51日目 Homo sapiens machinae

 機械人類が世界中から生物として認められるようになり、進化の系統樹のホモサピエンス(Homo sapiens) の隣に、ホモサピエンス・マーキナエ(Homo sapiens machinae)という亜種が生まれた。ラテン語で、“機械のヒト”ということになるらしい。

 その発表の瞬間を、私は家で妻と一緒に見ていた。海外で行われた発表だったので、日本では夜になっていた。

 機械人類達がこの日を境に暴動を起こすのではないか、そんな危惧があって、町中は警官がたくさんいた。実際、中国では暴動が起こっているらしい。

 日本は、機械人類をいち早く受け入れた国の一つである。それは二つの理由があって、一つは人口が少なくなって労働のための機械人類が必要になったから。もう一つは、文化的に、機械人類に対して親しみを持つ土壌が出来ていたこと、とよく言われている。

 機械人類に対する人権問題は、欧米ではキリスト教での解釈を取りあげつつ、奴隷問題を例としながら、真面目なトーンでの議論が行われていたが、日本ではすぐに世論が賛成に傾いた。なお、中国では機械人類は徹底的な管理が行われていて、国際的な批判を浴びるほどに強硬な反対姿勢を示していた。


「そろそろ僕は寝るよ」

 僕はテレビを見続けていた妻にそう声をかけた。

「じゃあ、私も」

「まだ見ていても良いよ。せっかくなんだし」

 僕はそう言ったのだが、「こんな日だから、いつも通り過ごしたいの」と妻は言った。

 テレビでは、反対派の有識者が「現生人類はいずれ滅亡することになるが、それでも良いのか」と発言していた。そのままテレビの電源を消して、僕たちは寝室に向かう。

 僕と妻はいつも通りダブルベッドに入る。これは特別製で、片側は人間用、もう片方が機械人類用となっている特別製だ。

 妻はベッドに入る前に、いつも通り外皮部分のメンテナンスを行い、僕も彼女の背中側に専用のクリームを塗る。それから声帯部分にも専用のオイルを吹き付けた。長期間稼働する機械人類にはやはりメンテナンスはかかせない。


 僕達はベッドの中に入り、明かりを消してから、手をつないだ。

 普段はそのまま、おやすみ、と言い合って寝るのだが、今日はその前に妻が僕に向かって声を掛けてきた。

「ねえ、今度さ。子供を作るかどうか、もう一度話さない?」

 人類と機械人類では、人類の子供を作ることは出来ない。そのため、作るとすれば、機械人類の子供ということになる。機械人類同士なら、自分たちの部品を子供に使ったりするらしいが、僕の場合はそうもいかない。

 機械人類も、自律した思考を育むためには、初期の学習が不可欠になる。それは人類が子育てすることにかなり近い。

 もともと、機械人類の扱いがはっきりしないこともあって、僕たちは子供を作らないことに決めていた。妻は今日の出来事で、世界が一歩進んだように思えたのだろう。

「うん。わかった。今日はお休み」

「おやすみ」

 挨拶を交わし、僕は目を閉じて考えた。

 人類と機械人類が一緒になることが普通になれば、人類はやがて数を減らし滅亡する。反対派の主張はそういうもので、現在生きているホモサピエンス以外のヒト種族は全て滅んでいることがその証左だと言う。

 しかし、既に機械人類の数も増えて、話して交流できるようになった今、すでに流れは止められないだろう。

 もし人類が滅び、機械人類が生き残るとして、こうして一緒に過ごした時間があったのだ。子供が出来たら、それだけは伝えよう、と僕は思った。

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