成人の儀
久田高一
成人の儀
ここはとあるジャングルの奥地に存在する、ブンダラ族の集落。集落の中で一際大きい、藁葺き屋根とマングローブの柱で組まれた、扉すらない集会所には、VRゴーグルをかけ、コントローラーを手にした若者達が集められていた。彼らは今、成人の儀に向けて鍛錬の真っ最中である。
ブンダラ族の成人の儀は、一人で虎を狩ることで達成される。たが、成人の儀の最中に虎に喰われる若者が続出し、部族の少子化が進んでいることが問題視されていた。そこで、VR空間でシミュレーションを十分に行い、見事電子の虎を打ち倒すことができたものから、初めて本物の虎に挑むことに決められた。我が子を想う母親達と、戦士としての誇りを想う父親達との折衷案だった。
バヤンはなんとしてでも成人の儀を成し遂げたかった。彼には想い人がいた。そして彼女もバヤンとの結婚を望んでいた。しかし、ブンダラ族では成人にならないと結婚ができない。バヤンが幸せになるには、虎を仕留めるしかなかった。
バヤンは恨めしそうに集会所の壁に掛けられたモニターを見遣った。モニターはアジベのゴーグルと同期しており、アジベの視点がリアルタイムで流れるようになっていた。アジベは虎をあと一歩のところまで追い込んでいた。周囲から「頑張れアジベ!」「負けるなアジベ!」と歓声が上がる。今最も成人の儀の達成に近いのはアジベだろう。バヤンは逃げるようにして、二つの大きな黒い目をゴーグルの中に滑り込ませた。
目の前に熱帯特有の豊かな原生林が広がる。どこかに虎が隠れているのだ。息を殺し、体勢を下げ、つま先立ちになる。ふと、川のせせらぎの間に、枝を踏む音が聴こえた。素早く向き直る。琥珀色の牙がバヤンの耳の先を掠める。疾風のように駆け抜けていく尻に目がけて力一杯槍を投げる。命中。わずかによろめく。好機だ。バヤンもまた疾風のように駆け抜け、背中に組み付く。頭を目がけて何度も拳を振り下ろす。ゴーグルの向こうからくぐもった喧噪が聞こえる。おそらく今、バヤンの勇姿がモニターに流れている。心が猛り立つ。虎の尾がバヤンを止めようと腕に巻き付くのを降り払い、なおも拳を降り続ける。あと少し。だが、虎の頭蓋骨よりも先にバヤンの拳骨が砕けた。血が飛び出したことで一瞬硬直したバヤンの隙を虎が見逃すはずはなかった。振り落とされ頸動脈を掻き切られる。虎の頭が顎に触れたとき、確かに獣の匂いがした。
今までで一番上手くいっていただけに、バヤンは悔しかった。情けなかった。己への怒りは拳が上がっていくのに比例した。行き場のない感情を込めて、渾身の力で、バヤンは腕を振り下ろした。
突然、バヤンは誰かに抱きかかえられたような感覚を覚えた。VR空間の話ではない。現実で身体が浮いている。バヤンは驚いてゴーグルを取ろうとし、右手にべっとりと血がついていることに気付いた。そして、自分を抱き上げるアジベの足下に延びている、頭から血を流した虎を見て、もっと驚いた。
成人の儀 久田高一 @kouichikuda
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