50日目 性別:天使
性別を選ぶ時には、“その他”を選んで、“無性別”と書く。昔はその場所に“天使”と書いていたのだが、差別的だということになってしまった。
天使という性別を言い始めたのは、とある宗教団体だった。その団体は、出産前の選別を肯定する一派で、私のように男性でも女性でもない無性別の存在を天使と呼び、逆にどちらの要素も持っている両性の存在を“悪魔”と読んだ。
もうその宗教自体は存在していないが、その呼び名だけはしばらく残った。一時期、芸能界に無性別のタレントが出てきたことで、ブームになったりもしたようだった。
大学生になった私は、男性の恋人と一緒に暮らしている。
無性別の場合は筋力がつきにくく髭なども生えないので、見た目は女性的になりがちだ。しかし、自分の認識としては、どちらかというと男性という認識がある。その辺りの正確な所は表現できない類いのものだ。
だというのに、恋人が男性なのは我ながら不思議である。私自身は性欲といったものは持っていないので、いわゆる恋愛感情もよく分からない。
恋人のトミノ君は、高校の同級生で元々はごく普通の友人だった。私と彼で気が合うのは確かである。トミノ君は男性達の中にあってはおとなしい人で、ゆったりと話しかけてくる人だった。
「君の特別な存在になりたいんだ」
彼はそう告白してきた。私にとっても、友人の中で彼は特別に近い位置にいた。しかし、それは友人に対しての好悪の感情になるのか、なんなのか、その辺りは不明である。
同棲するにあたっても、無性別への理解は進んできていて、ハードルは少なかった。
トミノ君との一緒の生活は楽しかった。もちろん喧嘩することだってあったが、私も彼も少し時間を経てば自分から謝りに行くことができた。
ただ、一緒に暮らしていると、トミノ君は私に若干の性的欲求を抱いているということがだんだんとわかってきた。彼はそれを自分で処理しているようだ。
私は彼の欲求に対して、本来の生殖目的での発散は出来ない。しかし、別に抱きついたりするだけだったら出来る。トミノ君にそう告げると、彼は答えた。
「いらないよ。君の事情はわかっているから、僕が悪いんだ」
性的欲求を抱くのは悪いことではない、と僕は彼に言った。ただ、それが自分に向かってこられると困ってきてしまう、という内心の思いはあった。
その辺りの会話をしなくなってから、同棲はだんだんとうまくいかなくなっていった。買い物がお互いにかぶったり、相手がやってくれるとお互いに期待してどちらもやらなかったりした。
その裏で彼は、私に性的欲求を抱くことへの罪悪感は膨らんでいっていたようだった。酷い悩み方をしたのだろう。だんだんと彼はやつれてきて、精神的に参ってしまっているように見えた。
彼が血だらけでお風呂から上がってきたのはそんなときの事だった。私は驚いて、治療をしなければと彼に近づくと、彼が何をしたのかが分かった。
彼は自身の生殖器を切断していたのだ。
「これで、僕も君と同じになれる」
私は泣きたい気持ちになった。
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