21日目 不死の予感

 子供の時から人と仲良くなると、恐ろしい光景が想像されてしまうのが悩みだった。それが、その相手の死の光景だと分かったのはいつ頃だっただろうか。

 相手の死ぬことを想像してしまっているのだ、と思い至ったのは、祖父が死んだ時だった。幼い頃から僕は、普段穏やかな祖父と接するたびに、苦しんで死ぬ祖父を幻視した。果たして祖父は癌を患い、苦しんで死んだ。

 それだけならば単なる予測の範囲なのかもしれないが、小学校の友人の死によって、単純にそうではないと気がついた。僕は友人が、小学生のうちに身体を潰されて死ぬことを知っていた。友人は車に轢かれて小学五年生で死んだ。

 車に轢かれて死ぬのは、想像力の範疇ではないだろう。僕は死を見通しているのかもしれなかった。しかし、なぜそんなものを強制的に見せられているのだろう。僕にとって、それは呪いに近かった。

 家族との別れを想像したくなくて、僕は家でも部屋に引きこもった。友人とは仲良くなるたびに、自分との離別を意識させられる。そのせいもあって、僕は人との距離をとって過ごすようになっていった。


 一人で生きていこうと考えても、人間関係を全く無くすことは難しい。特に、学校は強制的に人との関わり合いが出てくるものだ。高校生になる頃には、ある種の諦め――結局人はすべからく死ぬのであるし、他の人は脳天気に過ごしているのだから、僕が真面目に取り合うのは損でしかない云々――があったので、通信制の高校などではなく、いわゆる普通の高校に通っていた。

 クラスのまとめ役の男は二十代にも行かずに死にそうであったし、クラスでひとりぼっちの女は意外と長生きしそうであった。クラスメートに共通するのは、結局皆死ぬということだ。一人、大往生でぽっくり死ぬであろう男がいたので、そいつとは気楽に話すことができて、友人となったが、他の人とは変わらず距離を置いていた。


 まれに死の光景が見えない人がいることが分かったのも高校生の時であった。

 最初に出会ったのは学校の図書館にいる後輩だった。僕は驚きながら声を掛けたのだが、今まで人と接してこなかったので挙動不審な男になってしまい、それからは避けられてしまった。

 それは千分の一なのか、万分の一なのかわからない。それに、どういう基準なのかもよくわからない。例えば、全身が一瞬で消滅して死んだりするのだろうか、とは考えたのだが、高校二年生になってから通い始めた塾でその死に方をする男と出会い、その可能性は否定されてしまった。

 僕にとって、死の光景が見えない人は福音であった。死は恐ろしい。強制的に意識させられるそれは非常に苦痛なのだ。中には、見るだけで食欲が失せる死を持った人もいる。

 そんなわけで、僕は死が見えない人がいるたびに、できるだけ関係を持とうと試みた。なにか共通点があるようであれば絡みに言ったし、夜の雑踏で会ったような人であれば飲みへの誘いをしてみてみた。相手が女性の場合は、ナンパもしてみた。成功することはほとんどなかったのだが。

 結果的に、唯一関係を持つことになったのは、大学にいた今の恋人である。別の学部の学生で、何が興味を引いたのかわからないが、いつも通りたどたどしい僕の誘いに乗ってきてくれた。連絡先を交換し、幾度かのデートの上で交際に至った。

 僕は彼女への交際にそれは熱意を燃やしていた。若々しさや、顔の美醜などはこの際問題ではなかった。


 そんな僕のことを彼女も不審に思ったのかもしれない。ある日、彼女から質問をされた。

「なんで私にそんな執着するの?」

 その時の僕は、他の人間関係を捨ててでも彼女と結婚しようとアプローチをしていた。

 適当な答えは良くないだろう、と決意し、今まで人に明かしてこなかった自分の秘密を口にした。その上で僕は言った。

「一緒に過ごすなら、実際にはありえなくても不死を感じられる人がいいんだ」

 僕のその言葉に、彼女は何を感じたのだろう。僕の手を取って、「わかったわ」と彼女は答えて微笑んだ。


   *


 不死者にばかり積極的に声を掛けてくる謎の男、不死者のコミュニティの中で噂になっていたので、その存在は知っていた。私に接近の指示が来たのは、その男が私と一緒の大学に通っているせいだった。

 その指示は面倒ではあったが、その男に近づくこと自体は容易かった。同じ授業を受けて、何度か話をしたら、こちらに積極的なアプローチをしてきた。

 その男からは、同族の香りはしなかったし、こちらを害する様子もないのが不思議だった。アプローチされてはいたが、私の何に惹かれたのかが不明で困っていた。しかし、それも今日ではっきりした。

「人の死を見てしまう呪いみたいな能力で、結果的に不死者を見分けていた、と言うことみたいね。えぇ、じゃあ、予定通りに」

 男が寝たところで、私は接近の指示を出した仲間に報告をして電話を切る。眠る男を見下ろしながら思う。哀れなものだ。死にばかり振り回されてしまって。

「けれど、その悩みも終わりだから」

 私は、不死者の天敵になりうる男の命を刈り取った。

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