星に捧げる決意と願い

星海ちあき

大好きなあなたへ……

 青い空の下、今日も光と闇の魔法がぶつかり合う。

「っ!シャイニングフルール!」

 呪文を唱えると目の前に大きな光の花の障壁が現れ闇を打ち払う。

 私の前には昔からよく一緒に遊んでいた闇魔法使のグランが立っている。無表情で杖を振り、私に闇魔法を出し続ける。

 前はもっと笑っていたのに、優しい声で私の名前を呼んでくれていたのに。

「……シーナ、諦めろ。光は闇に飲み込まれる運命だ」

「そんなことない!光は世界を温かく照らし出すもの。闇があるから光がある。光と闇は表裏一体の存在だよ!どうして手を取り合うことができないの?」

 以前はあんな冷めた声をしていなかった、あんなひどいことを言うような人ではなかった。

 全ては大国家であるこの国が、フォルトゥーナが光と闇に分かれて争いを始めたせいだ。

 それまでは光と闇は共存していた。仲良く暮らしていたのに、政権争いか何かのくだらない理由で彼と争うことになった。

 私はグランが好きなのに。本当は傷つけたくないし、昔みたいに笑い合いたい。私の気持ちを、彼に言いたい。

 けれど、この気持ちは隠さなければならない。光の魔法使いが闇の魔法使いに恋をしているなんて知られれば、反逆罪として処刑されてしまう。私だけではなく、周りの人たちにも危害が加えられるかもしれない。

 それだけは避けたい。ならば隠し通す以外の道はない。もう一度国が一つになれば光と闇でも自由に恋愛ができるようになるかもしれないけれど、今の状態では無理だろう。

 それなら少しでも良い方向に向くよう、上の人たちにかけ合おう。戦いに赴いたとしても、誰も殺さず穏便に済まそう。

 そう思ってこの場にいるのに、グランは話し合う気なんて全くなく、無感情な瞳で私を捉え、魔法を放つ。

「……ダークエッジ」

「フラッシュ!……え、やば」

 大きな闇の塊を光で粉砕しようとしたが少し残ってしまった。あれをくらえば当たったところから浸食されてしまう。

 私は間一髪のところで箒に飛び乗り空へ上がった。

 見下ろした先には私を見上げるグランがいる。しかし追いかけてくるそぶりはない。魔法を放つ気配もない。

 何の攻撃もしてこないことを不思議に思っていると遠くに光派閥の紋章が描かれた旗が見えた。帰還の合図だ。

 私はもう一度グランを見てから城へ戻った。




 一度自室へ戻り謁見用の正装を身に着けてから大広間へ行く。そこには光派閥の当主を務める国務大臣、フリートが冷めた目つきで椅子に腰かけていた。

「よく戻ったな、シーナ。今日も一人も殺さなかったと聞いているが。……いったい何をしているんだ?お前はこの国トップクラスの光魔法使の家系であり貴族階級のフローレンス家の出だろう。魔法学院での成績もトップだったではないか。なぜあんな闇どもを殺せない?」

「申し訳ありません大臣。しかしながら、むやみに殺す必要はないのではないかと。互いに殺し合ってしまえば溝が深まるばかりです。一度、向こう側との話し合いをするべきではないでしょうか」

 大臣は深いため息をついた。

「お前はそればかりだな。話し合いで解決できるものならとうにしている。そんなものは無意味だから戦争になっているのだろう。それともなんだ、向こうに恋人でもいるのか?だから誰も殺さずに話し合いをなどと戯言ざれごとを言うのではないか?もしもそうなら反逆罪にあたり、お前を拘束せねばならぬ。優秀な者を消すのは私も忍びないのだが、仕方ないことか」

 大臣は口元に下劣げれつな笑みを浮かべて、そばに控えていた黒服に目配せをした。

 同時に私は黒服たちに囲まれた。

「恋人などいません!私は光に忠誠を誓った身です。闇に落ちることなど決してありません!」

「ふん、その言葉が真実であることを願っている。もう下がれ」

 黒服たちが私を開放し大臣のそばへ戻った。

 私は「失礼いたします」と声をかけて大広間を出る。




 なんとなく自室に戻る気になれず、街を一望できる塔に上った。私のお気に入りの場所だ。

「今日も、グランからの返事はなしかな……」

 私は闇派閥の方でも光との話し合いを考えてほしいと、三週間ほど前グランに手紙を送っていた。

 手紙と言っても普通に送ったところでグランのもとに届かないだろうから、魔法使いだけが目視できる使い魔を使って、グランに直接届けたから受け取っているはず。

 グランは光と手を取り合うことを望んでいると信じている。他の闇派閥の人とは違う。そう信じているけれど、こうも返事が来ないと不安になる。

 グランもやっぱり光はいなくていいと思っているのだろうか。

 それとももう一つの手紙の内容のせいだろうか。

 話し合いのお願いをする手紙と一緒に、ちゃんとご飯を食べているかとか、戦っているとき以外ではどんなことをしているのかとか、私のことも少し書いた。もちろん好きだなんて書いてしまえば万が一誰かに見られたら危険だからそういうことは省いたけれど。

