。


 二人は、たちの悪いところから金を借りていたようだ。


 違法な高利貸しから。


 治安部隊の者は、報告を済ますとすぐに屋敷から去って行った。


 後日、俺の元には権利書も戻ってきた。


 屋敷が担保となっていた借金も無効となり、正規の手続きで家を売ったお金で種が買えた。


 辞めていく者の退職金も払える。


 俺は、最後の最後で、ほんの少しだけ運に恵まれていたのだった。


 王都の屋敷は失ったが、代わりに今後の資金となるものと種を手に入れる事はできたから、待っている領民達の元へ、早くこれを届けなければ。


 仕事の方も以前の地方の役所勤めに変えてもらい、王都を去る事になった。


 俺は、領地に戻る前にマリーの実家へと向かった。


 マリーの父親に全ての事に対して謝罪すると、一度だけ殴られ、そして、俺の手でマリーの遺灰を弔って、一生をかけて償えと告げられた。


 マリーの母親や弟は、俺に会うことすらしてはくれなかった。


 それも当然のことだった。


 義父の言葉を受け止め、領地へと足を向けた。


 誰も待つ者がいない、マリーのいた思い出だけが残った家へと帰る。


 俺の手元に残ったものは、両親の形見の時計と領地だけだ。


 時計を見るたびに、両親から責めるような眼差しを向けられているように思えた。


 残りの人生はマリーに償いながら、領民のために生き、一生を終えるつもりだ。







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