第8話-2 疑念
「はぁ……」
あの後、気になる『秘密』に関する、サキの見解を聞いてしまったヒカリは落ち込んでいた。
――あの時、何で『そんなはずないよ』って言えなかったんだろう
今更ながら、無理やり聞き出してしまった自身に後悔するヒカリ。
突然現れた、時折自身を襲っていた不安の正体に胸が締め付けられる。
楽しそうに友人と会話しながら、自身を追い抜いていく学生たち。
――サキは気にしないでって言うけど……
リュックの重さに負けそうにながら、ヒカリは一人校門を出た。
まるで昼ドラのようなその見解を否定できず、自己嫌悪に陥りながらの足取りは重い。
――もう私のことを忘れて新しい家族と一緒なんて……。 そんなこと……ないよね……
ヒカリはブレザーからスマホと取り出す。
数回のタップで現れた懐かしい画像。
お気に入りの写真をスマホで撮影し保存した画像は、ヒカリが望む時に、励まし、慰め、癒してくれる。
こちらに笑顔を向けている、ツーショット。
決して答えてくれない赤髪の笑顔に、ヒカリはいつものように問いかけた。
「ヒカリ、もう置いてかないで」
息を切らしたその声に、ヒカリは振り返る。
「あっ……サキ……」
「あっ、じゃなくて……。 まだ気にしているの?」
元気のないヒカリの反応に、サキは思わずその顔を覗き込んだ。
「あれは例えばって話しっ! お爺ちゃんが『待っていれば良い』って言っているなら大丈夫よっ!」
「……」
「もう……ホントは『退学』なんて無いってことを言いたかったのに……。 余計なこと言っちゃった。 ごめん」
らしくなく落ち込むヒカリの姿に、軽率すぎた自身の行動に後悔するサキ。
本当に伝えたかった、もうひとつの話を持ち出す。
「考えるなら、
「……そんなに上手くいくのかな?」
ヒカリを落ち込ませた
時間がなく説明不足を感じていたサキは、ここぞとばかり話し始めた。
「面接の時に言ったあの本を、わざわざ持ってきてヒカリを試したんだもの! 間違いなくルーン文字の研究者の候補生を探してるとしか思えない」
「そう……かなぁ……」
先ほどの推理とは打って変わって自信に満ちた口調に、ヒカリの心が少し揺れる。
「じゃあ、王女の本をわざわざ持ち出した理由は? 宮殿の地下にある古書を集めた図書館にある、ルーン文字の書物の翻訳も、まだそんなに進んでいないって聞いているし。 唯一、少しだけど翻訳できているのは、王女の本ってパパが言ってたのを思い出したの。 ヒカリがどれだけの翻訳の力を持っているのか、確認するにはまさに打って付けの本だもの」
「……」
「お父様と一緒に暮らしながら働いて、ルーン文字の本を読み放題っ! ねっ! 『明るい未来』でしょ?」
説明の中に見え隠れする、サキの気遣い。
「ねっ!、じゃないよぉ」
その想いに、ヒカリに笑顔が戻った。
それに安堵したサキの歩みが止まる。
振り返って見上げた彼女に、
視線の先には、今までいた中学校。
そして、その奥。
高台にそびえる、ビルスキルニル宮殿――
「あの宮殿で、ヒカリは親衛隊兼ルーン文字研究者になるのね。 凄いわ」
「えっ!? まだ、決まったわけじゃないし」
「そうなったら……ヒカリは
「そうなると、いいな――」
宮殿を見つめたままのサキの言葉に、ヒカリは笑顔で返す。
夢で時折見る、見たことがないはずの宮殿の中に、成長し王に仕える自身を想像し、思わずうっとりしてしまうヒカリ。
まだ見たことがない王と談笑するも、何故か突然割り込む、あの荒ぶる赤い瞳の知っている顔に、ヒカリはギョッとした。
「
視線を今尚遠くに向けたままのサキのつぶやきのような問いに、ヒカリは我に返った。
「ず――――と」
「!?」
「もしかしたら……ヒカリ……、
「えっ!?」
「ゆくゆくは、王妃さ――」
「ま、待ってっ!」
宮殿に羨望の眼差しを向けているサキの口調が、どんどん嫉妬混じりのそれに変わる。
「ど、どうしてそうなっちゃうのっ!?」
「だって、
考えもしなかった、
万が一にもありえないそれに対する、羨望も困惑も推理も、無駄でしかないことを二人は知る由もない。
どうしても譲れない指向から来る、どうしてもひっかかる疑問が、ヒカリの口を恐る恐る開かせる。
「……
「たしか、今度の誕生日で……35さ――」
「お父様と変わらないじゃないっ!」
「ヒカリ、愛に年の差なんて関係ないのよっ!」
――!!!