 昔みたいに笑い合える日が来るといいねと、そんな意味合いのことは書いた。

「グランにとってはこういうのもやめてほしいと思ってたりして。……手紙なんて書かなければよかったのかな」

 夕陽に照らされている街をただぼーっと眺めてどれくらい経っただろう。いつの間にかオレンジ色は消え、陽の沈み切っていない微妙な色合いの淡い紺が広がり、星が点々と輝いていた。

 そろそろ戻らなければと思った時、明らかに星の光ではない何かが光った。

 黒っぽい、それでいて鈍く七色に光った蝶だ。

「あれは、グランの使い魔?!」

 小さいころに私と一緒にお揃いの蝶を使い魔として作ったのだから見間違うはずがない。

 私は光魔法使なので白銀の使い魔、グランは闇魔法使なので濃紺の使い魔を作ることになっていた。決まっているのは色のみで、形は自由だったし、別の色を少し加えることもできたため、私たちはオパールのような七色の光の粒子を纏った蝶をお揃いで作ったのだ。

 それがこちらに向かって飛んできている。

 私が手を伸ばすと黒蝶は静かにそっと指の先に止まった。私がそれを胸元に引き寄せると手紙へと姿を変えた。

 差出人はやはりグランからだった。

 私は少し緊張しながら、丁寧に封を切り中を確認した。

 そこには昔から変わらない、少し武骨な文字が綴られている。


『シーナへ

 単刀直入にいうと話し合いの件は、俺ではどうすることもできない。俺は上からの命令で動く以外何もできないんだ。力になってやれず申し訳ない。

 できることなら俺も戦争は早く終わらせたいと思う。今まで仲良くしていた人が急に敵になってつらいのは俺も同じだ。誰かを傷つけるのも、ましてや命を奪うのも、あまりしたくはない。戦場で多くを傷つけてきた俺だが、この言葉と気持ちだけは信じてほしい。


 光派閥のトップは国務大臣だっただろう?あの男は光魔法使を束ねる者とは思えないくらい卑劣で残酷な男だ。何よりも勝つことと自分の保身しか考えていない。シーナが直属の部下になっていると聞いたが、誰も傷つけないように立ち回っているお前はあの男にひどい目にあわされてないか?脅されたり、いじめられたり、何もされてないか?俺は本当に、それだけが心配だ。

 俺の心配をしてくれることはありがたいが、同じ分だけ自分のことも大切にしてほしい。今はお前のそばで守ってやることができないから、あまり無茶をしないでくれ。それでも、シーナは前に進み続けるだろうから、応援はする。もちろん、俺もできることはしようと思う。お互い頑張ろうな。

 前みたいに一緒に過ごしたい。シーナの笑顔を誰よりも近くで見たい。心から、そう思っている。

                                  グラン』


 読み終わるころには手紙に大きなシミがいくつもできてしまっていた。いつの間にか私の目には涙が浮かび、零れてしまったようだ。

「よかった。本当、よかった………」

 話し合いができないのは残念なことだが、それよりもグランはやはり他の闇派閥とは違うのだとわかったことが何よりも嬉しい。

 私のことまで心配してくれて、離れていても、敵対する立場だとしても、私のことを想ってくれていることが伝わってくる。

 私の笑顔を近くで見たいなんて、意識せずとも口角が上がってしまう。

「私も、グランの笑顔を誰よりもそばで見たいよ。……そのためにも、まずはこの争いを終わらせないと」

 私は涙を拭いて、決意を胸に闇に包まれ星が煌めく夜空を見つめた。

 いつか私の気持ちを伝えるために、歩みを止める訳にはいかない。

 つらいことがあっても、たとえ立ち止まってしまったとしても、また前に進むんだ。

 そのためにはまずあの大臣をどうにかしなくてはいけない。

 何か案があるわけではないけれど、なぜだか不安はあまりなかった。むしろやる気でいっぱいだ。

 きっとグランの手紙のおかげだろう。彼が応援してくれる、彼も頑張っている、それに私も答えなくてはという気持ちが強いのだ。

 この先何が待っているかは分からないけれど、きっとグランの横で笑える日が来る。誰にも言えなかったこの想いを伝えることができる日が必ず来る。いや、つかみ取るんだ。

「夜空に輝く星星よ、今だけは私の願いを聞いてください。グランへの想いがいつか届けられるよう、力をお貸しください」

 夜空でひときわ眩しく輝く一等星にそんな願いをかけた。

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星に捧げる決意と願い 星海ちあき @suono_di_stella

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