09 友人(台風1号、2号)のお宅訪問




学校一の美女と謳われる赤い髪を持った紅野エリカと一ヶ月ぶりに話をした星川冬華は、一ヶ月間ろくな生活をしていないと厳しい毒舌を受けた後に、二人で久しぶりに夕食を共にした。



そんなちょっと変わった日の翌日の朝8時。

疲れていたのに早くに目が覚めた。

足の踏み場がギリギリある自分の部屋からリビングに出る。

水でも飲もうかと思ったが、その前に顔を洗うべく洗面所へと向かう。


眠たい意識の中、冷たい水で顔を洗うと意識も視界もはっきりした。

朝食は適当にパンにチーズを乗せて電子レンジで焼く。

あっという間に平らげて、適当に時間を潰そうと思いソファに座ろうと腰を下ろしたと同時に玄関のインターホンが鳴った。


こんな朝早くから来客なんて来るのかと一瞬不思議に思ったが、誰なのかあらかた予想がつくので大して確認もせずに扉を開ける。


そこにはやはり予想通り、昨日久しぶりに会話をした美少女、紅野エリカが立っていた。

そこまで厚くない丈の短い水色のパーカーワンピースに、茶色のワイドパンツを履いており、手元には大きなエコバッグを持っている。

8時だというのに眠い顔ひとつせず髪も綺麗に整えている。対して冬華はどうだ。

髪は跳ね上がり、服装はパジャマのズボンに黒のインナーだけだ。


エリカを見るだけで生活習慣が違う事は明らかだ。そんな完璧に整った容姿をしたエリカは不完璧な格好をしただらしないダメ人間である冬華をじっと見つめている。

いったい何なんだと思っていると、エリカは軽く会釈をしてきた。



「おはようございます、星川さん」

「・・・・ん。おはよう、紅野」


誰もが交わす挨拶をするのは初めてではないが、今日のおはようは何だかいつもと違うように感じた。

「・・・誰かなのかは確認した方がいいですよ?あと人と会うなら髪型とかも気にした方がいいかと」

「・・・アンタには関係ないだろ。それにお前にはもうだらしないとこは見せてるからいいと思ったんだよ」

「・・・そうですか」


朝から口悪くかつ、口うるさく小言を言ってくるのにはうんざりした。

こんな毒舌美少女の何処が可愛いというのかほとほと困り果てる。

まぁ一部のマニアにはもっと罵って欲しいとか、罵倒しながら踏んでって奴もいるのだろうが。

物好きな奴もいたもんだなと本人を目の前にして深くため息を吐く。


それを見たエリカは不服そうに冬華じっとを見る。

流石に失礼だと思ったが、本心のためどうしようもない。この事を本人に言えばどんな目に合うかは想像できないので心の中に留める。


しかし、なぜこんな朝っぱらから家に来ているのかは分からなかった。

特に昨日は何の約束もせずに夕食を食べ終えてすぐに帰ったのに何の用だという顔でエリカを見ていると、冬華の心を読んだのか目の前に大きなエコバッグを突き出してきた。


「何にコレ?」

「今日のお昼と夕食の材料です」

「・・・何でまたこんなもんを持ってきたんだ?」

「貴方ならお分かりだと思いますが、今日もここで食事を作って食べようと思ったからです」

「いやだからなん」

「一ヶ月の間不摂生な生活をしていたので、今の星川さんの体は不健康そのものです。ですので私が食事管理などをして健康体に戻します」


冬華の言葉を聞かず力強い言葉で話すエリカに思わず圧倒される。


「それに昨日改めると言ったではないですか」

「まぁ・・・言ったけども・・・」

「ですので今日は野菜マシマシの麻婆茄子ですよ。それと男性の方はもっと食べると思ったので、あともう何品か作ろろうかと思います」

「・・・因みに何を?」


自分で聞いておいて何だが、エリカの答えが何か予想ができる自分が居て怖い。

唾を飲み込んでエリカの答えを静かに待つ。


「・・・・豚キムチなんてどうでしょう?」

(ほらやっぱりだ)


