65日目 孤独な王の城とネズミ
うちの両親は、僕の事を育てる意志があるのかないのかよくわからない。
両親ともに一緒に暮らしている時は、割と普通の家庭のような気がするのだが、たまにふらっと片方がいなくなったりする。母が居なくなるときは父と一緒に外食をして過ごしたり、父が居なくなるときはどこかに旅行に行ったりする。
父と母は、一度居なくなると一ヶ月くらい居なくなるような習慣だった。前に、居ないときに何をしているのか尋ねると、別の家に行っているとのことだった。成長しても、その辺りの事情はよく分からずにいる。父も母も、友人を連れてくることはないし、無口なので詳しい話については聞けずにいる。
学校が夏休みに入った日、父と母は同じ日に出かけることにしたらしい。どうやら父は母が居なくなることを知らなかったようだし、母も同じだったようだ。
いくら僕が中学生になったといっても、お金がなければなんともできない。夏休みということで給食も食べられないのでは打つ手がない。
家に残った食料を消費しながら今後の行動を考えて、僕は盗みを行う事に決めた。
うちの近所には豪邸がある。塀で一区画が囲まれている程の広い敷地で、昔はこの辺りの大地主であったらしい。
そこには年を取ったササガワというおじさんが一人で暮らしている。なにやら元々社長をしていて、今は引退して、あまり外に出ることもなく過ごしているらしい。近所では有名な存在だった。
僕が盗みのターゲットとして考えたのは、そこの家であった。あれだけの豪邸なのだから、少しくらい盗んでもバレないに違いない。
勝算はあった。僕が学校に登校する時間に、ちょうどゴミ捨ての為に駐車場のシャッターが空くのだ。そのタイミングに合わせて滑り込めば、中に入ることができるだろう。
僕は家の食べものを食べ尽くした後、早起きして駐車場の物陰に隠れた。
シャッターが開き始めたところで、さらに身を小さくして隠れ、白髪のササガワさんの姿を見てから、さっとシャッターの内側に入った。車の後ろまで入り込み、息を殺しておじいさんが再び家の中に入ってくるまで待った。
思ったよりも長い時間を過ごし、シャッターが完全に下りると、車庫の中は真っ暗になっている。
もう後戻りはできない。僕は背筋にゾクゾクするものを感じながら、足音を立てないように車庫の中から探索を始めた。
ササガワさんの家は、無闇に広かった。僕は食料を探すのも一苦労だった。最初は車庫で見つけた非常用袋の中の乾パンと水でその場をしのいでいた。車庫のすぐそばにトイレがなかったら漏らしていたに違いない。しかし、その広さのおかげで僕は二週間経っても、見つかることはなかった。
それくらい時間が経つと、大体の生活リズムも分かってくる。まず安全なのは夜で、ササガワさんは早くに寝てしまうので、そこからはある程度自由に行動しても大丈夫そうだった。僕は使われていない部屋の一室に潜り込み、非常用袋のラジオを聞きながら暇を潰していた。
一方で危険なのが朝だ。笹川さんは朝早くに起きるので、僕が起きると既に動いていることが多い。なので、寝るときに僕は自分の痕跡をあらかた片づけて、笹川さんが近寄らない部屋の隅の方で隠れながら寝ている。
もう一つ気にしないといけないのが定期的な清掃で、ササガワさんの家は一週間に一度数人で清掃が入る。最初に遭遇したときには、僕は自分が出したゴミなどを抱えながら、建物の中を逃げ回った。途中でなんとかやり過ごす事ができたのだが、真剣に危なかった。
食事は、リビングにまで取りに行く。キッチンの下に、保存食がまとめて置いてある箇所があり、僕はそこから拝借している。最初の一週で多く食べてしまい、バレるのではとはらはらしていたのだが、清掃の人が買い足してくれたので、あまり問題はなさそうだ。最初より、むしろ多い量の保存食が置かれているようですらあった。
ササガワさんの家に強盗が入ったのは、ササガワさんの家に住んで三週目に入り、夏休みの終わりが見えてきたので、そろそろ家から出て行くことを考え始めた時のことだった。
朝、僕は目を覚まして家の様子を探っていると、リビングでササガワさんが縛られて、そこにナイフを持った男が脅しをかけているところにであったのだ。
「別にこっちは構わないんだぜ。この家にほとんど人が来ないっていうのは確認済みなんでね」
男はそう言いながら、ササガワさんに金を用意するように要求していた。
僕はその男の言い分が正しい事を分かっていた。清掃の人も、ササガワさんの会社の人も、昨日来たばかりだったからだ。
僕はしばらく息を殺して、男の様子を見ていた。男は、ササガワさんを殴ったり蹴ったりしていたが、どれも本気ではなさそうで、あくまでお金を得るための脅迫のようだった。
男がトイレに行ったタイミングで、僕はリビングにこっそり入り込み、音を立てないようにササガワさんを縛っている縄をほどいた。
僕の姿を見たササガワさんは、なぜか驚く様子をみせなかった。それどころか、僕が姿を見せると、小声で「こっそり逃げろ」と言ってきたりもしてきた。
縄が取れたところで、ササガワさんは僕の手を取って、移動した。移動した先は、ササガワさんの自室で、中から鍵を掛けた上でバリケードを築くと、ササガワさんは警察に電話をした。
トイレを出た男のうろたえる声が外から聞こえてくるまで、僕の心臓の鼓動は激しくなったままだった。怒号が飛び、他の部屋を見て回る音がして、僕たちが隠れた部屋にまであたると大きな音で扉をドンドンと叩いた。しかしそれも、しばらくすると諦めたのかなくなって、僕とササガワさんは静かになった部屋の中で二人きりになった。
僕は居心地が悪く、なにも口にすることはできなかった。あわよくば、強盗から命を助けた恩で、侵入したことはお咎めなしにして欲しいと願ったが、ササガワさんは無言で黙りこくっていた。
しばらくして警察がやって来ると、僕が何者なのか、とササガワさんに尋ねたが、ササガワさんは「近所の子で一人で暮らしている私を心配して、様子を見に来てくれているんです」と嘘の説明をした。
僕は驚いたが、警察につかまるよりはマシ、だとそれに同意の頷きを返した。
その後の話によると、やはり犯人はとうに逃げ出していたようで、鋭意捜索する、という話となった。
僕はと言えば、簡単に話を聞かれた後に、屋敷の外にまで出されてしまった。その足で家にまで帰り、そういえばご飯がないのだった、と思い出したところで、父と母が一緒のタイミングで帰ってきた。
そこからは、家で普通に過ごす事が出来たのだが、そうなるとだんだんササガワさんのことが気になってきて、今度は本当にササガワさんの様子を見に行こうか、と僕は考えた。
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