第六話④ 行くっきゃないやるっきゃない負けっこない止まらない


 マツリは言ってたっす。俺っちは恵まれてるんだって。言われてみれば、俺っちは生まれてからこの方、食うに困ったことも、死ぬかもしれないって怯えたことも、なかったっす。

 お袋はいつでも飯を出してくれてたっすし、一人で出歩いてても襲われることもない生活。それが普通で、死ぬなんてほとんど考えたこともなくて。生きていけることが当たり前だったのが、俺っちっす。


 でも、マツリ達のこの世界の住人は違うっす。傍らにいつでも自分達を皆殺しにできる存在がいて。立ち向かうこともできないくらい力の差があるから、よいしょするしかなくて。機嫌を損ねたら殺されるって、ずっと怯えながら生きていく生活。それは、一体どんな気持ちなんすかね?

 いや、俺っちだって解ってるじゃねーっすか。この世界に来てからアガトク様とセイカさんを相手にしていた、あの感じ。あんな思いを、ずっと、ずーっとマツリ達は味わいながら、生きてきたんす。しんどくて、やめたくて、もう逃げ出したくなるくれーの、こんな心地を。


「今の俺っちのしんどいって思いの何倍も、何十倍もしんどい思いを、アイツはしてたんすか」


 しかもそれだけではなく、周囲の人間の期待や命。そして絶対に失敗できないというプレッシャー。そんだけのもんをマツリは、あの小さな肩で背負ってた、なんて。


「……俺っちには、ゼッテー無理っす」


 自分じゃ到底できないようなすんげーもんを背負って、アイツは頑張ってた。必死になって、頭を下げて、自分が守りたいみんなのことを考えながら、アイツは頑張ってた。


「だからって俺っちに不義理働いていーのかって言われたら、まあちげーとは思うんすけど……思えばナオキの奴も、頑張ってたっすね」


 もう一度思い返してみれば、みんなの人気者だったナオキだって、頑張ってたじゃねーっすか。

 俺っちやその他みんなの誕生日を覚えてて、毎回必ずパーティーを企画してくれて。わかんねーことがあったらいつだって助けてくれたっすし、俺っちが不満をぶつけたらちゃんと気を回してくれてたっす。


「……そっか。ナオキもマツリも、頑張ってたじゃねーっすか」


 アイツらがなんでみんなから好かれていたのかって考えたら、至極単純なことに行き当たったっす。

 ナオキもマツリも、みんなの為に頑張ってた。それが例え何一つ自分の為にならねーとしても。最悪誰からも感謝されなかったとしても。損得もなんも考えずに、ただみんなの為にって、二人はずっと頑張ってたじゃねーっすか。


「でも、俺っちときたら」


 そんな彼らの一方で、俺っちは何をしてたか。ただナオキに言われるがままにやって何も考えず、自分のことばっかでナオキに文句だって言ったことあるっす。

 それはこっちに来てからも一緒で、マツリに言われたことをただただやり続ける日々。そりゃ死にたくなかったし、やるしかなかったっつったら、まあ、そーなんすけど……それも全部、言われたから。自分でそうしようとして、やった訳じゃねーんすよ。


 片や自分から率先してみんなの為に頑張ってきた奴ら。片や言われたことだけを渋々やって、自分のことしか考えてねー奴。そんなん。


「みんながどっちを好きかなんて、当たり前じゃねーっすか」


 ことここに至って、ようやく解った真実。ナオキだってマツリだって、いつもみんなの為に頑張ってた。その姿があったからこそ、みんなが彼らを好いていたんすよ。

 俺っちはそれをしてなかったから、一人ぼっちだった。ただ自分のことだけ考えて、誰かが何とかしてくれるって思って、何もしてこなかった俺っち。何にもできねーかもって、怖がってた時期もあった。


 でも、そんな俺っちでも、できたじゃねーっすか。


『コーシッ! 我と恋愛するぞッ!』

『コーシさん。一緒にお茶をしましょう』


 言われたことでも、頑張ったから。文字通り命がけでやったら、邪神と超越者なんつーヤベー奴ら相手の修羅場も乗り切って、二股できたじゃねーっすか。前任者が二人も召されたことを、俺っちなんかが、やってのけたんすよ? 武勇伝どころかレジェンドっすよ、こんなん。

 そしてその結果。さっきマツリはなんて言ってたのか。俺っちに、なんて、言って、くれたのか。


『助けて、コーシ。あの二柱を何とかできるのは、もう、お前しかいないのだ……お前が、必要なんだ。お願い、なのだぁぁぁっ!!!』

「は、ハハハ……な、なーんだ。俺っち、ちゃんと、出来てたじゃねーっすか」


 生まれて初めて、俺っちを必要としてくれたマツリ。最初こそ有象無象の一つでしかなかったけど、がむしゃらに頑張ったら。いつの間にか替えが効かねーポジションに収まっちまってたんじゃねーっすか。

 アガトク様とセイカさんの二柱とちゃんと向き合えるのは、俺っちだけ。彼女らは他の誰でもねー、俺っちのことだけを見ていてくれた。女っ気なんて微塵もなかった筈の、こんな俺っちを。


「……やっぱ馬鹿っすね、俺っち。始まりがなんであれ、欲しかったもんはもう全部、あったんじゃねーっすか……なら、さ。もうちっと、頑張ってみても、いーんじゃねーの?」

「よー、コーシ。また来たぞー」


 俺っちが色々と心を決め始めた時に、声がかけられたっす。振り向いた視線の先にいたのは、床につきそーなくれー長い髪の毛を持った男、バイダだった。


「マツリサマはもーこっちに来る余裕なんざねーからな。星との契約はマツリサマが解除してくれっから、後はお前さんを元の世界に……」

「バイダ。一つ、頼みがあるっす」

「ん? なんだなんだもう強請るもん決めたのか? 心配せんでも、大概のもんなら大丈夫よ? マツリサマが何でも渡していーっつってたからな。金でも食い物でも」

「ちげーっすよ」


 俺っちはバイダの言葉を遮ったっす。そして真っ直ぐに彼を見据えて、口にしたんす。俺っちの決意を。


「俺っちを今すぐに二柱がぶつかろーとしてる戦場まで運んで欲しいっす。二柱を、止めてみせる」

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