予想していた回答と実際の答えが一致した事により、今の冬華の感情は天を仰ぐような思いだ。


「・・・・辛いの、好きなのか?」

「え?・・・・いえその、辛いのはどちらかと言えば嫌いなんですけど、麻婆茄子、麻婆豆腐、豚キムチは美味しいからいけます。普通のキムチとか純粋に辛い物は食べるのは無理です」

「へぇ、意外だな」

「・・・・そうですね、友人の方にも同じ事を言われました」


冬華がぽろっと出した本音は、あっさりと肯定されてしまった。

意外、というのは純粋に出た本音だ。


まさかこんな見た目だけ可愛い妖精様が辛い物を好き好んで食べるというのは意外も意外すぎた。

人は見かけによらずと言うが、正にその通りだと思った。


事実、妖精様の好きな物を知っている人間なんて数少ないのではないだろうかとも思う。


妖精様は辛い物が好きでもあり、嫌いでもある。これだけ知れれば大した物だが、他にも色々知りたくなった。


「なぁ、紅野。お前の趣味とか他に好きなものって何だ?」

「・・・・何ですか急に?」


興味本位であっけらかんと聞いてみたが、何やら癇に障ったようで、眉間に皺が寄っていた。

まずいと思い、慌てて弁明をする。


「いや辛い物が嫌いって言ってるから好きなものとかないのかなって」

「・・・・聞いてどうするんです?」

「別にどうも・・・・興味本位だ」


聞く側からすれば余り印象は良くないが、素っ気なく返す。

どうやらエリカは他人に自分を知られる事を嫌がっているように思える。

それは日頃受けている面倒臭い好意や数多の感情をひしひしと体に感じ取っているからだろう。


冬華にそういった類のものはないし、単純に興味が出てしまっただけなので他意はないと説明したのだが、かなり警戒されてしまったようだ。

どうしたものかと頭を悩ませ腕を組んで考え込んでいると前から笑い声がした。


考え込んでいる冬華を見て、口元を押さえて笑っている。

何かおかしな事をしたのかと言う顔でエリカを凝視するも、エリカはひたすら口元を押さえて笑いを堪えている。


「何だよ」

「いえ、・・・その、ちょっと冗談のつもりで警戒してみたら貴方が思ったより悩んでいて、眉間にすごい皺が寄っていたのでおも、面白くって・・・・す、すいません」

「・・・・・いや、別に、なんて事ねぇ」


どうやら勘違いだったようだが、まさかここまでエリカのツボに入るとは思わなかった。

未だに少し笑っているエリカに少しばかり腹を立てて頭に力を全く入れていないチョップをかました。


力を入れてなかったとはいえチョップはチョップ、痛くはないだろうが衝撃はある。

エリカは「うっ」と声を上げて後ろによろける。してやったりの気持ちで構えていた手を下ろしエリカを見る。


エリカは頭を押さえながら、涙目で上目遣いでこちらを見てくる。

いきなりの反則技にして返された冬華は顔を赤らめそのまま崩れ落ちる。


「ど、どうかしました?具合でも悪いんですか?」

「・・・んや、何でもねぇ」


顔を赤くしているのを気づかれないように顔をうつ伏せにしたまま立ち上がり、「ほら、片付けするぞ」と言って机の上にある食材達の片付けを始める。

それにつられてエリカも冬華を手伝う。


二人で食材を片しながら、今日の夕食は何にするかの相談をする。

昼がキムチ系なら夕食はあっさりした物が食べたいと思った冬華は魚か、野菜系をリクエストする。そのリクエストに応えるようにエリカは、「では今日の夕飯は野菜たっぷり鮭のちゃんちゃん焼きにしましょう」と言ってきた。

有難い限りだ。昨日の今日とはいえ、またエリカの手料理を食えると思うと幸せで胸がいっぱいになる。


しかしその幸せな気持ちはエリカと別れたすぐ後に崩れ去ることになる。

それは冬華にとって一番あってはならない事だった。



・・・・・・・・。

・・・・・・・。

・・・・・・。





「おっす、冬華」

「やっほ~!とー君!あっそびに来ったよー!」

「帰れ」


二人の訪問に冬華は迷う事なくズバリと本音を言って退ける。


そう、これだ。冬華の幼馴染である春正と美紀が今しがた冬華の家にやって来たのだ。

2時間前にエリカと昼食と夕食の献立を考え、朝食を済まし、ゴミ屋敷と化した冬華の部屋を少しだけ掃除した後エリカと別れ、冬華は少しの間暇を持て余していたのだが、春正からメッセージが来て見てみると、『お前の家行くからな』と言うメッセージが来た瞬間、家のチャイムが鳴り今に至るのだ。

