本編最終話 縮まった距離
だいたい、同じ家に住んで家族として暮らしていくのに、そんな大事なこと、ずっと隠し通せるものなの?
「だって、俺達こうして兄妹になったわけだろ。そんな相手が、義理の兄妹の恋愛ものを書いてるんだ。そんなの、下手したらドン引きされるかもしれないだろ」
「あっ……」
「もちろん、小説はフィクションだし、現実とは違うよ。けど、相手がどう思うかなんてわからない。バレたら変態扱いされるかもしれないし、こんなのとは一緒に暮らせないって言われて離婚の危機になるかもしれない。俺の書いた小説のせいでそんなことになるなんて嫌だよ」
その気持ちはよくわかった。本当に、よーくわかった。って言うかそれって、まんま私と同じ悩みじゃない!
「で、でも、私がその読者だってこと、わかったよね。だったら、引いたりしないって思わなかった?」
私が『お義兄ちゃんと、一つ屋根の下』の熱烈なファンだとわかった時点で打ち明けてくれたら、何も問題なかったのに。どうしてそこで言ってくれなかったの?
「もちろん思ったよ。これなら、全部話せるかもしれないって。だけどもしかしたら、読むのと書くのじゃ違うって言われるかもしれない」
「いや、そんな勝手なこと言わないから!」
なにその理不尽?
そう思ったけど、佐野君にとっては本当に不安だったのかもしれない。何しろ事と次第によっては、家族崩壊の危機になるかもしれない。必要以上に慎重になるのも仕方ないかも。
「それに、北条さんは、リリィのこと、女だって思ってたんだよね。もちろん、俺だってそう思われるだろうなってわかっててそんな名前にしたんだ。だって……こんな、いかにも少女漫画みたいな感じの話、男の俺が書いてるってなったら、イメージが崩れるかもしれないだろ」
「えっ?」
カッと顔を赤くさせ、恥ずかしそうに俯く佐野君。
「これだけ作品を好きになってくれたのに、作者が俺だって知って、ガッカリさせたら申し訳ない。そう思うと、言い出せなかった」
そんことない。と言いたいところだけど、私もリリィさんのことずっと女性だって思ってたのは事実だ。
「けど、好きって言ってくれたことは嬉しかったし、できることなら、読んでくれてありがとうって言いたかった。それで、ずっと悩んでたんだ。最近、北条さんとうまく話せなかったのは、それが理由」
「それが理由って、何日もずっとそれで悩んでたってこと?」
「そうなるかな……」
改めて、ここ数日の佐野君の様子を思い出す。
ずっと様子がおかしくて、何か言いかけては、曖昧に言葉を濁すのを繰り返していたけれど、まさかその理由がそんなのだったなんて。
だけどそれでも、本人にとっては真剣だったらしい。この期に及んで、こんなことを聞いてくる。
「それで、その……ガッカリしなかった?」
尋ねる佐野君の表情はとても不安そうで、答えを聞くのをとても怖がっているようにも見えた。
ふと、洋子さんが言っていた、佐野君が昔、人見知りで引っ込み思案だったという話を思い出す。
今の弱々しい姿は、これまで抱いていた佐野君のイメージとはまるで違っていて、正直かなり意外だ。だけど私がずっと軽蔑されてるんじゃないかって不安たったみたいに、佐野君も真剣に悩んでいたんだろうな。
けど、そんな心配ももう終わりだ。
「ガッカリなんてしてたら、あんなに喜ぶわけないじゃない」
「じゃあ……」
「今までも、そしてこれからも、リリィさんは私にとって最推しの神作家様です」
それを聞いて、ようやく佐野君に笑顔が浮かんだ。
「よかった。本当に、よかった」
心底ホッとしたように、クシャリと顔を崩す。その様子が、なんだか妙におかしかった。
「そんなに心配してたんだ」
「だって、これが原因で嫌われて、家族崩壊なんてことになったらどうしようって、ずっと不安だったんだよ。それに、その……北条さんって、クミクミさんだよね」
「えっ?」
少し恥ずかしそうに語る佐野君の口から、思わぬ名前が飛び出す。
クミクミは、私がカクヨムで使っているユーザーネームだ。
それで何度もリリィさんとやり取りしていたけど、佐野君、私がクミクミだって知ってたの!?
「コメントで聞いてた歳や特徴が一致してたし、北条久美だから、下の名前を捩ってクミクミにしたんだと思ってたけど、もしかして違った?」
「う、ううん。全くその通りです」
悠里からリリィにしたのと比べたら、なんとも安直なネーミングだ。これなら、佐野君が気づいたのも無理はない。
「北条さんが、連載当初からずっと応援してくれたクミクミさんだってわかって、もし嫌われたらって思うと、ますます怖くなったんだ」
「ああ、そうだったんだ」
どうやら知らないところで、思った以上に不安を抱えていたみたい。
だけど佐野君は、それからまた一転して、笑顔を見せた。
「でもね、こんな風に打ち明けられたら、言いたいって思っていたこともあったんだ」
「言いたいこと?」
「ああ──」
なんだろう。首を傾げる私に向かって、佐野君は言う。
「連載を始めた時から、ずっと応援してくれてありがとう。送ってくれるコメントに、いつも元気をもらっていたよ」
「────っ!!!」
それを聞いて、ようやく落ち着いていた心臓が、またドクンと激しく音を立てる。
リリィさんとリアルで会えて、さらにはこんなことを言われるなんて、夢みたいだ。
けれど、佐野君の言葉はまだ終わらない。
「それと、今までたくさん不安にさせてごめん。これで、俺の秘密は全部なくなった。だから、その…………これからは、もっと家族として仲良くできたらと思うんだけど、ダメかな?」
そんなの決まっている。だってそれは、私もずっと言いたかったことだったから。
改めてこんなこと宣言するのは、けっこう恥ずかしい。けれど、決して嫌じゃなかった。佐野君も、私と同じように仲良くなれたらと思ってくれていたことが嬉しかった。
「こ……こちらこそ、よろしくお願いします」
誤解や隠し事で、さんざんすれ違った新米兄妹の私達。
だけどこの日、その距離は、確かに一歩縮まったような気がした。
※これにて本編は終了。
この後、ちょっとだけ番外編があります。
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