ルーナと魔法動物学者と星月の魔法
ぽぽぽぽーん
第1話 湖の妖精と銀髪の少女
今から100年前、悪魔崇拝教【ディアボルス教団】の宗主タヘールは、国一つを滅ぼし、それを贄に冥界の門を出現させ、それを開いた。
冥界の門からは、13の悪魔が現世に現れる。
悪魔達は歓喜しながら殺戮と、蹂躙を繰り返し、世界は混沌に包まれた。
空は闇に覆われ、大地は割れ、海は枯れる。世界は終末を迎えようとしている。
しかし、それに立ち向かうべく、国同士は手を取り合った。
犠牲を多く払いながらも、悪魔達と戦う。そして冥界の門を閉じることで、人類は勝利し、この戦いは終わった。
だが、13の悪魔達は肉体を失いながらも、今も尚、人に取り憑きながら現世に留まり続けている。
ー王国記 3章
※※※※※※
グローム王国と、アドラス帝国の国境となっている、ウンダ湖。
その湖は、さざ波ひとつないほどに静かだった。
妖精と魔物の住処であるこの地を訪れる人は少ない。
だが今は、黄金獅子【ライオネル】を連れた、1人の青年の姿が見えた。
髪は焦げたような茶色で、瞳は青い。体つきは華奢で、顔立ちは中性的で美しいが、年の割にどこか頼りない。
「ティオ、そろそろ日が暮れてしまうから、今日はここで休もうか」
時刻は、もう夕暮れ時。夜には凶暴な魔物も出てくるため、そろそろ野営の準備をしなくてはならない。
青年は、お供である黄金の立髪を持つ巨大な獅子の魔物ティオにそう告げる。ティオは青年の言葉を理解したように、ガウッと小さく吠えた。
「じゃあ、僕が火を起こすから、君は食べ物を探してきてくれるかい? あ、ここの鹿は狩ったらダメだよ。猪か、兎でお願いね」
ティオは再度小さく吠えて、この場を離れた。
青年は、ティオが離れると同時に、道中で集めた針葉樹の小枝を、山形に組んだ。
そして、その山形の小枝に向かって、懐から取り出し、30センチほどの杖を向ける。
「燃えよ【フランマ】」
青年が小さくそう唱えると、枝には小さな火が灯った。
静かな湖で、火が爆ぜるパチパチという音が木霊する。
青年は古びた牛革の小さな袋から、りんごを1つ取り出し、湖に近づく。そして水面の前で膝付いて、言葉をかけた。
「ナイアド、一晩ここで過ごしてもいいかな?」
すると、その言葉に反応するように、湖からはさざ波ひとつ立てずにゆっくりと、1人の見目麗しい少女の姿をした、湖の妖精【ナイアド】が現れた。
「ふふふっ、珍しく礼儀を知っているのね、魔法使い。いいわよ、あなたは騒がしくないから」
湖の妖精【ナイアド】は、どこか可笑しそうにそう言うと、青年に右手を差し出した。
青年は、それにニコッと笑いながら、彼女にリンゴを渡す。
「ありがとう、ナイアド。君が心優しい妖精で良かった」
「ふふふっ、私が心優しいのはあなたの心が綺麗だからよ。りんご、ありがとう可愛い人」
湖の妖精【ナイアド】は、そう言い残すと、さざ波一つ立てずに湖の中へ沈んでいった。
再び、言葉のない世界が広がり、火の爆ぜる音のみが木霊する。
日はゆっくりと山に沈見ながらも、みなもに美しく自身の姿を写していた。
「ほんとに、静かでいい場所だなあ」
青年は、微笑みながらそう呟いた。
そして、うーんと一度ゆっくりと伸びをしてから、再び古びた牛革の小さな袋に手を入れる。
「あれ、どこいった? ...あ、あった、あった」
袋から手を引き戻すと、袋の中に入っていたとは思えないほど大きな折り畳まれたテントを取り出した。そして、それを地に置く。
「元に戻れ【レディアドオリジナル】」
そう唱えて軽く杖を振ると、2人分程の広さがあるモノポールテントが建った。
「ふぅー、完成」
野営の準備が済み、一息つこうとしたところで、ティオが駆け寄ってくる。
遠くから走ってくるティオは、なぜか手ぶらだった。狩人よりも狩が上手い彼が、獲物なく、帰ってくるとは珍しい。
「どうしたティオ、そんなに慌てて。獲物がいなかったのかい?」
ティオは首を横に振りながら、何かを説明する様にガオ、ガオッと吠えた。
「ん? それは本当?」
青年は、魔物であるティオの言葉が分かる。それほど彼らの付き合いは長かった。