冬華は目の前の二人を見て思った。さっきのメッセージはいったい何なんだ、と。


「そんなつれねぇ事言うなよ。折角お前が生きてんのか気にして見にきたってのに」

「そうだよとー君。この間死にかけの顔してたんだから心配になって来たんだって思ってたんだけど・・・・」

「ん?どした?」

「いや、お前ほんとに食生活見直したんだな?昨日の今日でもう顔色良くなってんぞ?」

「ホントだ。昨日何食べたの?」

「・・・・カレー。・・・野菜たっぷりの」

「お~!健康的。やれば出来るんだな、お前も」

「・・・まぁ・・・な」


かなり間を空けて答えた冬華に何の疑問もなく春正と美紀は家に上がり込む。

実際昨日はエリカが殆どやってくれたので冬華は何もしていない。


だが事情を説明する事も憚れる。社交性皆無な冬華が急に美少女で妖精様と崇められているエリカと関わっているなんて知られたら、どうなるか分からない。


なので余程の事にならない限りはこの二人には話さないでおこうと冬華は固く誓った。



「・・・・で?今日はいきなりなんの用だよ?ゲームでもしに来たか?」

「え?ううん。遠足の日どんな順序で回ろうかなって思って、相談しに来たの。私のマンションは今工事中で、知り合いの家に泊めさせてもらってるし。春正の家は電気系統の故障?だっけ?」

「おう、そうなんだよ。朝方電気が急に付かなくなってな。だからお前の家で計画立てようと思ってな」


都合が良いのか悪いのか、二人とも冬華の家にくる理由は十分あったようだ。


「ていうかお前の家って本当に広いけど、汚ったねぇな」

「ホント。足の踏み場は・・・ギリギリあるけど、下手したら怪我しそう」

「悪かったな。・・・ほら美紀、あぶねえから手掴んでろ」


冬華は美紀のおぼつかない足運びを見かねて手を差し出す。歩きにくそうにしている人がいて手を差し伸べるのは普通の事だと思うし、何よりこの状況は自分のせいだと理解しているので気を遣わない訳にはいかない。


