第12話 嘘! ウソウソウソ!?
俺が、作者なんだ
俺が、作者なんだ
俺が、作者なんだ
佐野君の言葉が、頭の中をグルグルと回っている。
作者って、何の? って、普通に考えたら一つしかない。
佐野君が、『お義兄ちゃんと、一つ屋根の下』の作者。私の理解力が正常なら、それで間違いないはず。なんだけど、そんなはずはない。
「いや………いやいやいや、違う違う。佐野君が作者なわけない。だって、作者はリリィさんだよ」
『お義兄ちゃんと、一つ屋根の下』の作者はリリィさん。Webの連載初期から追っていて、コメント欄で何度もお話した私が言うんだから間違いない。
ここにある本を見ても、作者名にはしっかりリリィって書いてある。
「それ、ペンネームだから。カクヨムで本名を名乗っている方が少数派でしょ」
「確かに。でも、リリィさんって女の人だよ!」
「リリィ本人がそう言ってた? 俺は、リリィでいる時、自分が女だなんて一度も言った覚えないんだけど」
「それは……」
いくらなんでも、リリィさんの発言を全部覚えてるわけじゃない。だけど確かに、思い出せる限りじゃ、リリィさん本人が私は女ですなんて言ってなかったかも。
ただ、リリィって名前は女の人を連想するし、書いている作品の内容は、いかにも女の子が好きそうなやつだ。実際、『お義兄ちゃんと、一つ屋根の下』は、女性向けレーベルから刊行されている。
だから、リリィさんは女性だって勝手に思い込んでいたのかも。
「俺、小さい頃はすっごいインドア、というかほとんど引きこもりみたいなもので、一日中本やマンガを読んでたんだよ。そうしているうちに、自分でも何か物語を作りたいって思うようになったんだ」
そう言えば洋子さんが、小学生の頃はずっと家にの中にいたって言ってたっけ。それに、前に私がマンガやラノベが好って話をした時、佐野君もそういうのが好きだとも言っていた。
「それで書いたのが、『お義兄ちゃんと一つ屋根の下』だって言うの?」
「ああ。インドア卒業しようと思って中学デビューはしたけど、物語を作りたいって気持ちは、相変わらずあったからね。特に、昔母さんが集めてた少女マンガにはまって、それでこんな作風になったんだ。って言っても、信じられない?」
「えーと、それは……」
どうしよう。今までの話を聞いて嘘なんて言う理由は何もない。けど全部をすんなり信じるには、あまりにも意外すぎて簡単には受け止めきれないよ。
「じゃあ聞くけど、リリィって、日本語にしたら何になると思う?」
「ふえっ?」
なに? いきなりなその質問?
リリィは確か英語だよね。英語はあんまり得意じゃないけど、それの日本語訳くらいはわかる。
「ユリの花、だよね」
「そう、ユリ。ところで、俺の下の名前って覚えてる?」
「そりゃもちろん覚えてるよ。悠里君でしょ」
さっきから何なの、この質問?
兄妹になった今でも佐野君呼びが基本だけど、ちゃんと下の名前だって覚えてるよ。
けれど、改めて悠里君の名前を呼んだところで、あることに気づく。
「悠里……ユウリ……ユーリ」
悠里という名前を発音すると、「ユーリ」って感じになる。さらに、その呼び方をギュッと縮めたら、ユリになる。
そしてユリといえば、さっき言ってたように、リリィの日本語訳だ。
そこまで考えた時、頭の中で全てが繋がった。
「悠里……ユウリ……ユーリ……ユリ………リリィ?」
「そう。それが、リリィの名の由来。これで、少しは信じてくれる?」
どうしよう。正直急な話すぎて理解が全然追い付かない。
だけど、自信たっぷりに話す佐野君は、とても嘘をついているようには見えなかった。
「本当に……本当の本当に、佐野君がリリィさんなの?」
「うん。そうなるね」
とても信じられないことだけど、どうやら本当らしい。
つまり、今私の目の前にいるのがリリィさん。
──今私の目の前にいるのが、リリィさん。
──今私の目の前にいるのが、リリィさん!!!
その瞬間、私の中で何かのタガが外れた。
「嘘! ウソウソウソ!? 佐野君がリリィさん!?!? 『お義兄ちゃんと、一つ屋根の下』の作者で、カクヨムで何度もお話していたあのリリィさん? 私の最推しの神作家のリリィさん!!!」
「お、驚かせてごめんね。だけど今は、一度落ち着いてくれるかな」
「無理無理無理! だって、ずっと憧れていたリリィさんが目の前にいるんだよ! しかもクラスメイトだし、家族になったし、本持ってるの見られたし、こんなの落ち着くなんて絶対無理! ええと、どうしよう、どうしよう、どうしよう。とりあえず、サインをいただいてもいいでしょうか。いや、いきなりそんなこと頼むなんて失礼ですよね。すみません!」
「なんで敬語? いや、別にサインくらいならいいけど。もういいや、すぐに落ち着くのが無理なら、少し待つことにするよ」
「あぁっ、すみません! 今すぐ、今すぐ落ち着きますから! 例え心臓を止めてでも!」
「いや、心臓は止めちゃダメだから。あと、敬語はいらないから」
それから私は、しばらくの間ギャーギャー騒いだ。騒いで騒いで騒ぎまくった。
けど仕方ないじゃない。こんなことになって落ち着いていていられる人なんてこの世にいる? いや、いない!
結局、私が静になったのは、叫ぶ言葉のボキャブラリーがつき、騒ぐ体力が限界を越えたからだった。
「やっとおさまってくれた」
「ご、ごめんなさい。だって、いきなりあんなこと言われたら、誰だってビックリするよ」
今だって、まだ心臓がバクバクいっている。
それでも、それでもなんとか、最低限の会話ができるくらいにはなったと思う。
「そういうわけだから、北条さんが『お義兄ちゃんと、一つ屋根の下』を読んでても、別に引いたりはしないよ。むしろ、読んでくれて嬉しいと言うか、ありがとうと言うか……とにかく、北条さんが心配していたようなことは一切ないから」
じゃあ、私がこの数日悩んでいたのは、全部勘違いだったってこと?
でもでも、それならそれで、聞きたいことがたくさんある。
「どうしてもっと早く言ってくれなかったの?」
そうしたら、そもそもこんなに悩むこともなかったのに。
すると佐野君は、静かに私から目をそらす。
それはまるで、言いにくいことを告白するための準備のように見えた。
「それは、ごめん。俺も、リアルでファンですって言う人と話したことなくてどうすればいいかわからなかったんだ。それに元々、俺が小説書いてることは、隠しておこうって思ってたんだ。母さんから再婚の話を聞かされた時、絶対に言わないでって口止めしてた」
「洋子さんは知ってたんだ。って、そりゃそうか。でも、隠そうとしてたって、どうして?」
自分の書いた小説が書籍化されてるなんて、すっごい自慢だと思うんだけど?
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