不可解部の活動記録01 File02色戦争 ～悪魔やら謎の組織が出てきて夏休みは犠牲になりそうですが、仲間と共にこの街を救います～

第19話 8月8日-2 見ていた少女

　先ほど見た光景に嵐呼風名（あらしよびかぜな）は心を乱されいた。

　学校近くの駅に直結したデパート、その地階のスーパーマーケットで偶然、同じ部活の同輩、五行五木（ごぎょういつき）を見かけた。

　手には籠を持ち買い物をしている様子だった。声を掛けようとしたときに綺麗な女の子が一緒にいる事に風名は気が付いた。

　その会話する表情は気の置けない感じで自然体、ボディタッチをするくらいには親しいらしい。

　声を掛けられなかった。そんな光景を見て風名はその場を後にした。

　あの制服は中高一貫の月白（げっぱく）学園のものだったろうか。確か月白の高等部は市内屈指の進学校だ。

　綺麗で長い黒髪に眼鏡をかけた知的で美しい少女だった。

　どういう伝手（つて）で五木と彼女が出会ったのかはわからないし、知らない。

　取り止めのない思考が頭を巡り続けた。

　それを考える資格はない、五木は同じ部活の仲間に過ぎない。そんなことはわかっている。風名は自らそう言い聞かせる。

　別に五木が誰と仲良くしようががどうでもいい。それでも五月五日――ゴールデンウィーク最終日の出来事が頭を掠めた。

　そのたび風名は、やっぱりどうでもよくない、と再び心を乱すのだった。

　風名の悩みはなんのことはないものだった。五木の相手と思っている少女が彼の妹――五行雅金（あかね）であることに風名は気が付いていなかった。

　風名と雅金、風名は一方的にその顔を見ている。それこそゴールデンウィークにである。

　会話は無く、眠る雅金をただ見ただけだから顔を覚えていなくても仕方ない。

　それでも聡い彼女が不思議なことに五木の妹であることに思い至らなかった。

　とんだ物好きもいたものだと思って、笑みがこぼれた。自分だってその物好きだ。

　不可解部の男子生徒では五月人形のような美少年刀刃剣（かたなばつるぎ）はめっぽう目立つ。

　対して五木は睨んでいるのかと思われてしまいがちな目付き、洗髪し、そのまま乾かしてきたようなあまり気を遣っていない髪型。それらの印象で損はしているが、剣と並ぶポテンシャルはあるはずだ。

　いつも誰かのため、誰も傷つけないように行動しようとしている好漢だ。ただ朴念仁、鈍感なのが玉に瑕だが、そこも魅力なのかもしれない。

　いつの間にか風名は五木のことを考えていた。

「頭にきた」

　一言そう呟（つぶや）いた。

　屋内だというのに風が少し吹いた。

　魔力がすぐ心に反応してしまう。魔法使いとして未熟だ。

　五木のことでこんなにいろいろと考えてしまう自分が腹立たしかった。本当に何でもない関係なのだ。

　ゴールデンウィーク中の風名との諸々を五木は忘（・）れ（・）て（・）い（・）る（・）のだから。

　それを踏まえて黙っていることを、自身の想いを秘めていくことを彼女は選択した。

　それは神獣――青龍との誓いでもあった。待つことを、決めた。それを破ることはできない。ゆえに五木の人間関係にとやかく言うことはできない。

　堂々巡り無駄な思考。

　何度考えただろう。風名は思った。

　時計を見る。あまり時間が経っていない。

　エスカレーターを上りビル一階を目指す。化粧品のフロア。ここから外に出て、家に帰るとしよう。

「嵐呼、じゃないか」

　女性にしては低めの声で話しかけてきたのはクラスメイトの鞍式静馬（くらしき・しずま）だった。乗馬部で柔道部。武人然として化粧っ気のない彼女がここにいるとは思ってもみなかった。そんなこと思ってごめんね、と風名は心の中で詫びた。

「鞍式さん、久しぶりだね」

「これは恥ずかしいところを見られてしまったな」

　静馬はそう言ってはにかんだ。確かに彼女がここにいるのには驚いたが、女の子なのだからコスメコーナーにいてもなんらおかしいことはない。そう思いつつ、実際は風名もあまり足を運ばない。

「ちょっと気になってな。その……これで化粧をすれば私も可愛くなるのかと……」

　百七十二センチの高めの身長。キリッとした目と少し太めの眉は可愛いというよりは美人のカテゴリに入るだろう。そう言っても納得しない上に認めないことは明白だ。あまり容姿に関して褒められたことがないらしく、自覚がない。

「可愛く、なりたいの？」

「……まあそうだな。理由は聞くなよ」

　そのセリフと表情で察しがつく、彼女は誰かに恋をしているのだろう。

「私もあんまり詳しくないからなぁ」

「確かに嵐呼は化粧してないな」

「……今度、王久（おく）さんにでも一緒に聞かない？」

　王久吉音（よしね）。同じクラスの明るい子でお洒落さんだ。

「それはいいな。私だけだと聞きにくいから一緒に頼んでくれると助かる」

「私もそろそろ勉強しなきゃと思ってたからちょうどいいし」

「それからまた来るとしよう」

　静馬は風名が来た方向へと向かい始めるエスカレーターに用があるのだろう。

「嵐呼は帰るとこだったか、邪魔をしたな。すまない」

「いや、用事があるわけじゃないから」

　静馬は無骨なようで結構人に気を遣う。そういえばあの事件は彼女のこの性格も関わっていたのだろう。風名は静馬の顔を見ながら考えた。

　不可解部のサブファイルに記された事件。不可解部、最初の案件。

「じゃあ、また」

「ええ、またね」

　そう言って互いに血がほむ方向へ歩き始めた。

　短くとも静馬との会話のおかげで平静を少しは取り戻すことができた。

　幸いなことに、明日部活動に出席すれば、一週間ほどの休みだ。その間に気持ちを整理してしまおう。

　街が焼け野原になる予知夢を覆す事と比べるとこの悩みは些細なものだ。思考を切り替えなければ。

　それでも五木には会いたくないので、明日は朝早めに部活に行き、すぐ帰ろうと、風名は決めた。