美紀は差し伸べられた手を見て驚きを隠せないでいるようだが、やがてゆっくりと冬華の手を握る。

冬華は手がしっかり握られている事を確認してリビングのソファまでエスコートする。チラリと美紀を見ると何だかほんのり顔が赤いように見える。


外は寒かったのだろうかと考えながら、床に落ちている障害物を上手い事避けながらようやくリビングのソファに辿り着いた。

そのままレディを椅子に座らすように最後まで手を取ったまま美紀をソファに座わらす。


最後まで美紀は顔を赤くしたままだったが理由を聞く前に、春正が「冬華~俺のエスコートは~」と言ってきたので「自分で来い」と冷たく言っておいた。





「・・・で?遠足って何処行くか知ってんのか?」

「うん。と言っても候補は二つあるんだよ。今先生達がどっちにするか決めてるって」

「・・・耳が早いな。流石、と言っておくよ」

「えへへっ。それ程でも」


美紀は嬉しさを隠そうともせずに満面の笑みで笑う。美紀のこういう所は昔から侮れない。


美紀も冬華と同じで、魔術士の血を引いている。しかし魔術の知識は全く持っておらず、冬華のように先祖の夢を見る事も全くない。

家も裕福ではあるが、魔術士とは全く関係ない普通の家と変わらない。冬華とは違い普通の生活を送れている。全く羨ましい限りである。


しかし、やはり魔術士の家系だけあって、美紀もまた特殊体質ではある。

美紀は昔から視力がいい。冬華程ではないが、高層ビルから下を見下ろしても人の顔も文字もはっきり見えるほどだ。

周りの人からはサバンナにでも住んでいたのかと言われるほどだ。

しかも料理もエリカよりではないが、それなりに出来る。

だが偶に珍味らしきものができるのが傷だ。

更に身体能力も人並外れていて大抵のことはできる。

そんな事を一人で考えていると、やっとリビングのソファに辿り着いた春正が座りながら美紀に話しかける。


「何処だっけ?」

「えっとね・・・確か・・・温泉旅館ある遊園地の3泊4日か、沖縄巡りだったかな?」

「・・・・本当にそれ遠足か?修学旅行と言っても差し支えないレベルだぞそれ」


企画されている遠足の内容を聞いて途方に暮れる。最早遠足の範疇を超えていると思うと本気で行きたくなくってきた。


「でもそれならマジで楽しみになってきたな。

少なくとも行くだけなら良いんじゃねえの?」

「・・・・まぁな」


春正は冬華の心情を見破ったのか行く気にさせるようなフォローを入れる。

春正と美紀には隠し事ができないのが困り物だ。二人して気遣ってくれるので、冬華が出来るのは何処か飯を奢るくらいだ。


「じゃあどっちになるかはさて置き、俺の予想は多分遊園地だと思うぞ?沖縄はちと遠すぎる」

「だよね~。沖縄もいいと思うんだけどな~」

「けどあの人が許可出すなら遊園地だと思うぞ?多分だけど」

「だよな~。あの学院長なら間違いなくそっちだろうな」


春正はやれやれといった感じで肩を竦める。


因みに春正も魔術士の家系である。

冬華と美紀とは違って血も薄く、特別も特別といった特異体質を持っている訳でも魔術を扱えるわけでもない。

至って普通の人間と変わりなく、美紀と同じで普通の日常を過ごせている。

羨ましいと思うところもあるが、一番思うのは二人は過酷な世界に足を踏み入れなくてもいいという事だ。


冬華は目の前であーだこーだ言っている二人を見て、この二人には一生このままでいてほしいと思った。

二人は冬華の子供の頃の本当の事は殆ど言っていない。信用しているが何でも話すというわけでもないし、いえば明らかに心配されるに決まっているからだ。


計画は二人に任せて冬華はキッチンへと移動しコーヒーを淹れる。

美紀がそれに気づいたのか「私も手伝うよ~?」と言ってきたが、また足の踏み場もない床を歩かせるわけにもいかないので、「座ってろ」と言ってさっさと済ませる。


美紀は砂糖3杯、春正はブラック、そして自分の分は砂糖を5杯以上淹れる。

昔から冬華は苦いのがとことんダメで、かなり甘くしないと飲めないのだ。

昔は師匠の真似をしてブラックを飲んだことがあるが、あまりにも苦すぎて飲めなかった苦い思い出がある。


あれは苦かったな。などと思い出しているとリビングの方から春正が「まだか~。喉乾いた~」とごねているので春正のだけ先に持っていく事にした。


と言っても普通の方法ではない。冬華は小さく口を動かしてコーヒーの入っているコップに触れる。するとコップが一人でに動き、その場に浮く。


そのまま真っ直ぐゆっくりとリビングまで飛んでいき、春正の目の前まで運ばれる。

春正は持ってこられたコーヒーをぐいっと飲み始める。


今明らかに人智を外れた事が起きたにも関わらず、二人は何も驚きはしない。

それもその筈、この二人も魔術士の家系だ。

そこまでではないものの、魔術は見た事はあるのだ。特に冬華の魔術は頻繁に。


