第29話 8月18日-3 白い来訪者

 闇の中に銀色の光が軌跡を描いていた。しばらくすると、それは金色の光を小さな花火のように散らして消えた。


 納刀の音。刀刃剣かたなばつるぎはマルコシアスの分身体を一体、斬り捨てた。まともに戦闘したのは初めてだ。やはりというかそこまでの脅威ではない。五体くらいなら斬り合える。


「学生がこんな時間に出歩くとは、感心しませんねぇ」

「何か用?」


 闇から浮かんだ白い装束の男――白騎士。その手に弓はない。青い目の紳士は微笑をその顔に浮かべている。遅い外出を本気で咎めるつもりはなさそうだ。


「いえ、お礼を言っておこうと思いましてね」


 先程の場での剣の腹芸に白騎士は気が付いていたようだった。


「言い訳を言います。通用するという確証はないというだけです。誰も試したことがないゆえに、ですが」

「不可解部の目的は地域の問題の調査と解決。それに手っ取り早く進みたかっただけ」


 騎士団と協力し召喚士を捕縛する。騎士団が来ているなら、不可解部は介入しない手もあるが、それでは多数の死傷者が出ることは明白だった。それを防ぐことのできる五木を含めた不可解部が参戦せずに被害を出すことは創設者の本意ではないだろう。その創設者には一度も会ったことはない上に、何なら顧問すらいないが。

 

「よかったのですか? 五木いつき君を騙すようなことをして」

「五木は愚かじゃない。青龍もいるから今頃事情がわかっているはずだよ」


 五木はおそらく青龍をはじめとした五獣に知恵を借りるだろう。数千年この世界を見ていた存在だ。それなりの知識と経験は積んでいるはず。もしかしたら四ツ橋よつはしの秘技とやらよりも確実な方法を知っているかもしれない。流石にこれは期待しすぎだろうか。


「話は変わりますが、剣君。君は不可解部についてどれほどのことを知っていますか?」


 白騎士はどこまで知っているのだろう。むしろこちらが不可解部について教えて欲しいくらいだ。


「……知っていることといえば、普通じゃない人間を集めている。ただそれだけ」


 そう言いながらも思う。ゴールデンウィークの陰陽五行いんよういつゆきと今回の召喚士騒動。この街で立て続けに事件が起きている。それは多い。


「誰一人、白群びゃくぐん高校が不可解部を設立したことについての詳細を知らない。しらを切っている可能性もありますが、五勢力のトップクラスにおいても同様です」


 調べて、いるのだろう。その動きはこの白騎士だけではないことは分かっていた。


 ゴールデンウィーク、最悪この列島が地図から消える可能性のあった事件。それを不可解部はたった三名で解決してしまった。他の勢力の手を借りることなく。


 五木の話を聞く限り、陰陽五行自体にはそれほどの脅威はないようだった。倒すだけなら、噂に聞く一人法師ならば半日もあれば十分だったろう。あの時点で五木にしか止められなかったあれも一人法師ならば別の解決策を用いていそうだ。


 この事件で不可解部は広く認知されることとなった、特に五木だ、先日も変なあだ名がたくさんつけられていたと嘆いていた。確かそれは今目の前にいる白騎士から告げられたはずだ。

 

 不可解部設立の目的は知らない。それでも五木は別として、剣と風名は目的を持ってあえて加わることにしたはずだ。


「でも誰かが何か目的を持って作ったことはわかるよ」


 自分の目的に考えが巡りそうになり、剣は煙に巻くように言った。


「それはわかるんですけどね。こちらとしては誰に問い詰めればいいのかもわかりません」


 白騎士は苦笑した。確かに管理者のいない不可解部だ。何か知っているとすれば校長だろうか。


 異能を集めたいというのも目的であろうことは推測ができた。剣と風名は目的達成の過程として仲間を集めたい、という点において利害は一致している。


 現状、部員は三人だが白群高校には


「なんでみんな不可解部を調べているのかな」

「一人法師、その再来にならないかという危惧があるのと、リクルート、この二つでしょうね」


 後者はおそらく騎士団の理由だろう。血統の四ツ橋。才智の学院アカデメイア。気ままな不死の暗殺者集団である四死使師しししし。そして一人法師。この四つにはリクルートする気はさらさらないように思える。


「まさか、あの戦争がまた?」


 あの戦争、一人法師の出現により起こった誰が敵で誰が味方かがわからず入り乱れ多数の死者が出た、といわれているこちらの界隈の戦争。その結果は大まかにまとめると、四勢力が五勢力となった。


 まさか、不可解部がさらなる一大勢力になるとでも? 独立勢力止まりがいいところだ。


 それにメンバーの誰にもその気はない。設立を決めた誰かはどう考えているのかわからないが、全員が決死の力を出したのなら、五勢力の一つくらいは用意しなければならないだろう。そんな自信が剣にはある。


「私のように実際にあなた方と接すればそれはない、ということはすぐわかりますがね」

「……それはどうも」


 白騎士に見透かされたようなことを言われ、少し憮然ぶぜんとした調子で剣は言った。白騎士のこの物言いは気に食わない。


「赤騎士はあなたとの再戦を望んでいますが、私としては許可できません。あなたが本気を出せば、頭を叩いて気絶程度では済まないでしょう」


 買い被りすぎだと剣は思った。確かに赤騎士との戦闘では刀刃の奥義は何一つ使用していない。ロングソード、即ち鉄を断ったのは刀刃家の者ならできて当然の技術だ。


 血を操る赤騎士が熟達すれば、名刀血斬りによる剣撃しかない自分は楽に勝てないだろう。負けるとは思わないけれど。


「そうだね。当然、あなたも」


 白騎士に視線を向けた。五勢力、その一角、一部隊の筆頭にもただで負ける気はない。


「それは、まあ。私は本当にあなたたちが敵とならないことを望んでいます。今は協力関係ですが、今後の動きによっては我々のみならず、五勢力が敵に回ることも考えなばならないということです」

「それはわかるよ。僕だってずっと殺陣たてを演じていたいわけじゃないからね」


 この胡散臭い白騎士――確か五木はおしゃべり紳士、と呼んでいたか。彼とも召喚士征伐までだ。無事終われば自国へ帰還するのだろう。


「何度か言っていますが、当日はよろしくお願いします。まだいつかはわかりませんが」

「言われなくとも」


 白騎士は闇に溶けるみたいに、まるで最初からいなかったかのような感触を残し立ち去った。


 やはり侮れない、そう思いながら剣は足を動かした。

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