親友の分かり易い嘘を信じてしまう、おっとりお嬢様の中に隠していた、
ヒカリも知らなかったそれも、時に彼女の人格を変えることを今知った。
「王妃さまが亡くなられて10年も経つのに、新しい妃を迎えられないのはきっと――」
「き、きっと?」
「王妃に相応しい女性を、待っているからに違いないわっ!」
サキのテンションから、てっきり『自分を待っている』と言い出すと思っていたヒカリは、自身の予想よりも現実的な彼女の見解から、その冷静さに気が付く。
「そのためにはここでしっかり勉強して、そして
「……それって、留学するってこと?」
サキは、真顔で頷いた。
「ルーン文字もそうだけど、作法もやっぱりシルヴァ様の出身国であるフォールクヴァング王国で学ぶのが、一番だと思うの。 先代のフレイヤ様の頃は、この国と険悪の仲だったって聞いたけど、今のフレイヤ様は
真顔で語るサキに、こじらせた親友の暴走と思ってしまったそれを、心で詫びるヒカリ。
「ちゃんと、考えてるんだね……」
彼女の指向がどうであろうと、それが彼女の
ただし――
「
そう言いながら頬を染めるサキに、彼女の性的指向に対する自身の見解が甘かったことに気が付く。
「むしろ、
「えっ!?」
「だって、お爺ちゃん大好きって、言ってたじゃない!」
応援したいと思っても、自身の指向の変更をするつもりは全くない――
そういう意味じゃない、と首をブンブン横に振るヒカリに、今更照れなくてもと微笑むサキ。
「
焦るヒカリは、手に持っているスマホの存在に気が付くと、慌てて画面をタップし彼女にかざした。
現れた笑顔のツーショットの画像が、サキの瞳にうつる。
「・・・・・・?」
画面を覗き込む、期待に満ちたサキの表情が、どんどん困惑したものに変わった。
「この
「うん」
サキの視線の先の少女は、今よりも多少あどけなさが残るも、殆ど変わらない笑顔のヒカリ。
「それで、こちらの赤髪の
そう言いかけ、彼女はハッとした。
「もうヒカリったら、その……ライトさん?と知り合いだったのね?」
違和感しか覚えないその画像に、自身なりの答えを出したサキの言葉に、ヒカリはムッとする。
「あんな人と撮るわけ無いでしょ! 大体この人と会ったのはつい最近だし、できることなら、もう二度と会いたくないよぉ」
「えっ!?」
ヒカリの横の笑顔の男。
画像を確認し、再びサキにスマホを向けながら彼女の言葉を否定するヒカリの言葉に、やはり違和感しか覚えない、赤髪で赤い瞳を持つ強面を、サキは思わず凝視した。
「お、お爺……ちゃん……なの?」
「うん」
「この写真、いつ撮ったの?」
「えーと……3年前かな?」
昔の写真だから――
そう思いたくとも、一緒に写っているヒカリの姿と、撮影時期はそれを完全否定する。
「お爺ちゃん、ず、随分若作り……。 何か努力とかされてたの?」
目の前の信じがたい事実を、自身に納得させようとするサキは、苦しい質問をする。
「努力? 全然! 毎晩部落の人達と朝まで飲み明かしてたしっ! あっ、体に良いってアルフヘイム王国から取り寄せた果物、いっぱい食べてたかな」
楽しかったあの頃を思い出し、ヒカリに笑顔がこぼれるも、恋する乙女のサキの表情が、どんどん引きつっていく。
「この時のお爺ちゃんって、何歳だったの?」
「たしか……60歳……だったと思う」
「えぇ!? で、でも、こ、これって……」
「あっ、そのことね」
戸惑うサキに察したヒカリは笑った。
「おじいちゃん、よく『お歳の割にお若いですね』って驚かれてた! やっぱりアルフヘイム王国の果物が、良かったのかなぁ」
彼を見た周囲の反応に、自身の感覚がずれていないことを知り安心するも、とても60歳とは思えないほどの若さに満ち溢れている、その姿。
見た目30代に、全く違和感のない自然体のその容姿と実年齢のギャップに、サキはますます困惑した。
「ヒカリ、お爺ちゃんって……」
何かを考え始めたサキから消えてしまった、恋する乙女のキラキラ感。
「『若さ』を追求していた人?」
「『若さ』? どうして?」
「歳を取るのが……老けるのが嫌だとか?」
「老ける?」
「外見もそうだけど、年を重ねたことに抵抗を感じる人っているでしょ? でも、私は全然平気っていうか、そこが魅力だと思うんだけどぉ」
復活を遂げたキラキラ感をまき散らしながら頬を染めるサキの横で、ふとあの時の言葉が脳裏に蘇る。
『な、なんでわざわざオレが、んなことで
――老け顔? 何であの時、あの人そんなこと言ったんだろう?
ふと覚えた、あの時と同じ違和感――
「ヒカリは、どう思う?」
「えっ?」
「自分が『お爺ちゃん』とか『お婆ちゃん』って言われるのが嫌だから、違う呼び方を望む人もいるって聞いたことあるけど――」
『オレのどこが、爺さんなんだよっ!?』
ゆっくりと脳裏に再生される、暴言ライブラリー。
それに、サキの言葉が重なる。
「あら? えっ? ヒカリの……。 えっ? なのに何故『お爺ちゃん』?」
他人と比べて若く見られる
時の流れに自らの意思で逆らっているとしか思えないそれの、方法は分からなくとも、理由が常識的な考えから逸脱している予感が、サキを襲う。
「ねぇヒカリ、『お爺ちゃん』って呼んで、怒られなかった?」
「えっ? 何で怒られるの?」
「な、何でって……。 そう呼ばれるのが嫌だから『若さ』を追求しているんじゃなかったの!?」
「えっ!?」
また覚えた、違和感。
今日だけではない、何回目かのその感覚に、また
『いい加減、オレを
「ち、違うよっ! おじいちゃんは――」
違和感の正体に気がついたヒカリの脳裏に、懐かしい光景が広がる。
《
おそらく思い出せる中で、一番古い記憶。
会いたいと思っていた人との再会に喜ぶ幼い自身に、それを否定する赤い瞳。
《えっ? でも……》
《そうか……。 そんなに――なのか》
肝心な部分が抜け落ちてしまっている記憶。
その中で、
《すまん。 儂はおまえの――にはなれん。 だが今日からおまえの、
緑が広がる田舎町。
見知らぬ土地に、何故自身がいるのか分からないそこで、温かく迎え入れてくれた人物の、最初の望み。
「
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