冬華の魔術は地形を壊すような大それた事は出来ない。ついでに言うと一流が一発できるような事は何一つできない。

実力で言うなら二流、いや・・・【三流】だ。


しかし決して大掛かりな事が出来ないわけではない。時間さえあればある程度の難しい事はできる。しかしそんな事もする必要性がないのでやらないだけだ。



「ほい。待たせたな、美紀」

「わぁ~!ありがと、と~君。・・・・それにしてもまた魔術の腕上げたんじゃない?」

「だよな。前より正確さが出てたと思うぜ?」

「・・・そうか?俺としてはもっと繊細に運べたらと思うんだが」

「んなことねぇよな、美紀?」

「うんうん!凄かったよ!私達はとー君みたいに魔術使えないから羨ましいな~」

「・・・・使えたって出来ない事は多くある。

この力じゃ・・・・人を救う事はできない」


冬華は死んだ魚のような黒い瞳を更に曇らせ目の中の光を無くす。

それを見ていた春正と美紀は地雷を踏んだ時のヤバいと言う感じの顔をした後、二人は何も言わなくなり、遠足の話を再開する。



二人はかつて冬華に起きた出来事を知っている。冬華から大まかな情報を聞いたからだ。

あの夏の日に起きた出来事を聞いた二人は泣き崩れている冬華に着いて、一晩中一緒に居てくれたのだ。


それ以来冬華は二人と積極的に関わるようになった。一緒に居て着いていけないや、面倒くさいと思った事も何度もあったが、それでも冬華は二人と一緒にいる事を選んだ。

その方が良いと、自分で決めたからだ。


冬華にあの夏の日の最後の記憶はない。

微かに覚えているのはレイナを助けに行き、そこで想像もつかない事が起きたという事だけだ。肝心なとこを覚えていないのだ。


師匠にも診てもらったが、ショックで記憶が飛んでいることしか分からなかった。

今ではもう記憶の中でしか彼女を思い出すことしができない。

あの日何が起きたか思い出せないのに、彼女が死んでしまった事は何故かわかる。


情けないなと、心の中で悪態を吐く。

もう思い出すのはやめようと首を振って二人の会話に混ざる。


いつも通りに戻った冬華を見て安心したのか、春正は「考え事は終わったのか?」と、自分の手を冬華の首に回してもう片方の手で頭をぐりぐりしてきた。


ぶん殴ってやろうかと思ったが、今はそんな気分ではないのでやめておいた。


美紀も気を遣ったのか、いつもの笑顔に戻り「とー君、なんか魔術見せてよ?簡単なので良いから」と言ってきたので、やれやれと思いながらも大きな箪笥の小さな引き出しをその場から動かず開ける。


そこからチョークが一本、先程のコーヒーと同じように浮遊して冬華の手元まで運ばれる。

そのチョークで机の上に五芒星を描き、その五芒星を円で囲む。

その周りに人では読めない術式の文字を描き、それをさらに囲む。

昔から馴染みの深い言い方をするなら、【魔法陣】だ。


春正に電気を消すように頼み、部屋を暗くする。


「■■■■■■」


冬華が小さく言葉を紡ぐと、五芒星の魔法陣が光出す。

すると、小さな光の虹色の粒子が宙を舞う。

まるで、遊園地のアトラクションかのような美しさで、真っ暗な部屋をてらす。

その眩い光は、春正と美紀の目を魅了する。

その魔術を起動した冬華でさえ、たまらず見惚れてしまう程だ。


「これどう言う魔術?何かの儀式?」

「・・・・いや、ただ魔力を通して光を出すだけのお遊戯の魔術だよ」

「へぇ~。こんな魔術もあるのか。でも何で虹色なんだ?誰が起動しても虹色なのか?」

「んや、そういう風に術式を書いたんだよ。一色より多色あった方が良いと思ったからな」

「粋だね~!とー君流石だよ!でも本当に綺麗だね!なんて言う名前なの、この魔術」

「え?・・・・」


美紀に魔術の名前を聞かれて言葉に詰まる。

前に読んだ本には何と書いてあっただろうか。

目を閉じて考えていると、名前を思い出してはっとする。


「確か・・・・【魔力宝飾陣】だったな」


【魔力宝飾陣】。方陣に設定した魔術式を魔術士の魔力を陣に流して、魔力を光の粒子として出すというだけの魔術。

遥か昔には、魔術士の学校授業の試験にもなっていたそうだと、冬華の師匠は言っていた。

冬華は子供の頃に、宝飾の意味を師匠に聞いた事があるが、師匠でも意味は知らなかった。


なので、この魔術を考えた人がどういった意味で作ったのかは分からない。

けれど、こんな魔術でも人の役に立つ事があるものだと信じている。


だから冬華は魔術士の道に進んだのだ。

自分の力を知っていれば出来ることはあるし、何より守りたいものを守れる。


そんな思いを胸に、自分の起動した魔術を眺めながら改めて固く胸に誓うのだった。



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