「では、急ごうか」
青年はそう言うとティオの背に乗った。
しばらく橅の樹木や、笹の葉の間を進むと、開けた場所に出た。
青年が辺りを見渡すと、ティオがある方向に向かって小さく吠えた。
その場所には、銀髪の幼い少女が気を失ったように横たわっていた。
「これは大変だ」
青年は慌てたようにティオから降り、幼い少女に駆け寄り、彼女の体をゆっくりと抱き起こす。
脈もあるし、息もある。
どうやら、気を失っているだけみたいだ。
「良かった」
青年は安心したように肩をすくめ、ティオを優しく撫でた。
「お手柄だねティオ。もう少し遅かったら、いたずら妖精【ピクシー】か小鬼【ゴブリン】に悪戯されていたか、最悪、豚鬼【オーク】に食べられてたよ」
ティオは青年に気持ちよさそう撫でられながら、甘えるように喉を鳴らした。
「それじゃあ、運ぼうか」
青年は、少女を抱き抱えてティオの背に乗り、野営地に戻った。
青年は、テントの中のベットに彼女を寝かせる。
「...ぅ、ぅーん、うぅ」
少女は眉根を寄せ、苦しそうに呻くような声を上げる。
「癒えよ【サナーティオ】」
青年は苦しそうな少女に向かって、癒しの呪文を唱えた。
「10歳くらいかな。でも、どうしてこんなところにいたんだろうか」
古びた牛革の袋からティーカップと、ティーポットを取り出す。
テントの中にティオが頭を入れてきた。
ティオは身体が大きく、テントには入らない。
「ガウッ、ガウッ!!」
ティオは、文句があるように青年に吠えた。
「はいはい、分かった、分かった、ご飯ね。まったく、食いしん坊だな」
「ガウッ!!」
「食いしん坊はお前の方だって? 確かに僕は人間にしてはよく食べる方だけど、君に比べれば、少食だよ」
「ガウッ、ガウッ!!」
「確かにそうだね。喧嘩する前に、猪でも捕まえに行こうか」
「ん、んんー」
ティオと青年が押し問答していると、ベットに横たわっていた少女が目を覚まし、ゆっくりと身体を起こした。
「やあ、目が覚めたかい。いま、ココアを淹れるから待っててね」
青年は、少女に向かって優しく微笑みながらそう言うと、懐から杖を出した。
ティーポットを開けて、その中に杖を差し向ける。
「水よ【アクア】」
杖からは水が溢れて、すぐにティーポットには水が溜まった。
そして、それを外の焚き火にかける。
「...あの、ここは?」
少女は不安そうな面持ちでそう尋ねた。
短く揃えられ銀髪の幼き少女の容貌は、見目麗しい湖の妖精【ナイアド】と比べても遜色なかった。
「ここは、グローム王国と、アドラス帝国の国境となっている、妖精の湖、ウンダ湖のほとりだよ」
「…グローム? アドラス? ウンダ?」
少女は不思議そうにかつ、不安そうに首を傾けた。
「もしかしたら、強い魔力による記憶障害を起こしているかもしれないね」
青年は、少女が倒れていた場所を思い返していた。
あそこには、強い魔力痕があり、おそらく7階級、8階級レベルの強い魔法が使用されていた。
強い魔力に充てられて、記憶が混濁してしまうことは少なくない。
青年は沸かしたお湯で、常備しているココアを溶かす。
そして、安心させるような笑顔で、少女にそれを渡した。
「熱いから気をつけてね」
「あ、ありがとう、ごさいます」
少女はそれを恐る恐るそれを両手で優しく受け取る。
「さあ、飲んでごらん。気分が良くなるよ」
青年の言葉に、少女はコクンと小さく首を縦に振り答えた。そして、一度ふぅーと熱を冷ますように優しく息を吹きかけてから、ティーカップに口をつけた。
熱々のココアは、少女の心を溶かすように、彼女の碧い瞳からはツーと霜雫のような涙が溢れた。
「…美味しい」
少女のその呟きに、青年はまたもやニコリと笑った。
「それは良かった。ふふっ、実はココアを淹れるのだけは、良く妻に褒められていたんだ」
※※※※※※※
冥界の門は、再び開かれ、世には混沌が訪れる。
しかし、竜の星が降る夜に、光の子が生まれ、その者が、闇を晴らす剣となるだろう。
ー予言の悪魔 ナアム
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