39日目 男子校の姫係
僕は中高一貫校の寮で暮らしていて、そこでは中学一年から高校三年生まで、一学年四十人程度が一緒に生活している。男子校なので、住んでいるのは全員が男子生徒だ。
寮にはルールがある。寮則として明記されている物もあれば、暗黙のルールというものもいくつかある。これだけの数の中高生が一緒に暮らしていると、ある程度は仕方のないものなのかもしれない。
暗黙のルールの一つに、姫係という物がある。これはきっと、ウチの寮独自のもののはずだ。
姫係は、中学二年生になったところで学年に一人、ランダムに選ばれる。選ばれた一人は寮では女装して過ごさなければならない。
そういうルールではあるのだが、特に見た目が可愛いとか、女子っぽいとかそういうものが求められているわけではないようだ。ウチの学年では僕が選ばれたのだが、僕はがっしりとした体格だし、顔立ちだって女子っぽさはない。
姫係は特別扱いされることになる。うちの寮には鍵がついた部屋が六部屋あって、姫係はその部屋が与えられる。他の生徒は通常二人一組だし、鍵などはついていない。そして、お風呂も他の生徒に先行して姫係だけで先に入ることができる。女装の服装も、他の男子が買ってくるし、姫係の頼み事は優先して叶えられることになるのだ。
「このルール。アホらしくないっすか」
「そーだね」
学年の違う姫係の皆でお風呂に入っていると、中学生達の声が聞こえてきた。
今年、姫係に初めて選ばれた中学二年の男の子は、どうやら不満があるらしい。
「去年から、なんだこれって思ってたんすけど、自分がやるってなったら笑えないっす」
彼はほとんど毎日風呂場で同じようなことを言っている。相手にしている中学三年も、去年はあまり深く考えず流れに身をまかせていたのだが、後輩に同調していくうちにだんだんと不満を覚え始めてきたらしい。
「でも姫係って辞めようと思えば辞められるらしいじゃん」
「そっすね。とりあえずしばらくやってみて欲しいって、部活の先輩からも言われたからやってるんですけど、そろそろ辞めるって言おうかな」
そんな中学生を尻目に、高校三年生の先輩と僕はお風呂を上がってしまう。中学生達から、高校生になって女装で過ごしている僕たちは臆病者か変態だと思われていて、ほとんど無視されている。
「いいの? あれ」
高三の先輩が、身体を拭きながら僕に向かってそんなことを言った。
「別に、言っても聞かないでしょうし、義理もないです」
僕はそんな風に答えた。
かつて、先輩は姫係を辞めようとしたが、その後に待っていたのは壮絶ないじめだった。殴る、蹴るは当たり前で、学生服以外の服が全部無くなっていたり、学校や部活でも無視されるようになる。
先輩は結局心が折れて、今は心を無にして姫係となっている。僕の一つ上の代の先輩は、どんなにいじめを受けても諦めなかったが、心を病んでしまって上手く言葉をしゃべれなくなって退学していった。
僕はそんな先輩の様子を見ていたので、おとなしく姫係を続けているのだった。中学生の彼らはそんなことを知らないから、無邪気に考えているのだろう。しかし、そのうち思い知らされることになるのだろう。
先輩に教えてもらった話では、姫係が生まれるまでは、寮の中の治安は最悪でいじめも日常茶飯事だったらしい。それが、姫係という役割が作られることで落ち着きを見せたのだという。
つまり、僕たちはこの寮における生け贄なのだ。生け贄はおとなしくしている分には優遇される。しかし、そこを逃れようとすれば、苛烈な反動が待っているのだ。
僕はワンピースに腕を通す。先輩はスカートにブラウスという格好である。
先輩は脱衣所から出ていこうとするときに、こぼすように言った。
「……僕の時はダメだったけれど、上手くいくと良いね」
僕も脱衣所から出ようとして、ふと入口にある大きな鏡が目に入る。そこには、身体に不似合いな柔らかいワンピースを着た男がいる。スカート部分に収まらない脚の部分はごつい。あまりに見苦しいので、すね毛は剃っているが、また少しずつ生えてきているようだ。
僕だって姫係を喜んでしているわけじゃない。
鏡から目をそらすように、僕は脱衣所の外に出た。
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