ショートショート100日チャレンジ

鳥野ケイ

1日目 この世で一番おかしな職場

 ウチの会社はおかしな事をやることで有名で、知り合いに会社の名前を言うと、「あの観覧車の会社?」とか「屋上に公園があるんだっけ?」という返事が返ってくる。

 どの支店の屋上にも公園があったり、本社に観覧車があったりすることは、実際本当の事ではあるのだが、入社してみるともっとおかしなことに溢れているということに気がつく。

 新人が最初に持つ名刺は、自分自身で紙を漉いて手作りする慣習があったり、逆さ飲み会という、締めの言葉から始まって最後は乾杯で終わる飲み会があったりする。

 新社会人の生活が始まって三ヶ月の新人研修が終わった頃に、他の会社に就職した友人と話をした時も、自分たちのやって来たこととの違いに驚いた。他の会社では、急に会社に強盗が押し入った場合の対応や、子供が迷子になったときの対応を練習することはないらしい。会社の地元の祭りに参加するということもないのだそうだ。

しかし、こういう会社内の文化というものは、会社の内部に入ってしまうと次第にどこまで変なのか、だんだん分からなくなってくる。

 入社して一年も経つと、例えおかしな内容であろうと日常になってくる。だから、「他の会社でもやっているのだろう」と思っていたことが、会社外の友人に話すと「ありえない!」と驚かれ、自分と世の中のギャップにそこで気がつくことになるのだ。


 そんな風に過ごしていた僕は、新しい年度に変わるタイミングで、上司から異動の報せがあった。異動先として告げられたのは、天ヶ瀬支店。その場所は、ウチの会社の中では有名で、ウチの会社の中でも特に“凄い”場所だという噂があった。

 新人だった頃に指導を受け持ってくれた先輩も、口をそろえて「天ヶ瀬支店はひと味違う」「あそこはウチの中でも特殊」と語っていたし、部署に配属されてからも天ヶ瀬支店の名前は噂話でよく聞いた。

 朝礼で、僕の異動についての話と一緒に、異動後が天ヶ瀬支店であることが話された時にはどよめきが起こり、同僚からは異動したら詳しく話を聞かせてくれ、と言われたものだ。

 そして着任した天ヶ瀬支店は、噂に違わず凄い場所であった。なんと、朝礼が朝にあるのである。それに、新人にはOJTの先輩が一人つく上に、ちゃんと名前で呼ばれもする。そして、最大の衝撃は、給料は月に一回、決まった日に支払われるのだ。こんなにおかしな部署は、世の中にもそうそう無いに違いない。

 そう思い、大学の同期におかしな話として話すのだが、なぜかいつも反応が薄いのが僕には不思議なのだった。

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